エピローグ


 ちゅっと。


 額に柔らかな感触が触れた。

 流れ込む優しい魔力に、まぶたを開く。


「おはようございます、ロクさま」


 レース越しに降り注ぐ朝陽の中で、暁色の瞳の少女が笑った。


「おはよう、リゼ」


 リゼの手を借りて、ゆっくりと身を起こす。


「お食事をお持ちしました」


 リゼは湯気の立つ器を引き寄せると、野菜と穀物のスープを、一口ずつ運んでくれた。


「ありがとう、おいしかったよ」


 リゼは嬉しそうに目を細めると、俺の頬にそっと口付けた。

 穏やかなまなざしを交わして、笑い合う。

 少し頬が熱い。まだ慣れないというか、照れるというか……


 リゼは頬を掻く俺を見て愛おしげに喉を鳴らすと、花びらのようなドレスをふわりと翻して立ち上がった。

 可憐な笑顔が眩く輝く。


「準備ができたら、中庭にお越しください。今日は、待ちに待ったお祝いの宴ですから!」





 

 :+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-・:+:-

 



 


 俺は身支度を調えると部屋を出た。


「ロクさま、おはようございます! 体調はいかがですか?」

「魔力の補給は十分ですか? 足りなくなったらいつでもおっしゃってくださいねっ!」


 通りかかった姫たちが、挨拶がてら俺の首を抱き寄せては、頬に、額に、髪に、口付けてくれる。


 魔王を倒してから半月。

 全てを賭した死闘で、俺は利き手と左眼の機能を失い、魔力の大半を喪失していた。


 ビビ曰く、魔力の枯渇は一時的なものだという。


「とはいえ、いつ回復するかは分からん。三日後かもしれんし、一年後かもしれん。それまでゆっくり養生することじゃな。その傷も、魔力生命力が戻ればじきに治るじゃろう」


 終局戦を経てパスが深く繋がった俺と姫たちは、魔力錬成がなくとも、接触を通して魔力を交わせるようになっていた。

 魔力が底を突きかけている俺を気遣って、リゼをはじめ後宮の少女たちは、こうしてことあるごとに俺に魔力を注いでくれる。

 おかげで千切れかけた右腕も、焼け焦げた左眼も、少しずつ良くなっている。

 ――一応、手で触れるだけでも大丈夫だと伝えたのだが、誰もが「キスのほうが効率がいいと聞いたので!」と譲らなかった。


「あの時感じたロクさまの魔力、温かくて優しくて、心から安心いたしました。今度は私たちの番です」

「ロクさまは、私たちだけではなく、私たちの大切な人やこの世界を、命を賭して護ってくださいました。少しでもお礼がしたいのです」


 明るい笑顔に、胸が温かくなる。

 とはいえ、ちょっと甘やかされ過ぎている気もする。

 以前そう零すと、リゼは幸せそうに笑った。


「これでも足りないくらいです。ロクさまは、世界を救った勇者さまなのですから」


 これが世界を救ったご褒美だとしたら、もう十分すぎるくらいもらっている。

 少女たちの優しさに目を細めながら回廊を歩いていると、元気な声が上がった。


「ロクちゃん、おはよー!」


 ティティとフェリス、サーニャが駆け寄ってくる。


「会場までご一緒するわ」


 視界が閉ざされた左側にフェリスが寄り添い、ティティとサーニャが自由の効かない右腕を支えてくれた。

 触れる手から、温かな魔力が流れ込む。


「俺なら大丈夫だよ、無理しないでくれ」

「無理なんかしてないわ。これまでロクさまがくださった幸せを、少しでもお返ししていきたいの」

「みんな、ロクちゃんにお返しできるのが嬉しいんだよ」

「家族は支えあうもの。今はわたしたちに甘えればいい」


 そう微笑むフェリスたちの身体には、きらきらと眩い魔力が巡っている。

 ありがとう、と噛みしめるように言葉を紡ぐと、三人は嬉しそうに笑った。


 中庭には、既にたくさんの人がいた。


 澄んだ青空の下、マノンがてきぱきと指示を出し、宮女たちが楽しそうに働いている。花を付け始めた垣根は綺麗に飾り付けられて、華やかなテーブルクロスの上には豪華な料理やシャンパングラスが並んでいる。

