第77話 巡り会う星
◆ ◆ ◆
サーニャは脚に食らい付こうとする
「第三部隊、サーニャさまを援護!」
マノンの号令一下、押し寄せる蛇の群れへ、二の矢、三の矢が降り注ぐ。
サーニャは神姫たちの後方に、その姿を見つけた。
駆け寄り、手を握る。
「メル。わたしに力を貸して」
メルは碧い瞳で頷き、天馬の姿となって翼を広げた。
純白に輝く背にひらりと跨がる。
白い翼が風を掴み、空へと舞い上がった。
上空から戦場を見下ろす。
神姫たちが、押し寄せる蛇の群れから天獣を護り、そびえ立つ黒く不気味な巨体をロクが食い止めている。
深く息を吸う。
耳に、ロクの教えが蘇った。
『感覚を研ぎ澄ませるんだ。視野を広げて、全体をよく視て。サーニャのその力が、きっとサーニャの大切な人や動物たちを救ってくれる』
心臓が熱く脈打ち、魔力が巡る。
あの日、故郷の星明かりの下で、優しく頭を撫でてくれた手を思い出す。
ひとりぼっちになった自分に、家族の温かさを思い出させてくれた。
『自分が何者かは、サーニャが決めていいんだ。人間でも、精霊でも、サーニャはサーニャだ』
悠久の砂漠で、自分の正体が精霊だと知った時。
戸惑う自分を、けれどあの人は、決して何かに繋ぎ止めようとはしなかった。
ただいつでも掴まれるように、手を差し伸べ続けてくれた。
誇り高い生き方を選べるように。
自由に道を往けるように。
(今度は、わたしが、こたえる番)
両手の
柄を持つ手が熱を帯びた。
頭の中に声が響く。
宵闇にひっそりと息づく、遠いかそけき光のような声が。
【嵐に瞬き、英雄を導く光。或いは、幾億の命の中から巡り会う、奇跡そのもの。我が名は星影。星の内海に輝きて、運命を導くもの】
双眸に、魔力が集まる。
入り乱れる戦場で吼え猛る、おぞましい化け物。
旅人を眩く導く魁星のように、その
「見つけた。
うぞうぞと蠢く分裂体のうちの、五体。
不自然に繁みに隠れながら高速で移動する蛇たちの身体に、金色の点が浮かんでいた。
神器から視神経へと魔力が流れ込み、辿るべき
「神器解放。
サーニャは遥か地上を見据えて、天馬の背から飛び降りた。
「星を結び、勝利へ続く路を示せ。『
着地と同時に、核の一体を打ち砕く。
断末魔を聞き届けることなく足に魔力を集め、とっ、と地面を蹴った。
全身に魔力が巡る。
身体が軽い。
次の標的へ吸い寄せられるように、四肢が動く。
サーニャは金の閃光となって、五つの軌道を駆け抜けた。
◆ ◆ ◆
「星を結び、勝利へ続く路を示せ。『
分裂した核を追って、メルから飛び降りたサーニャが星座のような軌道を描いた。
正確無比な一撃が、核を持つ蛇を次々に打ち砕いていく。
『っが、ああぁあぁぁぁああぁああああ!?』
フムトの全身に亀裂が走った。
血走った眼球がぎょろりと動く。
『図に乗るな、無力な家畜ごときがァァアア!』
閃光のように駆けるサーニャを喰らおうと、フムトがひび割れた手を伸ばす。
『魔力を! 魔力を寄越せぇぇぇぇええええ!』
俺は大きく踏み込むと、黒い腕を駆け上がり、その眼前へ踊り上がった。
祝福の剣を振りかぶり、ありったけの魔力を流し込む。
溢れる白銀の光に、フムトの目が驚愕に見開かれた。
『貴様、その
大きく開かれた口腔目がけて、刀身に乗せた膨大な魔力を叩き付ける。
「こいつが欲しかったんだろ!」
『ギアァアァァアアアアアア!』
巨体の内側で魔力が暴発、破裂すると同時、サーニャが最後の核を打ち砕いた。
散らばった肉片からガスが抜けるように瘴気が噴き上がり、風に溶け消えて行く。
「ロク!」
剣を収めた俺に、サーニャが駆け寄ってくる。
膝を付き、飛び込んできた身体を抱き締めた。
「ありがとう、サーニャ。よくやってくれた」
サーニャが目を細めて、頬をすり寄せた。
遠くで歓声が聞こえる。
神姫も天獣も無事のようだ。
サーニャとまなざしを交わして微笑んだその時、サーニャの短剣が光を帯びた。
