第11話 屈辱の始まり(リュウキ視点)

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 リュウキはバルコニーに立っていた。


 歓迎の儀には、他国の賓客も多数来ているらしい。最初は代わる代わる挨拶に訪れる客の相手をしていたのだが、うんざりして広間を後にした。


「どいつもこいつも、オレをだしにして騒ぎたいだけじゃねえか」


 ワイングラスを勢いよく飲み干した瞬間、頭上で花火が打ち上がった。


「始まりましたね」


 いつの間に来ていたのか、ディアナ王女がリュウキに寄り添った。


「魔術士たちの花火です。リュウキさまを祝福しているのですわ」


 賓客たちもバルコニーに出てくる。


 歓声が上がる中、リュウキは鼻を鳴らした。なんてしょぼい魔術花火なんだ。色は単色、規模も小さい。まるでお遊びだ。オレの極大魔術を見せつけてやろうか。


 これ以上見たところで、興が削がれるだけだ。


 中に戻ろうとした瞬間――遠く、南の方角から、巨大な花火が打ち上がった。


 臣下たちが色めき立つ。


「なんだ、あの花火は!?」


 これまでの花火とは違い、かなり距離がある。にも関わらず、遠目にももっとも巨大で華やかだった。


「あの方角は」


 身を乗り出すディアナに、兵士が駆け寄る。


「ディアナさま。ただいまの花火、後宮から上がったようです」

「後宮ですって!? あそこには、魔術を使えるものなどろくにいなかったはず……!」


 王女が目を剥いている間にも、巨大な花火はいくつも打ち上がる。


 事情を知らない賓客たちは、手放しで褒め称えている。


「これはすごい! このような見事な花火は見たことがない」

「トルキア王国には、ずいぶんと腕のいい魔術士がいるようですな」


 覚えのない賞賛を受けて、王はしどろもどろだ。


 リュウキの手の中で、空のワイングラスがギシリと鳴いた。




 ――その夜。


 リュウキはベッドに仰向けになったまま、天蓋を見上げていた。


 あの花火。色とりどりに咲く大輪の魔力の花が、目に焼き付いている。


 傍目にも分かった。あれはそこいらの魔術士ができる芸当ではない。

 それこそ、特別な権能を付与された異世界人でもない限り。


 まさか、と呻く。


(まさか、あいつ・・・がやったのか? あれだけの魔術が使えることを隠していた? いや、『女神の慧眼』はたしかに白紙だった。一体どういうことだ)


 腹の底で、得体の知れない焦りが渦巻く。


 リュウキはベッドを降りると王宮を出た。石畳の道をずかずかと進む。


 当直の兵士から報告を受けたのだろう、グレン将軍が慌てて追ってくる。


「リュウキさま、どちらへ」

「後宮だ」

「しかし、ディアナ殿下の許可が」

「ああ? なんでいちいちあいつの許可がいるんだよ。オレは勇者だぞ」

「第一、後宮はロクさまにお譲りになったはず。なぜ今になって」

「譲ったんじゃねぇ、下げ渡したんだ。元はオレのもんだろ」


 後宮の門の前に立った。中はしんと静まりかえっている。


 門番に一言「通せ」と命じる。


「し、しかし」

「オレは勇者だ、てめェらの世界を救う英雄だぞ。通せ」


 その時、扉の向こうからたおやかな声がした。


「何の騒ぎでしょうか」

「マノンさま!」


 兵士が扉を開く。


 リュウキは言葉を失った。


 カンテラが放つ淡い明かりの中、すみれ色の瞳をした少女が立っていた。女神と見紛うような美しさだ。さらにその後ろには、ドレス姿の少女たちがずらりと居並んでいる。誰も彼も美しく、とりわけ赤い瞳をした少女などは、とびきり可憐だった。


