第53話 神器と神姫


 その昼。


 俺は国王に掛け合って、神器を後宮の広場に運び込んでもらった。


 魔術講座でもないのに招集を掛けられた姫たちは不思議そうにしている。


 俺の隣でふんぞり返っているビビを見て、リゼが小首を傾げた。


「ロクさま、その可愛らしいご令嬢はどなたですか?」

「運命神ビビだって」


 紹介すると、ビビは片目をつむってぺろりと舌を出した。


「ビビじゃぞっ★」

「は……」


 一瞬の静寂。


 一拍遅れて、姫たちが雷に打たれたように竦み上がった。


「う、運命神さま――――――――――!?」


 一斉に頭を下げた姫たちが、ただならぬ様子で囁き合う。


「えっ、ほ、本当に!? そんなことあるっ!?」

「ロクさまは確かに人智を超越した奇跡ばかり起こされるけれど、まさか神さままで降臨なさるとは……っ! さすがに規格外すぎではっ……!?」

「よりによって運命神ビビさま……っ!?」


 俺は、隣で硬直しているマノンに囁いた。


「有名な神さまなのか?」


 マノンは珍しく緊迫した様子で「ええ」と頷いた。


「と言っても、教書などの正式な書物よりも、伝承や口伝、逸話で有名なので、ロクさまはご存知ないかも知れません。大陸史において、人の営みを引っかき回すこと数知れず。稀代のトリックスター、赫々たる暇人、余計なことしかしない悪ふざけの化身。『運命神が微笑む』と言えば、それ即ち凶兆! 数多の英雄を弄び、運命を狂わせた悪戯の数々、もはや邪神と紙一重……!」

「そんな大層なことはしておらんよ。ちょっと人間への愛が空回りしがちなだけの、か弱い一般神じゃよ」


 一般神という概念は初めて聞いたな。


 姫たちの反応を見ると、運命を司る偉大な神というよりは、運命を弄ぶタイプの神なのだろうか。


 一方のアンベルジュは、剣の姿で俺の腰に佩かれたまま沈黙を保っている。激しく人見知りするたちらしい。


 ビビは広場に集まった姫たちを見回すと、アーモンド型の目を満足げに細めた。


「ほう、いい具合に馴染んでおるのう。これなら、神器を使える者もいくらかいよう」

「え? 神器を?」


 咄嗟に声を上げたフェリスに、ビビが「そうじゃ」と頷く。


「で、ですが、神器は異世界の勇者さまにしか使えないと……」

「正確には、神器は勇者の魔力に呼応するのじゃ。よって、勇者こやつの魔力に順応したおぬしらにも、その資格がある」


 姫たちの間にざわめきが広がった。


 マノンが真剣な面持ちで呟く。


「これまでは、魔族に通用するのは神器だけ、そして神器を扱えるのは勇者さまだけというのが通説でしたが……仮に私たちにも神器が使えるとなると、魔族に対抗する手段は限りなく広がりますね……」


 リゼがおそるおそる口を開く。


「けれど、よろしいのでしょうか。何だか恐れ多いような……」

勇者一人が使えても、限りがあるよ。みんなで一緒に強くなろう」


 俺の言葉に、姫たちが表情を綻ばせる。


 その様子を見て、ビビは嬉しそうに手を打ち合わせた。


「さて、神器は持ち主を選ぶ。勇者との繋がりが強い者ほど適正があると言えよう。逆に、資格に満たない者が触れると弾かれるぞ、気をつけることじゃ」

「ねえ、あの剣、すごいバチバチ言ってるんだけど……」


 怯える姫たちの視線の先。


 物凄い火花を放っている剣があった。


 ビビがやれやれと首を振る。


「ダイディストロンめ、まだへそを曲げておる」


 ダイディストロン……って確か、片桐が一度手に入れた神器だったか。


「あのごうつく勇者にねじ伏せられたのが、よほど腹に据えかねておるらしい」


 腰で、アンベルジュが小刻みに震えている。怖がっているのかと思ったが、どうやら笑っているらしい。……ダイディストロンとは仲が悪いのだろうか?


