第69話 新たな仲間

 魔石の明かりに照らされた、後宮の中庭。


 本来ならばのんびりと夕食を摂っている時間だが、今夜の後宮は賑やかな喧噪で満ち溢れていた。


「メインのお料理はこちらに並べてちょうだい。グラスがあるから気をつけてね」

「大変、テーブルクロスが足りないわ! 誰か倉庫を見て来て!」

「ロクさま、少しよろしいですか? レイアウトについてご相談が」


 宮女たちが忙しく走り回り、あちこちで楽しげな声が響く。


 久々の行事、それもこの後宮が始まって以来初めての歓迎会とあって、みんな張り切っているようだ。


 その主役は――


「ロクさま」


 弾んだ声に振り向く。


 星明かりの下、嬉しそうな笑顔を浮かべたリゼが立っていた。


「いかがでしょうか?」


 目をきらきらと輝かせながら、隣を示す。


 そこにはリゼの妹であり、今日の主役――シャロットが立っていた。


 肩で切りそろえた淡いくるみ色の髪に、白いリボン。雪白の肌に映える、おっとりと大きなはしばみ色の瞳。


 可憐で清楚な佇まいは、陶器の人形を彷彿とさせた。十五才にしては少し幼く見える。ラムダの元にいる間、成長が遅れていたのかもしれない。


「あ、あの……」


 シャロットは恥ずかしそうに俯いている。


 新しく仕立てられた白いドレスは花びらのようにふんわりと広がり、彼女の純真さを表しているようだ。その小柄な身体には、淡い氷色の魔力が豊かに巡っていた。


「よく似合ってる。可愛いよ」


 優しく笑いかけると、不安げだった表情がぱぁっと華やいだ。白い頬をふんわりと染めて、「あ、ありがとうございます……」と微笑む。ちらりと見える八重歯が可愛らしい。


「そうなのです、シャロットは世界一可愛い妹なのです!」


 リゼが嬉しそうに胸を張る。


 こうして二人並ぶと、本当によく似ている。


 伸びやかで愛くるしく、思わず目で追ってしまうような魅力に溢れている。仲良く笑顔を交わす姿がまた微笑ましい。


 リゼが実家にシャロットの無事を知らせる手紙を送ると、父親のアイゼン子爵も三兄弟も泣いて喜んだらしい。シャロットには実家に帰るという選択肢もあったが、シャロット自身が望んだため、新たに後宮の神姫として迎え入れることになった。ご家族には、近いうちに顔を見せに行こう。


 そんなことを考えながら姉妹の笑顔を見守っていると、不意にリゼの手に嵌められた腕輪が光を帯びた。


 腕輪が光の粒となって解け、代わりにローブを纏った乙女が空中に現れる。


暁の盾アマンセルさま!」


 リゼが歓喜の声を上げる。


 細い体躯を包む純白のローブに、美しく結い上げた髪。長いまつげに縁取られた双眸は、緩やかに閉じられている。


 盲目の乙女――暁の盾アマンセルは俺に向かって粛々と頭を垂れた。


「改めまして、我が主。神器暁の盾アマンセル、ここに馳せ参じました。どうぞ末永くお役立ていただきますよう」

「ありがとう、心強いです。どうぞ、よろしくお願いします」


 アマンセルは深く頭を下げていたが、リゼに向き直ると形の良い唇を開いた。


「良いですか、リゼ。盾とは護りのため、常に最前線で攻撃を引き受けるもの。『勇者さまに仇成す者は、盾でぼこぼこにしてやる』くらいの気概がなければ、護りの乙女は務まりません」