 ――ハーレム。まさにそんな表現がぴったりだ。


 リュウキは口を歪めて嗤った。


あの女狐ディアナめ、なにが掃きだめ・・・・だ。まあまあ上玉が揃ってんじゃねーか」


 先頭の少女が、将軍に目を向ける。


「グレン将軍。この方は?」

「異世界より遣わされた勇者、カタギリリュウキさまにございます」

「あら、それはそれは」


 少女はすみれ色の目を細める。


 リュウキは腰に手を当てて顎をしゃくった。


あいつ・・・に用がある。そこをどけ。中に入れろ」


 少女はにこにこと朗らかな笑みを浮かべ、


「どうぞお引き取りを」

「……は?」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


 喉の奥で唸る。


「聞こえなかったのか。ここを通せ。あいつに会わせろ」


 脅しに似た威嚇に、しかし少女は一歩も退かなかった。


「ロクさまに何の御用かは存じませんが、ここは後宮。男子禁制の女の園。門をくぐることができるのは主のみ。そして私たちの主は、カヅノロクさまをおいて他におりません」


 ああ? という呻きが、こみ上げる怒りと共に歯の間から押し出される。


「誰に向かって口きいてんだ。おれは勇者だぞ? おまえたちの世界を救う勇者だぞ? 勇者がいねーと、魔王ってやつ倒せないんだろ? 世界終わるんだろ? そうなってもいいのか?」

「なればこそ」


 凜と声を上げたのは、赤い瞳の少女だった。震えながらも毅然とリュウキを睨みつける。


「なればこそ、命を捧げるべき御方は自分で選びます。どうぞお帰りください。ここは、ロクさまの後宮です」

「て、めっ……!」


 頭にカッと血が上る。極大魔術のひとつでも見せて黙らせてやる。リュウキは少女たちの頭上に向けて手をかざし――


 すみれ色の瞳をした少女が、にこやかに小首を傾げる。


「ここはかつての神殿。主と定められた殿方以外が手出しをすれば、神罰により雷霆が降り注ぎ、一瞬で見るも無惨な、それはもうぐっちゃぐちゃのずだ袋になるという言い伝えがございます。その身を以てお試しになりたいというのでしたら、どうぞご自由に」

「…………」


 リュウキが固まっている間に、すみれ色の瞳をした少女が鋭く兵士に命じた。


「扉を閉めなさい」


 門番が慌てて従う。


 閉じられた扉の前で、リュウキはようやく「は……?」と声を絞り出した。拒絶されたのだという事実が、ようやく染みこんでくる。


「なん、だよ……なんなんだよ、クソが!」

「リュウキさま!」


 魔術を放とうとかざした手を、将軍が押さえる。


「なりません。後宮に手を出せば、神罰によってぐっちゃぐちゃのずだ袋に」

「…………」

「ここは私に免じてお収めください」

「……チッ!」


 リュウキはきびすを返し、後宮を後にした。


 行き場のない怒りが、腹の底でぐらぐらと煮え立つ。


 なぜ自分が追い返されなければならない。なぜあんな目で睨まれなければならない。


「くそ、くそ、くそっ……!」


 ふざけるな、掃きだめの女どもが。役立たずの無能が。見ていろ、今に吠え面かかせてやる。オレに逆らったことを泣き叫んで後悔しろ。


 リュウキは呻きとともに、こみ上げる屈辱を噛みつぶした。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 門の前の気配が去ったのを確かめて、マノンはほうと息を吐いた。


「ご苦労さま。助かりました」


 マノン付きの侍女が無言で頭を下げる。マノンは密かに王宮にパイプを作り、情報網を張っていた。侍女がいち早く報告してくれたおかげで、後手に回らずに済んだ。


「ロクさまは?」


 マノンの問いに、リゼが答える。


「マノンさまのお言いつけどおり、ティティさまが気を引いてくださっています」

「よかった。主さまのお心を煩わせないのも、私たちの大切なお役目ですからね」


 それにしても、ともう一人の勇者の粗暴さを思い出す。――本当に、後宮にいらしたのがあの御方ロクさまで良かった。


 と、リゼが興奮した様子で口を開いた。


「あ、あの、私、勉強不足で、初めて聞きましたっ」

「? なんです?」

「後宮に手を出すと、神罰が下って、しっちゃかめっちゃかな麦袋になるって」


 マノンは片目をつむった。


「ちょっとした嘘も、淑女のたしなみです」




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