第40話 邂逅
弾かれたように振り返る。
森から現れたのは、オーガの群れだった。
「!」
ざっと数えたところ十体以上。
黒くくすんだ肌に、頭に戴く二本の角。どの個体も大きい。三メートルは優に超える。
別のダンジョンが近くにあるのか、あるいは野良か。
「退がれ! リゼ、みんなを頼む!」
「はい!」
後宮部隊が迎え撃てない相手ではない。
だが、まだ戦闘直後だ。
帰還の道のりに備えて、少しでも体力を温存して欲しい。
俺はオーガの群れの前に立つと、アンベルジュを抜き放った。
柄を握る手に力を込め、魔力を流し込み――
(……あれ?)
走り抜けた予感に、一瞬動きが止まる。
(この感覚――)
『グオオオオオオオオオ!』
オーガたちが咆哮を上げる。
いや、今は目の前の戦闘に集中しなければ。
俺は首を振って雑念を振り払った。
腰を落とすと静かに膝を矯め――刹那、ドッ、と地面が震えた。
「!?」
息を呑むと同時に、大地が揺れ始める。
「一箇所に固まれ!」
悲鳴を上げる姫たちを、マノンが集める。
地震――ではない。
オーガたちの足下が大きく波打ち、盛り上がり、次の瞬間、巨大な剣山と化した土が、オーガたちの腹部を貫いていた。
『グギ、ギ……ッ』
空中に突き上げられた三体のオーガがもがく。
残るオーガたちも、突然の事態にうろたえている。
俺ははっと顔を上げた。
森と反対に位置する崖の上。
二つの人影が立っていた。
一人は、重たげなローブをまとった、小柄な人影。
フードを深く被っているせいで表情はうかがい知れないが、どうやら女の子のようだ。
もう一人は、細身の男――いや、青年、あるいは少年と言った方が近い。その手には、身長の二倍はある深緑の槍が携えられている。
「あれは……――」
胸に兆した予感が形を成すよりも早く、少年が地を蹴った。
切り立った崖を、牡鹿のように駆け下りてくる。
そのまま大きく跳躍すると、俺たちの頭上を軽々と飛び越え、オーガに斬り掛かった。
『ギァアアァアア!』
槍の穂を脳天に叩き込んで、一体を屠る。着地するが早いか、横ざまに槍を一閃して二体目、さらに胴体をすっぱりと分かたれたオーガの向こう、槍を突き込んで三体目を無に帰す。
小柄な体が、土の錐の間を縫って華麗に舞う。
縦横無尽にしなる槍を見て、マノンが息を呑んだ。
「あの槍は……!」
『ヴォォオオオオ……!』
オーガたちの殺気が膨れ上がり――
崖の上から、涼やかな声が響いた。
「『
マノンが「えっ」と声を上げる。
刹那、オーガたちの身体が輝きを帯びた。
『グルオォォオォォオオ!』
その上腕が、力強く膨れあがる。
まさか、と思う間に、オーガは凶器にも似た腕を振り回し、土の錐を打ち壊した。傍目にも分かる、膂力が格段に上がっている。
「な、なぜ魔物に
マノンの悲鳴に、確信する。
やはりそうだ。あの少女は、
フードを目深に被った少女は杖を掲げ、さらに
「『
立て続けにステータスを上昇させられ、オーガたちが勇ましく咆哮する。
『ヴオオオオオオオオオオオオオオ!』
その興奮が最高潮に達し――
少年が指を鳴らした。
「『
軽やかな声が響いた、次の瞬間。
オーガたちが、
「っ、な……」
さっきまで荒々しく吠え猛っていたオーガたちが脆く崩れ去り、跡形もなく消えていく。
「……――」
誰もが声を失っていた。
今のはスキルか?
