第17話 初めての戦闘、そして圧勝
俺は足に魔力を流し込んだ。一気に踏み込む。
ぐん、と身体が加速する。
風が唸り、光条と化した剣が、最後の一体を貫いた。
『ギギ……』
ゴブリンが断末魔を残して消え失せる。
旅人たちから驚愕の声が上がった。
「なんだ、今の!? 見えなかったぞ!?」
どうやら成功だ。
が、振り返ると、俺が走った軌道がごっそりとえぐれていた。
……調整が難しい、要練習だ。
街道に戻ると、リゼたちが駆け寄ってきた。
「ロクさま、今のは一体!?」
「何だろ、魔力で身体強化をしたっていうか」
「そんなことができるのですか!?」
「本を読みながらいろいろ研究する内に、思いついたんだ。でも、ちょっとやりすぎたな」
頬を掻く俺を、リゼは「ほぁぁ、すごいです、ロクさま」と目をきらきらさせながら見上げている。
ゴブリンが消えた後に残った光が、
「その剣は?」
「もらったんだ。さびだらけだけど、よく斬れるよ」
発動している間、魔力をぐんぐん吸われるのが気になるが、幸い俺は魔力量には恵まれたらしく、特に支障はない。見た目は古いが、良い剣だ。それに、なんだかまた軽くなった気がする。刀身もちょっと細くなったような?
被害がないか確かめていると、旅人や商人たちがわらわらと集まってきた。
「いやぁ、助かったよ! 兄ちゃん、相当腕が立つね!」
「お嬢ちゃんたち、魔術を使えるのかい。すごいなぁ」
「これ、よかったら持って行ってくれ」
野菜やら果物やらをありがたく受け取って、再び街道を歩き始める。
ティティは、ゴブリンが消えた後に残ったクリスタルの欠片のようなものを回収して、ほくほくしていた。
「これは魔物の核。ギルドにもっていけば換金できるんだよ。
*****************
――その夜。
俺は宿の裏で、月明かりを頼りに剣の素振りをしていた。
腕に魔力を通わせながら剣を振る。
やはり異様に身体が軽い。まるでブーストが掛かっているようだ。
「これって魔力錬成スキルのおかげなのかな」
腕に流れる白銀の魔力を眺めながら呟く。
王女にはゴミスキルと言われたけど、もしかして魔力を意のままに操れるって、割と万能なんじゃ……?
この力とアンベルジュがあれば、勇者として活躍して、後宮の地位を上げることができるかもしれない。
リゼの――みんなの力になれるかもしれない。
一人静かに手応えを感じていると、小さな足音に気付いた。
振り向くと、リゼが立っていた。
冷たい夜風に、薄い寝間着の裾が揺れる。
駆け寄って肩に上着を掛けると、リゼは「ありがとうございます」と笑った。
「どうしたんだ?」
「お邪魔してすみません。眠れなくて」
不安なのだろう、魔力回路が黒くざわめいている。
俺はリゼの背に手を添えた。微かに震えている。
リゼの抱えている不安が少しでも和らぐよう願いながら、ゆっくりと魔力を流し込んだ。
やがてリゼの魔力回路が、本来の色に輝き始めた。リゼがほぅと息を吐く。
「ロクさまの魔力、温かくて優しくて、安心します」
「そうか。良かった」
こわばりも解けたようだ。
リゼがふと俺を振り仰いだ。
「ロクさま。試してみたいことがあるのです。ロクさまの魔力を、限界まで注ぎ込んでくださいませんか?」
「いいけど、具合が悪くなったら、すぐに言ってくれ」
「はい」
魔力回路に目をこらしながら、慎重に魔力を流し込む。器がいっぱいになる直前で止めた。
リゼが大きく息を吸って、叫ぶ。
「『
リゼの前に、炎の壁が現れた。
「や、やりました!」
「おお、すごいな」
新しい魔術を習得するには、腕のいい魔術士でも一年はかかると聞いたのに。
みんな、俺の予想を超えてどんどん成長していく。
しかしリゼは首を振った。
「私の力ではありません、ロクさまがすごいのです」
月明かりに、ふわりと花のような微笑みが咲く。
「私、嬉しいんです。もう二度と、自分の魔術は使えないと思っていたから。どうぞこれからも、たくさん教えてください。私の、私たちの先生」
**************
王都を出立して七日目。
緑まばらな畑の間を、馬車はごとごとと走る。
牧歌的な風景だが、どこか重苦しい空気が漂っていた。
行く手に、大きな屋敷が見え始め――リゼが「あっ」と小さく叫んだ。
「すみません、止まってください」
リゼが馬車から降りる。
「あっ、リゼさまだ!」
「リゼさま、おかえりなさい!」
民家から小さな女の子が二人、駆け寄ってきた。どうやら姉妹のようだ。
「アリア、ローズ! 大きくなったわね。元気だった?」
両腕を広げたリゼの胸に、姉妹が飛び込む。
「リゼさま、きょうはあそべるの?」
「おままごとしよう! お母さまに、新しいお人形を作ってもらったの!」
栗色の髪をポニーテールにした勝ち気そうな子が姉のアリア、その背中にくっついている垂れ目の子が妹のローズというらしい。
嬉しそうな二人に、リゼは眉を下げた。
「ごめんね、少し用事があって……そうだ、これをあげるわ」
リゼが差し出したのは、ビーズの入った袋だった。姉妹が歓声を上げる。
そういえば、立ち寄った街で買っているのを見た。そうか、この子たちへのお土産だったのか。
姉妹の嬉しそうな様子から、リゼが子どもたちに心から慕われてるのが伝わってくる。
と、前方から馬に乗った長身の青年が駆けてきた。
「リゼ!」
「ルートお兄さま!」
リゼの兄らしい。ルートと呼ばれた青年は、ひらりと馬から降りた。
「よく戻ってくれた。こちらの方は?」
「異世界よりいらした勇者さまです」
「初めまして、ロクです。勇者と言うか、まだ正式な資格はないんですが……」
「こ、これは」
ルートは折り目正しく頭を下げた。
「よくぞお越しくださいました。ベイフォルン家の長兄、ルートと申します」
「おにーさん、勇者さまなの?」
「すごぉい!」
ちびっこ姉妹がきらきらした目で俺を見上げる。
リゼがルートに小声で尋ねた。
「お父さまのご様子は?」
「あまり良くない。すぐに来てくれ」
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