第14話 祝福の剣
少し遅めの昼食を挟んで、午後からは後宮内にある書庫に籠もった。
かなり広いし、蔵書の数も半端ではない。姫たちの教養のため、さまざまな本を揃えているらしい。
目についたものを抜き出して、机の上に積み上げる。あっという間に本の山ができあがった。
なにしろ、この世界に来たばかりだ。覚えなくてはならないことがたくさんある。魔術や魔物の知識はもちろん、知らない土地で暮らす以上、歴史や文化の勉強は必須だし……
それと並行して、固有スキル『魔力錬成』についても調べようとしたが、めぼしい文献は見当たらなかった。
「ほんと、なんなんだろうな、このスキル」
手のひらを見下ろして、力を込める。白銀の模様が浮き出た。
一応、魔力はあるようだ。が、
「『浮魔球』」
ためしに呪文を唱えてみても、うんともすんともいわない。
いくら魔力があっても、魔術が使えないのではしょうがない。
「別に魔力がないわけじゃなさそうなのになぁ」
やっぱり、今から魔術を身につけるのは難しいのだろうか。他に魔力の使い道は――
ふと、花瓶に活けられた花が目に入った。少ししおれかけている。魔力は残っているには残っているが、か細くて今にも消えてしまいそうだ。
「…………」
しなびた葉にそっと触れた。
指先に意識を集中する。白銀の魔力が身体を巡り、葉に流れ込んでいく。やがて花が淡く輝きはじめたかと思うと、みるみる蘇った。
「おお」
思わず声を上げる。
これも魔力錬成スキルの力だろうか。今のところ分かっているのは、魔力を視ることができ、さらに自分の魔力を他者に譲渡することもできる、と。
……が、攻撃手段がないという現状は変わらない。
勇者の資格を得るには、神器に認められなければならない。王女曰く、そのためにはレベルアップが必要らしい。
となると、せめて何かしらの武器を手に入れないことには、戦う術がない。
「どこかで武器を調達するか……でも、剣なんて持ったこともないしなぁ」
腕を組みつつ、壁に寄りかかる――はずが、壁の感触がすかっと消えた。
「うわ!?」
盛大にすっ転ぶ。
壁が抜けた!?
俺は仰天しながらあたりを見回し――
「あれ?」
そこは、冷たい石造りの部屋だった。広くてがらんとしている。天井がやけに高い。所々に、崩れた銅像のようなものが積み上がっていた。
「ここは……」
「なるほど。精霊たちが妙に騒いでいると思えば、これはまた、おもしろい客が来たものじゃのう」
声がした方を振り仰ぐ。
積み上がった銅像のてっぺんに、小柄な少女が座っていた。
「きみは」
少女は黙って笑っている。可憐な唇から、小さな牙がのぞいていた。
初めて会ったはずなのに、不思議な懐かしさが胸の奥でざわめく。
「どこかで会ったことないか?」
「さあて、どうだったかのう」
少女はそういって、銅像の山から飛び降りた。
「ここは王宮の地下じゃ」
「たしか、後宮の書庫にいたはずなんだけど」
「ここは神話が色濃く残る場所。そういうこともあろうよ」
少女はスタスタとやってくると、細い指で俺の胸をトンと突いた。
「あの花火、なかなかおもしろかったぞ」
「あ、ああ。リゼたちが、力を合わせてがんばってくれて」
「うむうむ。魔術とはそれでこそよ。昔は魔術士同士、手を取り合ってド派手な魔術をぶち上げたものじゃわい。それが昨今の魔術士ときたら、魔力の使い方がてんでなっておらん。まったく、プライドばかり肥え太らせおって。――その点、おまえさんは見所がある」
少女はにやりと俺に笑いかけると、棒のようなものを投げて寄越した。
「おまえさんに、こいつをくれてやる」
「うおっ!」
慌てて受け取ると、それは剣だった。ずしりと重い。
抜いてみる。刀身はさびに覆われていた。刃も欠けている。
「これは……」
かなり古そうだ。こんなさびだらけで斬れるのだろうか?
そう思っていると、俺の心を読んだように、少女がふんぞり返った。
「そやつをそんじょそこらのなまくらと一緒にするでない。剣とは刀身で斬るのではない、己が魔力で斬るものじゃ」
「魔力で?」
古ぼけた剣を観察する。ひどく重いが、不思議と手にしっくりくる。よく見ると、柄に白い石がはめ込まれていた。くすんでいる。袖で拭いてみるが、輝きは戻らない。
と、
「ちょうどいい、ほれ」
少女が天井を指さした。
ぎょっと目を剥く。
そこには、子牛ほどもある巨大なコウモリがぶら下がっていた。目は赤く光り、全身に黒い霞をまとわせている。
コウモリが口を開く。金属を引っ掻くような叫びと共に、黒い雷撃が放たれた。
『ギイイイイイッ!』
「うわっ!」
間一髪で飛びすさる。それまで立っていた地面を、黒い火花がえぐった。
「今のは……」
『ギギィィイィイイ!』
息を整える暇もなく、コウモリが翼を広げて襲いかかってきた。
慌てて剣を構え、刀身を横薙ぎにぶち当てる。コウモリが吹っ飛び、地面に叩き付けられた。が――
『ギギギギギ……』
「!」
効いていない。コウモリは黒い翼を震わせながらこちらをにらんでいる。
少女が首を振った。
「やれやれ。言ったじゃろう、魔力で斬ると」
「魔力……」
柄を握る手に力を込める。白銀に脈打つ光が、剣に流れ込んだ。刀身がまばゆく光り始める。
『ギギィ!』
コウモリが一直線に突っ込んでくる。間合いに入る瞬間に照準を合わせ、剣を振り抜いた。
刀身が眩い光帯となって空を斬り、音もなくコウモリを両断する。
『ギ……』
「き、斬れた」
野球のバットを振る要領で振り回しただけだが、なんとかなった。それにしても、手応えさえなかった。すごい切れ味だ。
コウモリが黒い塊となって、床に落ちる。二つに両断された骸は、黒い霧となって溶けた。
「消えた……」
コウモリが消えた跡には、白い光がわだかまっていた。ふわりと浮き上がったかと思うと、剣の宝玉に吸い込まれていく。
「……少し、軽くなった……?」
柄にはめ込まれた宝玉が、わずかに輝きを取り戻したようにも見える。
「ほう! さすがじゃ!」
少女がぱちぱちと拍手している。なんだかすごく嬉しそうだ。
「この剣は」
「そうじゃな。『
少女はひらりと跳躍して銅像のてっぺんに立った。
「覚えておくことじゃ。魔力を制するものが、
いたずらめいた笑顔が、白い霧に覆われ――
「あれ?」
気が付くと書庫にいた。
腰に、古ぼけた剣――アンベルジュが提がっている。
神器の代わりに、何やら不思議な剣が手に入った。
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