第55話 アルシェール辺境伯邸


 王都を出て四日目の夕方。


「これがアルシェール辺境伯邸か」


 堅牢な城壁を見上げて、思わず感嘆の声を漏らす。


 古くより東の防衛の要を担って来たというアルシェール家。


 その歴史を物語るような、石造りの威厳ある城だった。


 リゼが息を呑み、ティティが「わぁ、立派なお城だねー!」と声を上げた。


 サーニャも物珍しそうにきょろきょろしている。


「フェリスさま! お待ちしておりました!」


 門番が顔を輝かせながら門を開く。


 門をくぐったとたん、城から侍女たちが飛び出してきた。


「フェリスさま、お帰りなさいませ!」

「ただいま、みんな。元気だった?」


 馬車から降りたフェリスを、侍女たちが取り囲む。


「ああ、フェリスさま! またお会いできるなんて!」

「お元気そうで良かった、それどころかますますお綺麗になられて……」


 随分使用人たちに慕われているようだ。


 嬉しそうなフェリスの笑顔に、胸が温かくなる。


「フェリスさまが後宮に入られてからというもの、心配で心配で……後宮で、何か困ったことはありませんか? お身体の調子は? お手紙をくだされば、すぐに駆け付けますからねっ」

「ありがとう。でも大丈夫よ。この方が、私のお仕えする勇者さま」


 フェリスが俺たちを紹介してくれる。


「優しくて、愛情深くて、私たちのことを心から大切にしてくれるの。素敵なお友だちにも恵まれて、私、とても幸せよ」


 ふわりと笑うフェリスを見て、侍女たちが「ああ……!」と歓喜の声を上げて殺到した。


「ありがとうございます、勇者さま……!」

「フェリスさまを、どうぞよろしくお願いいたします!」


 フェリスは使用人たちとひとしきり再会を喜び合うと、硬い声で告げた。


「お父さまのところへ案内してちょうだい」


 侍女たちははっと押し黙ると、暗い表情で顔を見合わせた。


「それが……フェリスさまを呼び戻されたのは、イザベラさまなのです」

「お母さまが?」


 フェリスの顔が強ばる。


「では、お父さまは……」

「ザカリーさまは、別のダンジョンに赴かれています。あと半月はお帰りになれないそうで、今回のガーランド港奪還戦は、イザベラさまが指揮を任されているのです」

「…………」


 フェリスが緊張した面持ちで押し黙る。


 侍女がそっと事情を説明してくれた。


「イザベラさまは、フェリスさまの継母でいらっしゃいます。フェリスさまの実のお母さまは、フェリスさまが幼い頃に亡くなられており……」


 侍女が語ったことによると、フェリスの実母は気立てが良く、領民にも慕われていたが、あまり魔術に長けていなかったらしい。妻を失ったアルシェール辺境伯は、魔術の素養のある貴族の娘と再婚した。それがイザベラ夫人ということだ。


「フェリスさま、イザベラさまがお待ちです」


 城から出てきた執事が声を掛ける。


 フェリスが俺を見た。


 まなざしを交わし、頷く。


 フェリスは震える声を張った。


「案内してちょうだい」


 心配そうな侍女に案内されて行き着いた奥の間。


 よく磨き込まれた扉が開かれる。


「来たわね」


 孔雀のように着飾った女性が、俺たちを出迎えた。


 くすんだ赤髪に、薄灰色の双眸。手には羽根と宝石をあしらった豪華な扇を携えている。


 彼女がフェリスの継母――アルシェール辺境伯夫人イザベラか。


 鋭い面差しは猛禽類を彷彿とさせ、痩せた全身に冷気にも似た威厳を纏っている。


 その隣には、フェリスの弟だろうか、利発そうな少年が立っていた。顔立ちといい雰囲気といい、イザベラとよく似ている。恐らくイザベラの実子――フェリスの腹違いの弟だ。


 二人の魔力回路には潤沢な魔力が巡り、ざわざわと蠢いていた。なるほど、母子揃って魔術の腕は確からしい。


 使用人たちが心配そうな顔で退出し、空気がぴんと張り詰める。


「お母さま――」


 フェリスが言葉を紡ぐよりも早く、鷹のような瞳がフェリスを見据えた。


 びくりと硬直するフェリスに、冷たく尖った声が掛かる。


「よく帰って来たわね、フェリス。風の噂で聞いていますよ。活躍目覚ましいようで。魔術を使えなかったお前が、まさか王都で名を上げるとはねぇ」

「は、い……」


 俯くように頭を下げるフェリスに、弟らしき少年が白々しく手を叩いた。


「すごいじゃないですか、姉上。例の後宮部隊の一員として、華々しい戦果を上げられているとか。まさか魔術を使えること、隠してたんですか? 水くさいなぁ」


 粘り着くような視線が、フェリスを覗き込む。


「よかったら魔術を見せていただけませんか? 何しろ僕ら家族にも内緒にしていた切り札だ、さぞかし素晴らしいんだろうなぁ」

「いえ、私、魔術は……」

「何ですか? 聞こえませんよ」

「あの……魔術は、使え、なくて……」

「は? じゃあ、どうやって功績を挙げたというのです?」


 フェリスの喉がこくりと鳴る。


 細い手が、命綱を探すように腰の柄に触れた。


「勇者さま――ロクさまから、魔導剣を、賜り……」

「……はぁ? 剣んん?」


 少年が唇を歪めて嘲笑する。


 イザベラがため息を吐いた。


 フェリスがびくっと肩を竦ませる。


「フェリス」

「……はい」

「魔物討伐で活躍していると言うから、魔術のひとつも使えるようになったかと思えば。まさかアルシェール家の家訓を忘れたわけではないでしょう。魔術士にあらねば・・・・・・・・人にあらず・・・・・。我がアルシェール家は、魔術の名門。魔術を使えないのでは価値はない」


 口元を扇で隠し、せせら笑う。


「まったく、何度失望させれば気が済むのでしょうね。厚顔女の、不出来な失敗作が」

「っ……!」


 フェリスが恥じ入るように深く俯く。噛みしめられた唇は色を失っていた。


 俺は口を突きかけた言葉を奥歯で噛み潰し――白銀の魔力がバチッ! と弾けた。


「っ!?」


 イザベラが弾かれたように俺を見る。


「い、今のは……?」


 うろたえながらきょろきょろする少年に対して、イザベラは怯えるようなまなざしで俺を見詰めている。







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新たなざまぁの始まりです。

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