 後宮の姫たちに混じって、祝福の剣アンベルジュ暁の盾アマンセル――神器初代神姫たちや、ビビの姿もあった。


「あんた、なんで分体なのよ? 石化は解けたのに」

「本体は天界で会議中じゃ。退屈な会議より、絶品壺焼きパイのほうが大事じゃもん」


 個性的な仲間が加わって、後宮はいっそう華やかに賑わっている。

 アンベルジュが「あら、あたしたちの勇者さまの登場よ」と笑い、姫たちがぱっと振り返った。


「あっ、ロクさまー!」

「お待ちしておりました、こちらへどうぞ!」


 少女たちが歓声を上げて、俺を囲む。


「今日の調子はいかがですか? お身体は辛くないですか?」

「ああ。だいぶ回復したよ、ありがとう」


 喜びと気遣いを浮かべる少女たちに笑いかけていると、シャロットが泣きそうな顔で駆け寄ってきた。


「ロクにいさま! 助けてください、リゼねえさまが!」


 シャロットの指の先を視線で追う。

 大きな木の上、リボンを手にしたリゼが、恥ずかしそうに縮こまっていた。


「あの、シャロットのリボンが、風で飛ばされてしまって……」


 どこかで見た光景だ。

 出会った時から変わらないな、と目を細める。困っている人を見ると、後先考えずに動いてしまう、愛情深く優しい少女。


「今行くから、動かないで」

「あっ、だ、大丈夫です! いま脚立を持ってきてもらっていますので――」


 言葉半ばに、風が強く吹いた。


「きゃ……!」


 リゼの身体がぐらりと傾ぎ、姫たちが悲鳴を上げる。


「!」


 考えるよりも早く、咄嗟に身体が動いた。

 グラスの並ぶテーブルの間を駆け抜け、垣根をふわりと跳び越える。地を蹴る脚に力が溢れ――間一髪、落ちてきたリゼを両手で・・・受け止めた。


「っと……怪我はないか?」


 覗き込むと、リゼはぽーっと俺を見上げながら、「は、はい」と頷いた。

 まるで出会った時と同じシチュエーションだなと思い出す。

 リゼも同時に気付いたのか、顔を見合わせて笑った。


 腕から降りたリゼに、シャロットが「ねえさま、ご無事でよかったです!」と抱き付く。


「ロクさま、今のは――」


 マノンが慌てて駆けつけた。

 他の姫たちも目を丸くしている。


 俺は両手を見下ろした。

 朧に霞んでいた視界は晴れ渡り、動きづらかった右腕にさえ力が漲っている。

 心臓が脈打つ毎に、懐かしい白銀の魔力が指先まで巡った。


「今ので、魔力が戻ったみたいだ」


 顔を上げて笑うと、少女たちが天に届くような歓声を上げて俺に抱き付いた。

 可憐な顔は弾けるような喜びに輝き、抱き合って泣いている子たちもいる。


「ごめん、不安にさせたな。みんなのおかげだよ、ありがとう」


 縋り付く姫たちの頭を撫でる。


「ロクさま」


 リゼが俺を見上げていた。

 暁色の双眸は、いっぱいに涙を湛えながら、どんな宝石よりも眩く輝いていて。

 感覚の戻った腕で、その柔らかな身体をしっかりと抱き締める。

 リゼが泣きながら、笑いながら、包み込むような抱擁で俺に応えた。

 おかえりなさいと、喜びにわななく声が囁く。


「ただいま」


 世界を賭けた決戦から半月。

 ようやく、後宮ここに帰ってきた気がした。


 姫たちが涙を拭いながら、花のように笑う。


「本当に良かった……ロクさまと共に戦えたこと、私の誇りですっ」

「世界を、私たちの大切な人たちと居場所を守ってくださって、ありがとうございました」

「お仕えできて幸せです。私たちの大好きな、強く、優しい勇者さま」

「お礼を言うのは俺の方だ。本当にありがとう」


 両手に宿る白銀の魔力に目を落とす。


「みんなにも、お礼を言いに行かなきゃな」


 たくさんの人が、俺に力を貸してくれた。

 俺一人じゃない、あれは、この世界に生きる全ての命で掴んだ勝利だった。


「また、旅に出られるのですね」


 目を細めるマノンに続いて、フェリスたちが微笑む。


「我ら神姫、ロクさまの行くところ、どこまでもお供いたします」


 蒼穹に、白い鳥が舞う。

 愛と優しさに包まれた住処すみかで羽根を休めて、また新たな旅へ。


