第6話 黒い火花
マノンは言いづらそうに目を伏せた。
「実は、此度の後宮は、先代勇者さまのために招集されたものなのです。けれど先代勇者さまは、一度も後宮に通われることなく、当時の聖女さまを連れて姿を眩ませてしまい……」
そういえば、王女もそんなことを言っていた。
「この後宮は、勇者さまを迎えるというお役目を果たせないまま、解体されるところでした。けれどその矢先、再び祝福の実が成り、ひとまず継続と相成ったのです」
「祝福の実?」
「『大陸樹』に成り、勇者召喚の媒体となる実です。そして勇者を召喚できるのは、聖女と呼ばれる巫女だけ。現在は国王さまの一の姫、ディアナ殿下が聖女の任に就いておられます」
確か白百合の聖女とか呼ばれていた。
「祝福の実は、大陸に危機が訪れる際に成るといわれています。結実するまでに百年かかることもあれば、二年ほどで成ることもあります。今回の半年という短さは、さすがに前例がないようですが」
「今って、大陸の危機なのか?魔王が復活したとか?」
「それは定かではないのですが、五〇〇年ほど前から、魔王の麾下――魔族の動きが活発化しています。特に北方魔族――『暴虐のカリオドス』に不穏な動きがあり……幾度か勇者が召喚され、討伐に赴きましたが、完全に打ち払うまでは至っておりません」
なるほど。だんだんこの世界の事情がつかめてきた。
「祝福の実が成り、召喚の儀が近くなると、大陸中から妙齢の女性が集められ、後宮に入ります」
「じゃあ、みんないろんなところからきてるのか」
ベッドに寝そべったティティが「そうだヨー」と足をぱたぱたさせる。
「ここにいる子たちは、身分も出身地もばらばらだよ。貴族もいるし、農民もいるし、ティティみたいな商人の娘もいるよ」
なるほど。
「リゼは?」
「私は子爵家の出身です。
「マノンさん――マノンは?」
「
薄々そうではないかと思っていたが、リゼもマノンも貴族のご令嬢だったんだな。
なんだか今更緊張してきたぞ。
「二人はなんで後宮に?」
尋ねると、マノンはおっとりと微笑んだ。
「勇者さまを支え、大陸平和の礎となることは、父の――ひいてはレイラーク家の悲願でしたので」
「わ、私は、妹をっ……いえ、私も勇者さまの支えになれればと……!」
リゼはなにやらもごもごしている。どうやら事情がありそうだ。
「ティティは?」
振り返ると、ティティは片目をつむってぺろりと舌を出した。
「三食昼寝付きだから!」
その潔さに、思わず笑ってしまう。
「なるほど」
「入宮するとね、お役目を終えてからも、衣食住とお手当が一生保証されるんだよー」
「それは魅力的だな。ここに来る前は、何をしてたんだ?」
「隊商だよ!ティティはね、ここからずっと南にあるアルカナ諸島の出身なの。いろんなモノを扱う商人と一緒に、船とか馬で旅をしながら、たくさんの街を巡ってたんだー」
「楽しそうだな」
「うん!でも、もう飽きちゃった。やりたいこともないし、行きたいところもないし、だから後宮にきたの。勇者さまのお嫁さんになんか選ばれなくてもいいから、毎日おいしいごはんを食べて、ふかふかのベッドでだらだらしながら過ごすんだぁ」
「それはいい」
すべての人類の究極の夢だ。
マノンに向き直り、昨夜から引っかかっていたことを尋ねる。
「ディアナ王女は、この後宮のことは……」
俺が聞きたいことを察したのか、マノンは困ったように笑った。
「あまり良くは思われていないようですね」
リゼも、膝に乗ったアルルを撫でながら、所在なさげにうなだれている。
昨夜聞いた、王女の言葉を思い出す。
『後宮にはワケありのご息女も多く、
また、リュウキにこうも言っていた。
『新たな神話を築きましょう』 ――王女はおそらく、千年に渡って勇者を支え続けた後宮に代わって、自分が新しい神話になろうとしている。
そのためには、神話の名残である後宮が目障りなのだ。
このままではこの後宮は、
何か、俺にできることはないのだろうか。せめて少しでも、勇者らしいことができれば……
「魔術って、今からでも習得できるのかな?」
マノンは「そうですね」と考え込んだ。
「魔術には、血統や才能、素質といった要素が深く関わるとされております。中でも、持って生まれた素質――血統は大きいと。『偉大な魔術は、尊き血統をもつ者が幼い頃から修練を重ねて初めて花開く』という言葉もございます。ですから優れた魔術士は、貴族の出の者が多いですね」
なるほど。すると片桐の魔術は別格中の別格だろう、そりゃみんな驚くわけだ。
そうなると、俺がゼロから魔術を習得するのは、やはり難しいだろうか……
と。
「ティティは半分チガウとおもうんだよね~」
「違うっていうのは?」
振り返ると、ティティは「んー」とピンクの唇を尖らせた。
「貴族の血が魔術の才能を左右するっていうより、そもそも庶民は『魔術に触れる機会がない』んだよね。魔術を使うには、知識と練習が不可欠でしょ? いい先生に教えてもらって、何度も何度も練習して、それでやっと形になるってカンジ。だから、忙しいヒト ――農民とか商人、畑を耕したり、物を作ったり売ったり、日銭を稼がなきゃいけないヒトたちは、そもそも魔術を習う機会も、練習する時間もないの」
貴族の方が必然的に、魔術が大成する土壌が整っているということか。
「それに、魔術の名門っていわれる貴族の出身でも、魔術を使えない子もいるでしょ?
