第2話 唯一のスキル、その名は

 後宮の存在で、カタギリの天秤は一気に受諾の方向に傾いたらしい。


「分かった。その魔族ってやつを倒しゃいいんだろ。さっさと神器とやらを寄越せ」


 けれどディアナ王女は首を振った。


「神器は生きた武器。持ち主を選びます。勇者としての素養のある者にしか、扱うことはできません。ここにあるのはほんの一部ですが、どれも気高く、強力な武器ばかり。……まあ、例外はありますが」


 王女は咳払いして続ける。


「おそらく、いかな勇者さまとて、触れることすらできないでしょう……今は、まだ」

「はあ? じゃあどうしろってんだよ」

「まずは魔物を倒し、レベルを上げていただければと」

「ま、魔物?」


 倒すって、どうやって……


 戸惑っていると、王女はにっこりと微笑んだ。


「ご安心ください。お二人には召喚にともない、様々な権能が付与されているはず」


 そう言うと、なにやら厚い紙(羊皮紙というのか?)を取り出した。


「慣例に従い、下のお名前で呼ばせていただきますね。まずは、リュウキさま。こちらの『女神の慧眼』に手をかざしてくださいませ」

「こうか?」


 カタギリが言われたとおり手をかざす。

 すると、羊皮紙の表面にじわりと文字が浮き上がった。


「うおっ。なんだ、これ。なんかいろいろ書いてあるぞ」


 俺の位置からも見えた。



【片桐龍騎 二十歳 男

 レベル:1

 HP:1500/1500

 MP:2000/2000

 攻撃力:120

 耐久力:200……】



 謎の数値で、羊皮紙がびっしりと埋まっている。

 文字はどうやら日本語ではない。が、問題なく読める。どうなってるんだ。


「なんだ? レベルが1で、HP? が1500……MPが2000で、攻撃力が120?」


 片桐が読み上げると、ギャラリーから歓声が上がった。


「おお、すばらしい」

「レベル1でこの基準値ステータス!」

「あとは、なんだ? 魔術とかいう欄があるな。『紅蓮炎フレイム・スール』に『極騒嵐コア・ストーム』、『轟雷破ライトニング・ブレイド』?」

「きょ、極大魔術ですと!?」

「他には、スキル『勇壮鼓舞ナイト・ブースター』、『威風スタン』、『強脚アクセル・ギア』『属性付与エンチャント』……」

「なんと! ど、どれもSSランク冒険者級の権能ですぞ!」


 王女が感極まったように「すばらしい!」と叫び、杖で床を突いた。


 すると入り口から、巨大な獣が入ってきた。八人がかりで鎖を引いている。


「なんだ、あれ」


 それは見るからに異形だった。

 ライオンの頭に、牛の胴体。尾は蛇だ。全身黒い霞に覆われている。鼓膜を破るような雄叫びが、夜空を震わせた。


「これはキメラ。おぞましき魔族の手先――魔物の一種です。レベルを上げるためには、これら魔物や下級魔族を倒し、経験値を得る必要があります」


 いや無理だろ。


 しかし王女は平然と先を続ける。


「カタギリさま。キメラに向けて手をかざし、魔術の中からひとつ選んで唱えてくださいませ」

「あ、ああ」


 片桐がキメラに向かって手をかざす。


 ――その腕に、赤い文様が浮き上がった。


「?」


 あれはなんだろう。まるで電子回路のような、光の線。服の上からでも分かる。どうやら全身に巡っているようだ。みんな見えているのだろうか?


「『紅蓮炎』!」


 片桐が叫ぶと同時に、炎の柱が出現した。


「!?」


 灼熱の業火が渦を巻いてのたうち、烈風が吹き付ける。なにやら結界のようなものが張られているらしく、直接熱を感じることはないが、すさまじい威力だということだけは分かる。


 炎はキメラを飲み込み、夜空を焦がし、やがてふっと消え去った。


「な……」


 キメラは跡形もなく姿を消している。


 大きなどよめきが上がった。


「さ、さすがは極大魔術! これだけの威力、並の魔術士なら一生掛かっても到達するかどうか!」

「しかもまだレベル1だというのに! これなら魔王を倒せる!」

「ディアナさま、これは本当に素晴らしい勇者を召喚されましたな!」


 王女は片桐の手を握った。きらきらと輝く瞳で片桐を見つめる。


「ああ、素晴らしいですわ、リュウキさま! こんな優れた才能は見たことがありません! あなた様ほどの逸材であれば、レベル上げなどたやすいこと。すぐに神器も使いこなせるようになりましょう。大陸中にあなた様の名声が轟くのが楽しみですわ」


 片桐は「そうか?」と言いながら満更でもなさそうだ。


 王女はご機嫌な様子で、くるりと俺を振り返る。


「それでは、カヅノロクさま。『女神の慧眼』に手を」

「あ、はい」


 なんか、めちゃくちゃハードルが上がったぞ。


 緊張しながら手をかざす。


 羊皮紙に、ぼんやりと文字が浮かび上がった。




【鹿角勒 二八歳 男

 レベル:1

 HP:500/500

 MP:UNKNOWN……】




「……あれ?」


 なんだろう、UNKNOWNって。しかもやけに空白が多い。片桐の時は文字で埋め尽くされていたのに。魔術の欄もないし……


 必死で目を走らせると、ようやく読み上げられそうな項目が見つかった。


「あ、あったあった」


 期待に満ちた視線の中で、口を開く。







「ええと……スキル、『魔力錬成』だそうです」







「……え?」


 不穏なざわめきがさざ波のように広がる。


「魔力、錬成……?」

「魔力錬成って……あの・・魔力錬成?」

「なんでわざわざスキルに……?」


 え? なんでこんな変な空気になってるんだ?


 王女が焦ったように食いつく。


「ほ、他には? 魔術や、他のスキルなどは……」

「これだけです」


 戸惑いながら羊皮紙を見せる。


 真っ白な羊皮紙を、人々がぽかんと見つめる。


「ええと、これは……?」


 長い沈黙。


 王女は唖然と立ち尽くしていたが、やがてその表情が、氷のように温度を失った。


 口を歪め、吐き捨てる。





ゴミ・・ですわね」




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