第93話 スイートバスタイム
「さあ、次はうつぶせに」
泡を流されて、ようやく詰めていた息を吐く。
熱気のせいか頭がふわふわして、マノンに導かれるままに腹ばいになった。
温かい液体が、とろりと背中に垂らされる。
「マッサージオイルです。フェリスさまが調香してくださったのですよ」
艶やかな花の香りに、頭の芯がぼうっと痺れる。全身の疲れが溶け出していくようだ。
俺の背中に手を這わせながら、マノンが甘いため息を吐いた。
「まあ、本当にいい身体。少し緊張なさってますね。力を抜いて、リラックスなさって?」
蕩けて熱を帯びた声音に、ふと疑問が差す。
「ええと、マノン? 今から始まるのって、その……マッサージ……だよな……?」
応えはない。
代わりに、腰にたおやかな手が添えられ、耳に恍惚と潤んだ囁きが寄り添った。
「さあ。大陸中に勇名を馳せる
「え、マノン、な、ちょっ、待っ――うぐぅっ!?」
「まあ、いい声。こちらはいかがでしょう? えいっ」
「ッ、う……!
「大変、
「ッ、あんまり、そこっ、押さなっ、……! ッ、く……!?」
「ふふ、ここが善いのですね。力加減は? もう少し強い方がお好みでしょうか? ほら、こうして……」
「ちょ、マノンっ、待゛っ……出、る……っ!」
「あらあら、何が出るのですか?」
「
「うふふ、デトックスです。この奥に溜まりに溜まった
「ちょ、っと、待って、くれ、ほんとに、(内臓が、口から)出っ……!」
「遠慮なさらず、どうぞ私の手で、身体が蕩けてなくなってしまうくらい、たくさん気持ちよくなってくださいませ?」
「い゛っ……!」
もがこうとする両手を姫たちに優しく繋がれ、跳ねる脚をやんわりと押さえ込まれる――というか、恐らく抱きつかれている。マノンの
「ああっ、こんなに乱れているロク先生、初めて見ますわっ。わたくし、なんだか身体が熱くなってまいりましたっ」
「ろ、ロクさまの手、見た目よりも大きくてごつごつしていて、素敵です……」
「今は少し刺激が強いかもしれませんが、すぐに善くなりますからね。マノンさまに身を任せて」
「リラックスできるように、なでなでしててさしあげましょうね~」
耳元で代わる代わる甘い声が囁いて、わけも分からないまま、全身がめきめきと軋みを上げる。
そして、数十分後。
「腰が……なくなった……?」
呆然とする俺に、「ございますよ、ちゃんと」と笑みを含んだ声が応える。
身体がひどく軽い。首も肩も足も、明らかに可動域が上がっている。腰の重みが取れて、心なしか息もしやすい。
「おお……」
感動で手が震える。
マッサージ前までの状態がデフォルトになってて気付かなかったけど、俺、疲れてたのか……
「すごいな、マノン。ありがとう」
あらぬ方向に礼を言うと、細い指が顎を振り向かせた。
「ふふ。ロクさまのためにお勉強した甲斐がありました」
そっと、アイマスクを外される。
「う……」
差し込む眩しさに、俺は目を眇め――呼吸が止まる。
そこには、視界を奪われる前よりもなお麗しい光景が広がっていた。
淡く頬を染めた少女たちが、親愛の籠もった瞳で俺を見つめる。濡れた肌に薄い布地がぴったりと張り付いて、その瑞々しい曲線を露わにしていた。触れれば折れてしまいそうに細い肩や、布に包まれたふんわりと魅惑的な膨らみ。美しい腰のくびれから続く、柔らかそうな太ももへのライン。きらきら光る水滴を纏った肉体は、今にも零れそうに眩くて――
「ちょ、っと、待ってくれ、みんな何か着た方がいい……!」
「あら、着ておりますよ、ちゃんと」
「そうなんだけどっ……!」
ちょっと目の保養が過ぎるというか、いっそ裸よりも艶めかしいというか……!
咄嗟に顔を背けた俺の手を、マノンはそっと胸に引き寄せた。
「ロクさま、どうぞこちらをご覧になって。遠慮なさることなどないのです。ここは後宮。勇者さまの疲れを癒し、愛を育む場所。ロクさまは、私たちに触れることができる、ただ一人の主さまなのですから。それとも――」
細い指が胸を伝う。
恍惚と潤んだ声が、耳に囁いた。
「私たちが、どれほどロクさまを愛しているか。今ここで、たっぷりと、
よろしくない、これは非常によろしくない……!
いや分かっている、今まで敢えて直視しないようにしてきたが、ここが後宮だということは十分理解している。
が、俺は教官で、この子たちは大切な教え子で、この身に代えて護るべき少女たちで、ご家族からお預かりしている大事なお嬢さんでっ……俺はまだ
というか、その前に……――
「さあ、ロクさま?」
「いや、でも……」
頑なに目を逸らしながら、俺は呻いた。
「マノン、顔真っ赤だし……」
「……えっ!? えっ、えっ!?」
慌てふためくマノンに、姫たちがほっこりした表情でうんうんと頷く。
マノンは「ええええ~っ!?」と林檎のように染まった頬を両手で押さえた。
「あっ、ち、ちちち違うのです、これは、そのっ……! こ、後宮の代表として、ロクさまが心置きなく、私たちに身を預けられるようにと思ってっ……で、でも、でも、やっぱりちょっとだけ、恥ずかしくて、ロクさまのお身体に触れていたら、どきどきしてしまってっ……は、はしたない女だと思われたら、どうしようって……~~っ」
珍しく声を上擦らせ、慌てふためいている姿が可愛くて、ふ、と頬が緩む。
「そんなこと思わないよ。俺のためにがんばってくれたんだよな。ちゃんと伝わってる。いつもありがとう」
上気した頬についた泡をそっと拭うと、マノンは「ろ、ロクさま……」と潤んだ双眸で俺を見上げた。
同じく、ぽうっと熱っぽいまなざしを俺に注いでいる姫たちを見渡す。
「そうだな、いつも俺ばっかりじゃ悪いから……みんなで一緒に、気持ちよくなろうか」
「「「「!?」」」」
姫たちの目が驚きに見開かれる。
「み、みんなで、一緒に……」
「気持ちよくっ……!」
「そ、それって……!?」
誰かの喉が、こくりと鳴り――
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