空中に光が集まる。
ほどけた光が宙に集まり、やがて現れたのは、小柄な少女だった。小さな身体をぶかぶかのローブで覆い、目はくしゃくしゃの前髪で隠れている。
神器に眠っていた少女――初代神姫は、俺の前に膝を付いた。
「今世ではお初にお目に掛かります。神々より遣わされました神器がひとつ、『
細く張りのある、少年のような声だ。
「助かったよ、ありがとう。これからもよろしく」
微笑みかけると、初代神姫――
その様子をじっと見ていると、
「あの……な、何か?」
「あ、いや、髪で隠れてるから……どんな目をしてるのかなと思って」
「い――いえいえいえ!? じじ、自分なんか、取るに足らない、ちっぽけな、神器の末席の末席の末席ですのでっ……! そそその、見たところでお目汚しになるだけかととと……!」
ルアノーヴァは垂れ下がった袖をわたわたと振り――サーニャが、その顎をくいと持ち上げた。
前髪の間から現れた藍色の目を、金色の双眸でまっすぐに覗き込む。
「そんなことはない。あなたはあなた、他の何者にも代えられないと、わたしのつがいなら言う。家族になろう。わたしたちは、共に生きることができる」
「トゥンク……!」
「もう無理、ご主人さまたちが眩しすぎるゥっ……とにかくよろしくおねがいしますっ!」
腕輪となってサーニャの手首におさまり、沈黙する。照れ屋なのだろうか。
サーニャと顔を見合わせて笑った時、神姫たちが集まってきた。
「すごいです、サーニャさま! 剣を手に駆け抜けるお姿、まるで金色の風のようで……!」
わいわいと褒めそやされるサーニャの元に、メルが降り立った。
サーニャがその角を撫でる。
「背中に乗せてくれてありがとう。あなたはとても誇り高く、勇敢な戦士」
メルは碧い目を潤ませ、嬉しそうに笑った。
天獣たちが涙ながらに頭を下げる。
「ありがとうございます、ありがとうございます! 何とお礼を申し上げたらいいか……! 皆さまは私たちの命の恩人です!」
「それにしても……まさか一度ならず二度までも、天界に侵入されるなんて……」
天獣の何人かが、不安げに空を見上げた。
「ここのところ、魔王が封印されている【瘴気の巣】で不穏な動きがあり、魔族たちの力が増しています」
俺はマノンと目を見交わした。最近も王宮から報告があったばかりだ。各地でダンジョンの発生が相次ぎ、魔物たちが凶暴化していると。……やはり魔王が絡んでいるのか――
天獣たちが身を震わせた。
「魔王が潜む【瘴気の巣】は強い瘴気で覆われており、私たち天獣も近付くことができません。魔王が倒されないことには、この世界に平和は訪れないでしょう」
神々が不在の今、戦う術を持たない天獣たちは不安が尽きないだろう。
「何かあったら呼んでくれ。いつでも駆けつける」
そう約束すると、天獣たちは目を潤ませた。
隣のメルへと視線を移す。
「また、いつでも遊びにおいで。みんな、楽しみに待ってるから」
メルは頬を染め、噛みしめるように頭を下げた。
「このご恩は生涯忘れません。ロクさまこそが、真の勇士にして救世の英雄。来たるべき決戦の刻、わたしたち天獣は、必ずみなさまの力になるとお約束しましょう」
涙に潤んだ碧い瞳が、サーニャを見つめた。
「サーニャさま。わたしに飛ぶ勇気をくださって、ありがとうございました」
「元気で。また一緒に、ひなたぼっこをしよう」
空へ帰っていく天獣たち、その先頭を、純白の天馬が軽やかに駆ける。
天高く昇っていく白い翼を、サーニャはいつまでも見上げていた。
ふと、小さな声が俺を呼んだ。
「ロク」
「ん?」
袖を引っ張られて屈む。
頬に、ちゅ、と柔らかい感触が触れた。
驚く俺に、金色の双眸がふわりと笑う。
「わたしと出会ってくれて、ありがとう」
胸に温かな光が満ちる。
俺は笑って、その頭を撫でた。
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