 何にせよ、今は近付かないでおこう。


 姫たちが緊張した面持ちで、神器を見渡す。


 ふと、リゼがとある一点を指さした。


「あちらで、何か光ってませんか?」

「? どこだ?」

「あの辺りです」


 リゼが踏み出そうとした時、その一角が眩い輝きを放った。


「きゃ……!?」


 光が渦を巻いて立ち上ったかと思うと、リゼの前に飛来する。


 眩い輝きが集まり、収束し、やがて現れたのは一枚の盾だった。


「これは……」


 リゼが目を見開く。


 花びらのような、冬の朝陽のような、あるいは雪の結晶のような。光を透かして煌めくそれは、盾とは思えないほどに薄く、美しかった。


「どうやら気に入られたようじゃのう」


 輝く盾を手にして、リゼが嬉しそうに頬を染める。


 と、


「わっ!」


 背後で上がった声に振り返る。


 ティティの前に、弓が浮いていた。


「この子、ティティを選んでくれたのかなっ?」


 蒼い蔓で編んだような美しい弓を、ティティは嬉しそうに抱き締める。


 その隣で、マノンが空中に現れた流麗な指揮棒タクトに手を伸ばす。


「これは、指揮棒タクト――いえ、杖、でしょうか?」


 マノンの優美な手に収まって、杖はどこか嬉しそうに見えた。


「サーニャは……」


 探すと、サーニャはいつの間にか見慣れない短剣を持って佇んでいた。 


「そんな、あっさりと」


 いつも通り涼しげな様子がサーニャらしくて笑ってしまう。


 ふと横を見ると、フェリスがうつむいていた。


「フェリス? どうしたんだ?」

「あの、私……」


 何かためらっている様子のフェリスの元に、ビビが神器を取っ替え引っ替え持って来た。


「遠慮することはないぞ、そなたは見所がありそうじゃ。この槍なんかどうじゃ? ちょっと根暗なのが玉に瑕じゃが、役目はきちんとこなす職人肌じゃ。趣味は蝉の抜け殻集め。こっちの斧もおすすめじゃ、すごく優しいヤツでのう。ただ、猫を見ると追いかけずにはいられない悪癖があって、よく迷子になるのが困りものじゃが。こっちの鞭はお色気担当。ナイスバディーの美女じゃが、ちょっとSっ気があって、勇者愛する男が悶え苦しむ姿を見るのが何よりの娯楽らしい」


 ……もしかして初代神姫って、みんな個性強かったりする?


 けれどフェリスは控えめに微笑んで、首を振った。


 腰に佩いた魔導剣にそっと触れる。


「私には、ロクさまがくださった魔導剣があるから」

「え、なんじゃこの子……いじらしい……健気の申し子……」


 俺とビビが、そのいたいけさに胸を押さえていると、視界の隅で眩い光が弾けた。


 金色の光の粒が立ち上ったかと思うと、フェリスの右手に収束していく。


「えっ!? な、なに!?」


 光が収まった後。


 フェリスの細い腕に、金色の籠手ガントレットが嵌まっていた。流麗で繊細な意匠は、武具というよりも、まるで金細工のアクセサリーだ。


「ほう、それは魔力を増幅する神器じゃ」

「魔力を……」

「そやつは健気なおなごが大好物じゃからのう。ちょっと抜けておるが、悪い奴ではない。仲良くすることじゃ」


 フェリスは「はい」と目を細めると、美しい籠手を嬉しそうに撫でた。


 他の姫たちがくすんと鼻を鳴らしながら俺に寄ってくる。


「ロク先生~、私たちはダメでしたぁ」

「近づくと弾かれてしまいます……」


 俺に頭を撫でられている姫たちを見て、ビビが喉を鳴らして笑った。


「ふふふ、残念じゃったのう。まだまだ修行が足りんということ。せいぜい精進することじゃな」

「精進って、どうすればいいんですか~?」

「まずはレベル上げじゃ。そして何より大事なのは、勇者こやつと愛を深め合うことじゃな」


 ビビはそう言いながら俺を指さし――


 ……ん?


 姫たちが「愛……」と呟きながら、きらきらと――いや、ぎらぎらと俺を見詰める。


「あ、いや、今のは語弊がある、よな? 愛と言うか、大事なのは魔力であって、さっきのはつまり、魔力を馴染ませるという意味で……」


 言い終わるよりも早く、姫たちが殺到して俺を抱擁した。


「ロクさま! 今まで以上に、たっぷり愛させていただきます!」

「覚悟なさってください~!」


 俺は姫たちの『愛』を受けて、都合三十分間もみくちゃにされたのだった。


「さて、神器を手に入れたのは五人か」


 神器を手にしたリゼ、フェリス、ティティ、サーニャ、マノンを見て、ビビが腕を組む。


「良いか。神器をただ使える・・・・・のと使いこなせる・・・・・・のは全く別じゃ。今のままでは、ちょっと強いだけの普通の武器に過ぎん。初代神姫の魂は深く眠っておる。真の力を解放するには、神器の中の神姫を呼び覚ます必要がある」

「どうやって?」

「神器と共に戦い、心を通わせるのじゃ。神姫の魂を呼び覚まし、真の力を解放できれば、強大な加護を得られるじゃろう」


 ビビはアメジストの双眸を煌めかせ、紅い唇から牙を剥いて笑った。


「励めよ、ひよこたち!」


 リゼたちが表情を引き締めて頷く。


 俺も決意を新たにし――ビビが俺を振り返った。


「ところで、せっかくなので夕飯をご馳走になってもいいかのう? 噂の『カヅノ後宮厨房番キッチンメイドの壺焼きパイ』なるものを食してみたいんじゃが?」





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