魔物に掛けた
少年は、大きく槍を振って瘴気の残滓を払った。
深緑に輝く槍を見て、マノンが呟く。
「やはり、あれは神器『翼竜の槍』――……あの方は、先代勇者さま……?」
「!」
さらさらとなびく栗色の髪に、人なつっこい瞳。細く引き締まった体躯。整った横顔は若く、まだ二十歳にも満たないだろう。
すんなりと伸びた手足に、眩い魔力が流れている。片桐に匹敵するほどの――いや、それ以上に潤沢で鮮烈な、差しそめる朝陽にも似た、淡黄色の魔力。
「あれが……」
俺の半年前に召喚されたという、先代の勇者。
後宮に一度も通うことなく、召喚されてわずか数日の内に聖女と共に行方を眩ませたという彼が、なぜここに。
少年が目を上げる。
ほんの刹那、視線が絡み合った。
声を掛けるよりも早く、少年は軽やかに崖を駆け上がった。
少年がフードを被った少女と共に姿を消した後も、俺はその場から動けずにいた。
◆ ◆ ◆
王都へと歩き出す少女たち。
百花繚乱の少女部隊を率いるのは、
その姿を遠く見下ろしながら、
「気が済んだ?」
フードを目深に被った少女――パルフィーに問われて、奏は「ええ」と笑った。
「オレが手を出すまでもなく、切り抜けられたでしょうが……柄にもなく出しゃばってしまいましたね」
遠くから見るだけと決めていたのに、少女たちを庇って進み出た勇者の姿を見た瞬間、得体の知れない熱がこみ上げて、我知らず身体が動いていた。
貴女は? と目を向けると、パルフィーは淡いヘーゼルの瞳で、黒髪の勇者の背中をも見下ろした。
「……私は聖女の役目を投げ出し、
そうですね、と遠ざかる背中を目で追う。
優しいまなざしをした、黒髪の勇者。
彼の率いる後宮部隊は、噂に聞いていた通り、強かった。
誰もが彼を心から慕い、敬い、信頼し――そして何よりも、笑顔だった。
「みんな、幸せそうで良かった」
これでも責任を感じていたので、と呟くと、パルフィーがジト目を送ってきた。
「うさんくさい」
「あはは、ひどいなぁ」
その時、勇者の隣に付き従う、亜麻色の髪の少女がつまづいた。
勇者に手を差し伸べられて照れ笑いしている。
「……見ましたか。あの少女のアザ」
押し殺した問いに、パルフィーが小さく頷く。
細い手足に絡みつく、黒いアザ。燃えるような赤い瞳。
「もしかすると、彼女は……――」
その時、カナデ、と名を呼ばれた。
「
「え?」
見下ろすと、オーガの爪でも引っ掛かったのか、服が脇腹から腰にかけて、大きく裂けていた。はみ出した白い布がひらひらとたなびいている。
「ああ、いけない。巻き直していただけますか?」
「嫌だ。めんどい。あってもなくても同じようなものだし」
「ええー、ちゃんとありますよ、ちょっと着やせするタイプなだけで。なんなら見てみます?」
「いらないし。いつもお風呂で見てるし」
「ですよね。なんだかんだ言いながら、一緒にお風呂入ってくれますもんねー、パルフィーは――いててて、ちょ、苦しいですって! 胸潰れる!」
「潰してる」
パルフィーに新しいさらしを巻いてもらいながら、奏は豆だらけの手のひらを見下ろした。
突如現れたオークを前に、迷いなく少女たちを背に庇った勇者の姿が、脳裏に蘇る。
自分の半年後に召喚され、あの『暴虐のカリオドス』を倒し、後宮を最強部隊に育て上げた勇者。
たった一人、後宮の少女たちをその手に掬い上げた勇者。
(あの人なら、あるいは私のことも──)
胸の奥、硬く閉じたはずの蓋をこじ開けて湧き上がろうとする弱さを、頭を振って払う。
世界を越えて巡り会った、今はもう遥か遠い、同郷の人。
奏は青空の下、王都へ続く道の向こうへと、柔らかく目を細めた。
「――またお会いしましょう、鹿角勒さん」
──────────────────────
【あとがき ※ネタバレあり】
いつも評価やブックマーク、応援、感想等ありがとうございます。
とても嬉しく、更新の励みとなっております。
まだ先になりますが、先代勇者はロクの頼もしい味方で、惜しみなく力を貸してくれます。
寝取られ等は絶対にございませんのでご安心ください。
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