第13話 後宮散歩と目通りの儀
廊下に戻って、散歩を続ける。
厨房の方から、なにやら賑やかな気配がした。
覗き込むと、商人らしき女性たちが敷布の上に食材を並べていた。
スパイスの香りが寝起きの脳を刺激する。
「おはよう」
「ろ、ロクさま!」
「仕入れか?」
「はい。毎月決められた日に、許可を得た商人がくるのです」
商人も女性ばかりだ。さすが後宮、徹底されている。
商人の前には、かごに盛られた野菜が並んでいる。
キャベツに豆、人参、玉ねぎ……中には見慣れない野菜もあるが、基本的には前世とあまり変わらないらしい。
「産地ごとに見本を並べてあるんです。できるだけ新鮮で栄養価の高いものがいいのですが……うーん」
俺はふと、野菜にもうっすらと魔力回路が通っていることに気付いた。
そうか、植物にも魔力があるんだな。
特に魔力が強いものを指さす。
「これと、これが良さそうな気がする」
「! ロクさま、わかるのですか?」
商人が「ほう」と目を丸くした。
「これはたいした目利きでいらっしゃる。ちょっと形は悪いですが、この畑は土壌がよく、野菜の味が濃いと評判なんですよ」
「す、すごいです、ロクさま!」
どうやら商談はまとまったらしい。俺は厨房番の少女たちと手を振って分かれた。
廊下を歩きながら考える。
食べ物は身体を作る。ということはもしかして、魔力を豊富に含んだ食べ物を摂れば、魔力の巡りが良くなるのではないか?
そんなことを考えながら部屋の前に着くと、声が掛かった。
「ロクさま、おはようございます」
「おはよう、リゼ」
リゼはにこりと笑うと、スカートをつまんでお辞儀した。ピンクのシフォンドレスがふわふわとたなびいて、花の精みたいだ。
「まもなく午前九時から『一角獣の間』にて、お目通りの儀があります。ご案内いたしますね」
「ありがとう」
勇者には専属の侍女や秘書がつくのが習わしらしいのだが、どうにも落ち着かなそうで断った。
すると、代わりにリゼがお世話係として手を上げてくれたのだ。
それも悪い気がしたが、「私がそうしたいのです!」というので、お言葉に甘えることにした。
リゼと並んで、中庭に面した回廊を歩く。
「まあ、ロク先生よ!」
「おはようございます! 昨夜はよくお休みになられましたか?」
「先生、今日の魔術講座は何時からですかっ? わたし、新しい魔術に挑戦したくて、いっぱいお勉強しました!」
ドレス姿の少女たちが声を掛けてくれる。
みんな表情が明るい。香水なのか花なのか石けんなのか、いいにおいが鼻腔をくすぐる。誰も彼もきらびやかで、きらきらと光の粒子が舞っているみたいだ。
なんだろう、昨日までは荘厳さと静謐さの印象が強かったのだが、少し雰囲気が違う。
なんとなく、空気が華やいだというか……
「なんか、変わった?」
そう問うと、リゼは親愛と憧れの籠った瞳で俺を見詰めて、嬉しそうに笑った。
「だって、ずっとずっと待ち焦がれていた、私たちの主さまが――こんなにも素晴らしい主さまがいらっしゃったのですもの!」
溢れる喜びを堪えきれないように、俺の手を取って引っ張る。
俺は笑って、大きく足を踏み出した。
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「続いて、アンブロージャ子爵令嬢、ナターシャ姫がご入室です」
「お次は、グリース男爵令嬢、マリニア姫」
「ベル・アルト姫」
「グロリア・ルーデンス姫」
美しく着飾った姫たちが、代わる代わる現れる。さながら美女の回転寿司だ。目の保養が過ぎてしぱしぱする。
なにしろ大陸中から集められた姫だけで五〇人近くいるらしい。侍女や宮女を含めると四〇〇人にのぼるとか。
「パビリオ男爵令嬢、コーデリア姫」
「シルヴィア・ココット姫」
「マイノール伯爵令嬢、プリシラ姫……」
入れ替わり現れる少女たちの名前を、リゼが読み上げる。
後宮の少女たちは、身分に関わらず『姫』と呼ぶのが慣習らしい。神話の神姫になぞらえているのだろう。
それぞれの自己紹介を受け、軽い雑談を交わす。
明らかに緊張している子もいれば、場慣れしている子、なぜか最初から好感度MAXな子もいたりして面白い。
目通りの儀が一段落したのは、三時間後のことだった。
「ううーん……」
それぞれの顔を思い出しながら、必死で取ったメモを読み返す。
マノンには、全員の顔と名前を一致させるのは追々でいいとは言われているのだが、一日も早く覚えたい。
……あれ。そういえばサーニャが来なかったな。
名簿には載っているので、後宮の姫であることに間違いはないようなのだが……不思議な空気をまとった子だった。今度、詳しく話を聞いてみたい。
自分の悪筆とにらめっこしていると、マノンがお茶を運んできてくれた。
「お疲れさまです。気になる姫はいらっしゃいましたか?」
「あ、うん。コーデリアっていう子が、ちょっと魔力が不安定かな。あとフェリスっていう子が、魔力回路が細くて心配――……」
マノンがくすくすと笑っていることに気付く。
ん? と顔を上げると、すみれ色の瞳がいたずらっぽく俺を見つめた。
「お忘れのようですが、ここは後宮。ロクさまのためのハーレムなのです。魔術講師として彼女たちの魔力を気に掛けるのももちろん素晴らしいことですが、可憐な姫たちがみなロクさまのために美を競っていること、どうぞお忘れなく」
「……恐縮です」
俺はどう反応すればいいか迷いつつ、カップを口に運び――
「もちろん、全員を平等に
「ぶっ」
香り高い紅茶がまともに気管に入って、俺はしばらく噎せ込んだのだった。
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