第18話 魔力錬成の真価2
屋敷に招き入れられ、二階に上がる。一番奥の部屋。壮年の男性が、ベッドに横たわっていた。
「お父さま!」
リゼが駆け寄るが、応えるのはぜいぜいと苦しげな呼吸ばかりだ。
ルートが眉をひそめる。
「先週倒れてから、ずっとこの調子だ」
「苦しそうだね」
心配そうに呟くティティの横で、サーニャがぽつりと言った。
「瘴気に当てられてる」
俺はリゼの父親――アイゼン子爵の魔力回路に目をこらした。魔力が濁っている。
リゼはアイゼン子爵の手を握って、必死に呼びかけている。
「少し、いいですか」
ベッドに近づいて、子爵の胸に手を当てる。回路の様子を見ながら、慎重に魔力を流し込んだ。
やがて、呼吸が落ち着いてきた。まぶたがゆっくりとほどける。
「……リゼ」
「お父さま!」
縋り付くリゼに、しかし父親はしゃがれた声で呻いた。
「なぜ帰って来た」
「お父さまが倒れられたと聞いて、一目お会いしたくて……」
「後宮へ戻れ。お前はもう、ベイフォルン家の娘ではない」
リゼがうなだれる。
ルートが「父上!」と声を荒らげたが、アイゼン子爵は再び目を閉じてしまった。どうやら眠ったようだ。
ルートに促されて、客間へ移動する。
「我がベイフォルン領は、もともとあまり豊かとは言えない土地で、養蚕を生業にしていたのですが、北方魔族の影響が強く、十五年ほど前から瘴気が蔓延するようになり……冒険者に依頼したのですが、ダンジョンの位置が特定できず、そうこうする内に瘴気のせいで蚕は病み、ついには満足な報酬も出せなくなりました。瘴気の元を絶たないことには、父の回復は見込めないでしょう」
リゼがうつむく。いつも俺を勇気づけてくれた笑顔は翳り、今にも泣き出しそうな表情に胸が苦しくなる。再会はほんの数分だったが、リゼがどんなに父親を愛しているか、痛いほど伝わってきた。俺に何か出来ることがあれば――
肩に乗ったアルルが、心配そうにリゼの頬を舐めた、その時。
「リゼ!」
青年が二人、客間に駆け込んできた。顔立ちがルートに似ている。
「カイト兄さま、リント兄さま!」
立ち上がったリゼの手を、二人が握る。
「久しいな。元気だったか?」
「はい、カイト兄さま!」
「父さんもひどいよなー、オレが代わりに後宮に行くっていったのに。今からでも代わろうか?」
「リント。お前はまたそんな戯れ言を。ルート兄さん、何か言ってやってください」
「いいんじゃないか? リントは可愛いし。
何かとんでもないことを言われている気がする。
カイトと呼ばれた青年が俺を見た。
「この御方は?」
「勇者さまだそうだ」
「「勇者さま!?」」
二人は一斉に膝をついた。
「これはとんだご無礼を。申し遅れました、ベイフォルン家次男、カイトと申します」
「リゼがお世話になっております! 同じくベイフォルン家が三男、リントと申します!」
「ロクです、初めまして。ええと、勇者と言うか、何と言うか……」
慎重に言葉を探す俺を見つめて、カイトが微笑んだ。
「しかし、優しそうな方で良かった。リゼ――リーズロッテは少々おてんばですが、気立ての良い娘です。どうぞお引き立てくださいますよう」
「に、兄さまってば」
リゼが真っ赤になってカイトの服を引っ張っている。仲が良い兄妹だ。リゼが複雑な事情を抱えながらも、優しく、伸びやかに育った理由がよく分かる。
ほほえましく見守っていると、リゼが意を決したように口を開いた。
「ロクさま。こんな我が儘を申し上げて、申し訳ございません。けれど、二日ほどお時間をいただけませんか。瘴気の影響である以上、看病しても詮ないこととは分かっているのですが……出来ることは、全てしたいのです」
「もちろん」
二日といわず、リゼの気の済むまでいればいい。ティティもサーニャも、うんうんと頷いている。
「ありがとうございます!」
その日から、リゼは甲斐甲斐しく父親の看病をした。俺も何度か魔力を移したが、一時的に活性化させるだけで、回復にはいたらない。やはり瘴気の元を絶つしかないようだ。だが、肝心の
(他に、出来ることがあればな)
今は有事に備えて力を付けるしかない。
俺は庭の一角を借りて、剣の稽古に勤しんだ。剣の扱いに慣れてきた気はするが、完全に独学なので、ちゃんと通用するのか分からない。
「うーん、もうちょっとこう……」
本を参考に試行錯誤しながら素振りを繰り返していると、ルートがやってきた。カイトとリントも一緒だ。
「剣の稽古ですか」
「はい。何かあった時に、少しでも力になりたくて……そうだ。ちょっと試してみたいことがあるんですが、協力してもらえませんか」
「はい、喜んで」
ルートの手を取り、魔力を流し込む。
「む。何やら温かいですな。これは一体?」
「俺の魔力を移してます」
「そんなことができるのですか」
同じく、カイトとリントにも魔力を注ぎ込む。
「そのまま、普段の稽古をしてもらっていいですか?」
「? 承知いたしました」
俺の魔力を保持したまま、剣の型をいくつか実演してもらう。さらに三人での打ち合いも実践してもらった。
二十分ほどの稽古を終えて、再び手を取った。さきほど流し込んだ魔力を回収する。
試しに剣を振ってみる。
「おお」
身体が軽い。まるで馴染んだように、剣の型を再現できる。
それぞれの動きを完璧に再現する俺を見て、三人が目を丸くした。
「えっ、すげー! すごくないですか!? 完全再現じゃん! どうやってんの!?」
「これは……まるでトレースされているかのようです」
魔力で『
今回参考にしたのは、本で読んだ『
魔力の記憶は時間が経つと消えてしまうようで、復習が必須だが、それでも独学で稽古するよりもずっと早い。しかも三人分の経験値を一気にインプットできる。太刀筋の好みや癖が三者三様で面白いし、勉強になる。
三人それぞれに魔力を流し込み、剣を合わせてもらい、回収する。魔力の記憶を頼りに鍛錬を重ねる。その流れをひたすら繰り返した。
そして、数時間後。俺の太刀筋を見て、ルートがあっけにとられたように呟く。
「さすがは勇者さまというべきか……普通、ここまで上達するのに一年はかかるのですが」
「みなさんのおかげです」
礼を言って別れた後も、俺は何度となく素振りを繰り返した。魔力の記憶を定着させ、トレースした型を自分のものにしていく。
「……魔力を制するものが、全てを制する、か」
謎の少女に告げられたその言葉の意味が、ようやく分かり始めていた。
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