たとえば、フェリスちゃんとか」
「フェリスちゃん?」
「ティティさま」
マノンが慌てて口を挟むが、ティティはけろりと続ける。
「だからね。大事なのは、血統とかじゃないと思うんだ。練習できる時間がたっぷりあるかとか、コツをつかめるかどうか。あと一番大事なのは、
なるほど。環境によるものが大きいということか。
マノンが言葉を繋ぐ。
「元は神姫の神殿ですから、かつては後宮でも、教養の一環として魔術や剣術の講義が行われていたようです。優秀な魔術士を多く排出し、王宮防衛の要としても一目置かれていたとか。その慣習も、今はすっかり廃れてしまったようですが」
「二人は、魔術は使えるのか?」
マノンは困ったように笑って首を横に振った。
「基本は習いましたが、当家はあまり魔術に力を入れていないのです」
一方のリゼは、うつむいて口ごもる。
「子どもの頃は使えたのですが……」
「へえ。得意な魔術とかあったのか?」
「あの、『炎魔球』という魔術が……」
「あっ! それ、ティティ見たコトあるよ! 火の球がふわふわ浮くやつでしょ!きれいだよねー!」
リゼは笑って頷いた。
が、笑顔がなんだかぎこちない。
どうしたのだろう――そう思ってから、思い出す。
「あ。そういえば、あの模様みたいなのって、なんなんだ?」
「え?」
「全身に巡ってる、光の筋っていうか……」
「?」
「片桐やグレン将軍が魔術を使うときに、こう、全身に脈みたいな光が浮き上がったんだ。みんな見えてるのかと思ったんだけど……」
リゼとティティが首を傾げる。
マノンはじっと考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
「それはもしかすると、魔力の通り道――魔力回路でしょうか?」
「魔力回路?」
「はい。魔力とは、あまねく生き物に宿る命の源流にして、魔術の素。生まれた時から体内に存在し、血液のように全身に行き渡っているといいます。その道筋を魔術回路と呼ぶと聞いたような。……ただ、魔力そのものを視ることができる能力など、聞いたことはありませんが……」
「魔力が視えるなんて、初めて聞いたよ! それってすごくすごいんじゃない!?」
目を輝かせるティティの隣で、リゼが「魔力が……」と小さく呟いた。
「ねえねえ、今も見えるの?」
「うーん」
少女たちの姿に目をこらす。
額のあたりに意識を集中すると、マノンたちの肌に、脈のような模様が浮かび上がってきた。
「あ、見えてきた」
「わあ!どんな、どんな!?」
「マノンは、緑の光で、輝きが強くて……」
「まあ」
「で、ティティは蒼い光が、元気にぴかぴかしてる」
「へえー! 人によって違うんだね! おもしろーい!」
俺は次いで、リゼに視線を移し――
「あれ?」
リゼは全身を硬直させ、顔を伏せている。
その全身には、禍々しささえ感じるような黒い模様が浮き出ていた。
昨夜見た時は、もっと優しい色だった気がするのだが――
ちょっと考えて、声を掛ける。
「リゼ」
「は、はい」
「もしよかったら、魔術を見せてくれないか」
「!」
リゼは首を振った。
「だ、だめです。私、本当に、小さな頃に使ったっきりで……」
「頼む」
リゼはきゅっと唇を噛むと、顔を上げた。
空中に手をかざす。
空気がぴんと張り詰め――パチッ、と、リゼの指先で何かが弾けた。
(……黒い火花?)
リゼの魔力回路が、黒い蛇のようにうねる。
やがて、リゼの周囲にバチバチと黒い火花が飛び始めた。
リゼの膝に乗っていたアルルが毛を逆立てて、俺に飛び移る。
マノンが表情を強ばらせた。
「これは……」
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