 みんなで護り抜いた世界を、掴み取った未来を、大切な人たちの笑顔を、見に行こう。


「さあ、私たちの主さまのご回復と、世界の平和を――そして、新たな旅路伝説の始まりを祝いましょう!」


 紙吹雪が舞い、陽気な音楽が流れる。色とりどりのドレスを纏った少女たちが踊り、はしゃぎ、楽しげな笑い声を上げる。


「ロクさま、こちらへ! 一緒に踊りましょう!」


 姫たちが、信頼と敬愛をいっぱいに湛えて手を差し伸べた。

 サーニャとシャロットが、嬉しそうに俺の手を引く。


 不意に、泣きたくなるような愛おしさが溢れた。


 守りたい大切な人たちがいること。

 温かく迎えてくれる場所があること。


 その幸せを、熱く熱を帯びる胸に深く刻み込む。


「みんな、いっくよー! ーっ!」


 ティティの、喜びに弾けるような声に合わせて。


 高く澄んだ空に、魔術の花火が上がる。

 みんなの魔力を束ねた、俺にとっての、はじまりの光。


 眩い光の欠片を宿して、リゼの双眸がきらきらと輝いた。


「これからも愛しています! 私たちのロクさま!」


 空を虹色に染める光の下。


 後宮に、花のような笑顔が咲く。


 俺は笑って、俺を待つ少女たちの元へと、大きく踏み出した。








 ──Fin.











───────────────────






あとがき





 追放魔術教官の後宮ハーレム生活をお読みいただきましてありがとうございました。


 111話に渡り続いてきたロクと神姫たちの物語ですが、これにて一区切りとなります。

 この物語を文章として綴るのは最後になりますが、彼らの旅はこれからも続いていきますので、時々心の中で思い出していただけましたらとても嬉しいです。


 こうして最後まで書き切ることができたのは、温かく応援してくださった皆様のおかげです。

 遥かな旅路にお付き合いいただきましたこと、本当にありがとうございます。


 書籍版【追放魔術教官の後宮ハーレム生活】の3巻が、2/19(土)に発売となります。

 さとうぽて様(https://mobile.twitter.com/mrcosmoov)の素晴らしいイラストが盛り沢山ですので、本屋さんで見かけた際にはぜひお手に取っていただけますと嬉しいです。


■書籍版『追放魔術教官の後宮ハーレム生活』

ファンタジア文庫特設サイト【https://fantasiabunko.jp/special/202104harem/】


 この作品が、みなさまの居場所のひとつになれたら、これ以上嬉しいことはございません。

 最後までお読みいただきまして、本当にありがとうございました。





(少しでも「おもしろかった」「楽しかった」等ございましたら、評価やレビュー等していただけますととても嬉しいです。


 また、新作の連載を開始いたしましたので、引き続きお付き合いいただけますと幸いです。


『転生ガチャで外れアイテム【たわし】を引いた俺は、最弱パラメーターから最速最短で成り上がって無双する』

https://kakuyomu.jp/works/16816927860887248851

(タイトルは変更になる場合がございます)


 転移ガチャで外れアイテム【たわし】を引いた優しくて不運な男が、最弱パラメーターからがんがん成り上がって無双し、幸せになって報われるお話となっております。


 願わくばまた次の作品でお会いできましたら、これに勝る喜びはございません。


 改めまして、たくさんの温かい応援をいただきまして、本当にありがとうございました。)

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【書籍化】追放魔術教官の後宮ハーレム生活(旧【無能と言われて追放された俺、外れスキル『魔力錬成』で美少女たちを救っていたら世界最強に育った件。可愛い神姫たちに愛されながら真の最強勇者に登り詰めます】) ささむけポチ @sasamuke

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