「はい、暁の盾アマンセルさま!」


 教育方針に若干のクセはあるが、頼もしい。


 アマンセルは満足げに頷くと、腕輪に戻っていった――盾としての機能が必要ない時は、こうして腕輪に姿を変えることが出来るらしい。


 シャロットは「すごいです、リゼねえさま……!」と目を輝かせている。


 妹の賞賛のまなざしを浴びて、リゼは嬉しそうにはにかんでいた。


 やがて準備が整ったのか、マノンが嬉しそうに手を叩いた。


「さあ、歓迎会を始めましょう!」


 侍女たちが音楽を奏ではじめる。


「初めまして、シャロットさま!」

「リゼさまの妹御でいらっしゃるのよね? 目元がそっくり、とても可愛らしいわ」


 百花繚乱の姫たちに囲まれて、シャロットは緊張しながらも嬉しそうだ。


 ひととおり挨拶が済んだ頃、ティティが手招きした。


「ロクちゃん、シャロットちゃん! こっちこっち!」


 テーブルの上に並んだ料理を見て、シャロットが「わあ」と目を輝かせる。


「シャロットさま、苦手なものや、食べられないものはある? どんなお料理が好きかしら?」

「遠慮せずにいうといい。わたしたちは、新しい家族を歓迎する」


 フェリスとサーニャに促されて、シャロットは恥ずかしそうにはにかんだ。


「あ、あの、わたし、シェパーズパイが大好きで……」


 いじらしい笑顔にハートを射抜かれたのか、宮女たちが甲斐甲斐しく料理を取り分ける。


「シャロットさま、こちらのスープはいかがですか? シェパーズパイによく合いますよ!」

「こちらの壺焼きパイもおすすめですよ!」

「わあ、ありがとうございます……!」


 その様子を微笑ましく見守っていると、リゼが「ロクさま」と俺に頭を下げた。


「本当にありがとうございました。こうしてシャロットと共に過ごせる日が来るなんて、夢のようです。ロクさまがいなければ、叶わないことでした」


 俺は首を振った。


「俺の力じゃない。リゼがシャロットを想い続けて、諦めなかったからだ。リゼの愛が届いたからだ。よくシャロットを守ったな」


 泣きながら、怯えながら、それでもあの恐ろしい魔族からシャロットを庇おうとしたという、幼いリゼ。


 在りし日のその姿を思い浮かべれば胸が苦しくて、労りを込めて頭を撫でる。


「出会った時からそうだった。優しくて勇敢で、愛情深い。こんな女の子と一緒に居られることを、俺は誇りに思うよ」


 リゼはしばし、宝石のように透き通る瞳で俺を見上げていたが、やがてぽすりと、俺の胸に身を寄せた。


 柔らかなぬくもりから甘い香りが立ち上って、心臓が脈を打つ。


「……リゼ?」


 見下ろすと、小さな耳も、細いうなじも、赤く染まっていて。


「……もうっ」

「……怒ってるのか?」

「違いますっ。ただ、どうしたらいいか、分からなくなってしまったのです。……ロクさまのことが、す、す、好き、すぎ、て……」

「ん、ごめん。もごもごいって聞こえなかった……もう一回言ってもらっていいか?」 


 本当は、俺の胸に収まったリゼが可愛くてどぎまぎして聞き取り損ねたのだが、平静を装いながらそう促すと、リゼはいよいよ耳を赤くして、拗ねたようにぐりぐりと俺の胸に顔を押しつけた。


「いててて。ごめん、ごめん」


 笑いながらあやすようにその髪を撫でると、リゼはふふ、と微かな吐息を零した。


 俺の胸に頬を寄せて、幸せそうに目を閉じる。


「……心から、お慕いしています。いつまでも、あなたと共に――私の勇者さま」


 星空の下、俺は波紋のように広がる温かな感情を噛みしめながら、そっと柔らかな髪を梳いた。


 中庭に明るい声が響く。


「さあ、後宮部隊、参りますよ! 用意、―ッ!」


 マノンの号令一下、輪になった姫たちが上空へ向けて魔術を放った。


 後宮の夜空に、極彩色の花火が打ち上がる。


 空いっぱいに打ち上がった大輪の花に、シャロットが「わあぁっ」と歓声を上げる。


「すごい、きれい! こんなおおきな花火、はじめて見ました……!」


 こぼれ落ちそうに大きな瞳が、きらきらと輝いている。


 俺はその無邪気な姿に、目を細めた。


「シャロット。この世界には、俺たちもまだ見たことのない綺麗なものがたくさんある。これから一緒に、色んな景色を見に行こう」


 シャロットの体内に巡る魔力は、生まれ落ちたばかりのように真っ新だ。


 魔族の元に囚われていた分、その無垢な瞳で、身体で、魂で、この世界を感じて欲しい。


 シャロットは俺を見上げて、「はい……!」と花火にも負けない笑顔を咲かせた。


「シャロットさま、ようこそ後宮へ!」


 軽やかな音楽が鳴り響き、姫たちの楽しそうな笑い声がこだまする。


 賑やかな宴の中、シャロットの肩をそっと抱きながら、リゼが幸せそうに笑った。


「ロクさま。シャロットともども、どうぞこれからもよろしくお願いします」


 眩い笑顔に、俺は「こちらこそ」と笑って頷いた。


 この世界に召喚されて半年。


 新しい仲間も加わって、また賑やかな日々後宮ライフが始まりそうだ。





───────────────────




【あとがき】



いつも温かく見守ってくださいまして誠にありがとうございます。

約半年に亘り続いてきたロクと神姫たちの物語ですが、これにて第ニ部完となります。

皆様の温かい声に励まされて、ここまで書くことが出来ました、本当にありがとうございます。

引き続き応援していただけますと幸いです。


また、書籍が4/20より発売されます。


さとうぽて様の美麗なイラストが目印です。

書店で見かけた際にはお手に取っていただけましたら嬉しいです。


■書籍版『追放魔術教官の後宮ハーレム生活』

1巻 【4/20】 発売

ファンタジア文庫特設サイト【https://fantasiabunko.jp/special/202104harem/】

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