第54話 新たな旅路
日差しが強くなり、蝉の声が聞こえ始めた、とある昼下がり。
俺たちは後宮の広場で、日課の魔術講座に勤しんでいた。
「
「
華やかな詠唱とともに、そこかしこで放たれた魔術が的を撃ち抜く。
神器の真実が明かされて以来、一日でも早く神器を手に入れるべく、姫たちの実技演習にも熱が入っていた。
「深い呼吸で大気中のエーテルを取り込んで。魔術のイメージをしっかり練るのを忘れずに」
「「「はい!」」」
それぞれの魔力回路を視ながら、姫たちの間を歩く。
みんなとても飲み込みが早く、魔力量は増え、魔術もどんどん上達していく。
何人かは既に宮廷魔術士を凌ぎそうだ。
そんな中。
ふと、剣姫たちが稽古に励む一角。
剣を振るフェリスの姿が目に留まった。
フェリスは魔導剣を手に入れてからと言うもの鍛錬を怠らず、日々稽古に励み、既に一流の剣技が備わっている。この間のダンジョン攻略では、自分の五倍の体躯はあろうかという主の首を落とした。
今日も一心に魔導剣を振っているが――どこかいつもと違う。
魔力回路が乱れているし、太刀筋にも迷いが見える。
「フェリス」
声を掛けると、フェリスははっと頭を下げた。
「稽古中にごめん、少し調子が悪そうに見えて……何かあったのか?」
「いえ、あの……」
翡翠色の瞳が揺れている。
「俺に力になれそうなことがあれば、話してくれ」
フェリスは目を落としていたが、俺が笑いかけると、意を決したように顔を上げた。
「実は――」
「ガーランド港奪還戦?」
魔術講座が終わり、
鸚鵡返しに問うと、フェリスは硬い表情で頷いた。
「昨日、実家から手紙が届いたの」
その手紙によると、数日前から、東国との貿易を担うガーランド港に魔物が巣喰い、港が閉鎖されているという。
「なんでも魔物の勢力が強くて、急速にダンジョン化が進んでいるらしいの。魔族が絡んでいる可能性もあるって……」
魔族という言葉に、俺は目を瞠った。
フェリスが俯く。
「ガーランド港奪還戦は、私の実家――アルシェール家が指揮を執っているの」
フェリスの生家、アルシェール辺境伯家は、古くから続く魔術士の名門だ。トルキア国東方一帯の豪族を取り纏め、東方の守りを担っていると聞く。
フェリスは膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。
「……父が、戻って来い、と」
「!」
「戻って、ガーランド港奪還戦に参加しろと……それだけじゃないの。勇者さまを連れて来るようにって……」
どうして、と口をつきそうになった疑問を呑み込む。
魔術至上主義のアルシェール家において、魔力のないフェリスがどんな扱いを受けていたのか、フェリスの怯えた様子から想像するに難くない。
マノンによると、この世界には勇者を余計な異分子として快く思っておらず、後宮に対して良いイメージを抱いていない貴族は一定数存在し、アルシェール家はその筆頭だという。
だからこそ、フェリスの父親は、魔術を使えないフェリスを後宮に追いやった――言わば放逐したのだ。
今更呼び戻すなど、何か裏があるとしか考えられない。
「私、分からないわ。父が何を考えているのか……」
フェリスの魔力回路は不安げに明滅し、硬く結んだ唇は色を失っている。
「フェリス」
俺はその背にそっと手を添えた。
「フェリスは
フェリスは潤んだ双眸で俺を見詰め、首を振った。
「いいえ――いいえ、ロクさま」
胸元で握りしめた手は震えている。
それでも翡翠の瞳には、揺るぎない決意が浮かんでいた。
「私、行きます。行って、この呪縛を解かなければ」
ガーランド港までは馬車で四日。
少しでもフェリスが安心できるよう、俺とリゼ、ティティ、サーニャといういつものメンバーが同行することにした。
国王に報告すると、国王は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ガーランド港は、東方貿易の要。わしとしても軍を派遣したいのは山々だが、アルシェール辺境伯家は古くから東方の守りを担っている歴史ある名家。支援の要請が来ていない以上、わしもおいそれと口が出せぬ。すまぬが、頼んだぞ」
そして出発の朝。
後宮をマノンに託して、門を出る。
「勇者さま、御出征!」
東へ向かう馬車の中、フェリスはじっと俯いていた。
金色の籠手を嵌めた細い手が、細かく震えている。
そっと手を重ねると、フェリスは俺を見詰めて、小さく頷いた。
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