第38話 後宮部隊、出征
「弓姫部隊、構え!」
打ち捨てられた廃村に、凜と通る号令が響く。
「
マノンの合図と共に、魔術の矢が一斉に放たれた。
色とりどりの矢の雨が、魔物たちに降り注ぐ。
百花繚乱の乙女たちが勇ましく魔物に立ち向かう中、俺は姫たちの魔力に目を配りながら、腰に提げた
王都から北西に街道を往くこと二日。
魔物が住み着き、ダンジョンと化した廃村。
俺は後宮から選抜された少女部隊五十人を引き連れて、魔物討伐に当たっていた。
『ギキィィイイィイイ!』
それを合図に、朽ち果てた家や馬小屋、淀んだ池から、黒い靄に覆われた魔物たちが次々に這い出て来た。
居並んだ姫たちに向かって、馬車ほどもある巨大な
その口から逆巻く炎が迸った。
「
俺の指示に、リゼが「はい!」と応じて声を張る。
「『
姫たちの前に咲いた光の花が、吹き付ける炎を遮る。
魔物が怯んだ隙に、俺は間髪入れずに叫んだ。
「遊撃隊、前へ!」
短剣を手にした小柄な少女たちが飛び出す。
その先頭に立ったサーニャが叫んだ。
「深追いは禁物! B地点に追い込む!」
銀髪がなびき、小さな身体が地を駆ける。
遊撃隊が巧みに攻撃と回避を繰り返しながら、魔物たちを決められた地点へと追い込んでいく。
『ガァァァア!』
一匹のヘルハウンドが群れから外れた。
俺に狙いを定め、砂煙を上げながら向かってくる。
俺は
「ロクさま!」
刹那、眩い剣閃が走った。
一瞬にしてヘルハウンドの首が落ち、黒い霞となって消滅する。
巨体を鮮やかに切り伏せたのは、魔導剣を携えたフェリスだった。金髪を結い上げた姿が凜々しい。
「お怪我は?」
「大丈夫だ、ありがとう」
フェリスは安心したように微笑んで、剣にまとわりつく瘴気を払った。ひらりと踵を返し、戦線に復帰する。
その凜々しい後ろ姿を見送って、俺は第一
「ティティ、ダンジョンの主はどうだ」
「ンー」
盾姫に襲いかかろうとしたブラックウルフを撃ち抜いて、ティティが舌なめずりする。
「まだ出てこないよ、しぶといね!」
「分かった。このまま数を減らして引きずり出す」
魔物たちが広場へ追い込まれていく。
広場では既に盾花部隊が包囲を張り、待ち構えていた。
行き場を失った魔物たちが密集するのを見計らって、俺は声を上げた。
「マノン!」
「はい!」
待機していたマノンが、すみれ色の瞳で勇ましく魔物たちを睨み付ける。
その背後には、弓姫たちが列を成していた。
「第二弓姫部隊、一斉掃射、撃―ッ!」
マノンの号令と共に、一斉に光の矢が放たれる。
『ギィィイァアアアアアァ!』
魔物たちが、凄まじい集中砲火の前に抵抗する暇もなく息絶えていく。
「第二射、撃―ッ!」
やがて、広場の魔物が一掃された頃。
「ロクちゃん! 南西の井戸!」
ティティの声に、目を走らせる。
水も涸れ、半ば朽ちかけた井戸。
その中から、黒い影が姿を現した。
それは巨大な蛇だった。丸太ほどもある胴体。毒を滴らせる牙。細長い瞳孔が刻まれた、赤い瞳。
――ナーガだ。
「出たぞ、ダンジョンの主だ!」
太い牙の生えた口から、シュー、と鋭い呼気が漏れる。
細長い瞳孔が、弓姫部隊を捕らえ――胴体をたわませるなり、飛びかかった。
「マノン!」
「お任せください!」
美しくしなやかな体躯の内で、深緑の魔力が練り上げられ――
「『
渦巻く風の刃が、ナーガを直撃した。
『ギェェエエエエエ!』
「やった!」
胴体が千切れかけたまま、巨大な蛇が苦し紛れにのたうつ。
赤い瞳が、手近にいた弓姫を捕らえた。
『キシャアァァア!』
黒い鎌首が弓姫へと伸びる。鈍く光る牙が、その頭上に迫り――
立ち竦む弓姫を庇うようにして、マノンが躍り出た。
唇を優雅につり上げ、指鉄砲を向ける。
「あらあら。おいたはいけませんよ?」
放たれた魔術の矢が、正確に蛇の眉間を撃ち抜いた。
『ギギイイイイイ!』
断末魔の悲鳴と共に、ナーガが黒い霞と化して消滅する。
「やったぁ!」
辺りを覆っていた瘴気が晴れ、姫たちから歓声が上がる。
「マノン、後は頼む」
「かしこまりました」
マノンは優雅にスカートを摘まむと、俺に代わって指揮を執った。
「これより掃討作戦に移行します! 盾花部隊で包囲したのち、弓姫部隊が駆逐! 剣姫部隊と遊撃隊は建物の内部を捜索、一匹たりとも逃がしてはなりません! 掛かれ!」
ダンジョンの主を失った魔物は著しく弱体化し、放っておいてもいずれは消滅するが、時として野良と化して徒党を組み、人を襲う可能性もある。
一匹残らず仕留めるまでが、俺たちの仕事だった。
「遊撃隊、前へ! 弓姫部隊は魔力残量に注意して! 少しでも魔力切れの兆候が現れたら、控えと交代を!」
「マノンさま、西の崖にフレイムリザードの群れ! 増援をお願いします!」
「了解、第一弓姫部隊、D地点へ! 遊撃隊は援護に回って!」
「北の森、シャドークロウの群れの包囲に成功しました!」
「了解! 剣姫部隊、突撃! 蹴散らしなさい!」
マノンは絶え間なく入ってくる情報を捌きながら、迅速な指示を飛ばす。
的確な指揮によって、後宮部隊は残党を着実に撃破し、やがて最後の一匹が消滅した。
青空に、わあっと歓声が上がる。
「みんな、怪我はないか」
「はい!」
「各隊、休憩と人員・装備の確認を。無事が確認でき次第、後宮に帰還しよう」
緊迫していた空気が一気に華やぐ。
姫たちが水を飲んだりおしゃべりに花を咲かせる中、俺はそれぞれの魔力回路を確認し、声を掛けて回った。
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