第52話 運命神ビビ

 突然頭上から割り込んできた声に、目を上げる。


 天井から、女の子の上半身がぶら下がっていた。


 絹のように滑らかなぬばたまの髪に、いたずらっぽく煌めく紫水晶アメジストの瞳。小柄な身体を包むドレスは夜闇を切り取ったような漆黒で、陶器めいた白い肌に、赤い唇と爪が艶やかに映える。


 俺にアンベルジュを授けてくれた、謎の少女だ。


 アンベルジュが「うわ。出たわね、ペテン師」と露骨に顔をしかめる。


「君は」


 俺が尋ねると、少女は天井から抜け出てひらりと降り、胸を張った。


「ふっふー! 聞いて戦け! わしこそが天界の異端児! 神々の住処ネイブル屈指の愛され神! 人呼んで、運命神ビビじゃ!」

「運命神?」


 記憶をたぐる。


 この世界の神々については、教書などで少しばかり勉強した。


 この世界には、大陸の守護神イリアを始め、戦の神、豊穣の神、海の神、天空の神など、数多の神が存在するとされている。が、運命神というのは初めて聞いた。


 そうか、不思議な女の子だとは思っていたが、神様だったのか。


 納得する俺に、ビビは腰に手を当てて眉を寄せた。


「なんじゃ、名乗り甲斐のないヤツじゃのぅ。いくら末席とは言え、神じゃぞ。もっとありがたがらんか」

「異世界だから、そういうこともあるかな、と」

「まあ、これは分体、言ってみれば幻影じゃがの。本体は、千年前の大戦で石化されておる」

「そうなのか」

「そうなのじゃ。なので、たいした助太刀はできん。……とは言え、石化が解けたところで、これと言った権能はないのじゃがな」


 色んな神様がいるんだな。


 ビビは俺とアンベルジュを見比べて、にやりと牙を見せて笑った。


「異世界の勇者よ。見事、神姫の魂を解放したようじゃな。わしは一目で見抜いたぞ。このじゃじゃ馬はらぺこ神器を使いこなせるのは、おぬしくらいのものじゃろうとな」

「誰がじゃじゃ馬はらぺこ神器よ!? 美食家と言ってちょうだい!」

「何が美食家じゃ、魔物の残滓さえ喰らう悪食のくせに」

「ち、違うわ! あれはそう、グルメを極めた者ならではの、未知への探究心的な、そういう高尚なアレよ!」


 ビビの登場で神器としての本分アイデンティティを取り戻したのか、アンベルジュはピンクブロンドの髪を払うと、肩をそびやかした。


「ってわけで、改めて。私は神器アンベルジュ。人呼んで『祝福の剣』。あなたの魔力、そう悪くないわ。これからもじゃんじゃん献上しなさい」

「なぁにを。『こ、こんな上質な魔力、初めてぇぇ』とかめろめろになっとったくせに」

「言うなーっ!」


 アンベルジュが髪を逆立てて怒り散らす。


 その横顔をしげしげと見ていると、アンベルジュが眉をひそめた。


「どうしたのよ?」

「驚いてる。アンベルジュが、こんなに可愛い女の子だったなんて」

「んなっ!?」


 艶めくピンクブロンドといい、あらゆるパーツが整った顔といい、可愛さが飛び抜けている。何より生き生きとした姿は、剣だということが信じられない。


 アンベルジュはそわそわと髪をいじった。


「まっ、まあ? 初代神姫の中でも、あたしが一番可愛いって言うか? こんな絶世の美少女、千年に一度お目に掛かれるかどうかってレベルっていうか?」

「どこが絶世の美少女じゃ、笑わせるなちんちくりんめ」

「こ、これはまだ魔力が足りてないだけ! 本当のあたしはこんなもんじゃないんだからーっ!」

「よく言うわ。第一、わしが見つけた時にはやさぐれてモッサモサの――」

「んな――――――――――――ッ!」


 賑やかなやりとりを見ながら、俺は首を傾げた。


「もしかして、他の神器にも人格があるのか?」


 するとビビは我が意を得たり、とばかりに口の端をつり上げた。


「銀果宮で神器を見たじゃろう」


 頷く。


 召喚された時に、神器の一部を見せてもらったが、斧から槍、弓矢、杖、鎧や盾に至るまで、様々な神器があった。


「神器は、元は初代神姫の武器だったというのは知っておるな?」


 千年前に勃発した魔王との大戦。大陸の守護神イリアは、勇者の元に美しい神姫たちを遣わせた。神姫たちは、特別な力を宿した武器――神器を携え、勇者は彼女たちを導き、ついに魔王を封じることに成功したという。


 ――そうだ、かつて神器は、神姫たちの武器だった。


「神器はそれぞれ、持ち主である初代神姫たちの魂を受け継いでいるのじゃ」


 そうか、と腑に落ちる。


 意志を持つ武器というのは、そういう意味だったのか。


 ビビは愛らしい牙を見せて笑うと、親指で扉の外を示した。


「ここからは、おぬしの可愛い神姫たちにも説明した方が早かろう」


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