第33話 後宮部隊、始動
◆ ◆ ◆
開け放たれた門から、負傷した人々が次々と入ってくる。
「けが人は建物の中へ! 全ての部屋を開放して!」
マノンは姫たちを指揮し、避難してくる人々を誘導させた。
「どうして魔物が王宮内に……」
「もうだめだ……袋のネズミだ……」
兵士たちの顔は絶望に染まっている。
一方、門を入ってすぐの広場では、各グループに分かれた姫たちが列を成していた。
「剣姫部隊は武器を取りに来てくださーい」
「わぁ、すごい、すごい」
「見た目より軽いわ!」
「私これがいい!」
きゃっきゃっとはしゃいだ声を上げながら、届いたばかりの魔導剣を吟味する。
また、別の一角では。
「はいはーい、パスを繋ぎますよ、並んでくださーい」
数人の侍女たちが、少女たちの手の甲に何かを描いていく。
「
「はーい!」
少女たちは、手の甲に描かれた小さな魔法陣を、まるで新作のアクセサリーを自慢するかのように見せ合っていた。
死が迫っているとは思えない和やかな光景に、兵士が戸惑いの声を上げる。
「なんだ、一体何をしてるんだ、これは……」
やがて、準備が整った。
マノンは、隊列を組んだ姫たちに向かって声を張った。
「よろしいですか! ここが最後の砦、私たちは勇者ロクさまにお仕えする神姫! 私たちの敗北は、王国の、ひいては人類の敗北と心得なさい!」
「はい!」
少女たちの愛らしい顔は、みな決意に漲っている。
マノンは城の方角を仰いだ。
あの方はご無事だろうか。グレン将軍から、国王救出に向かったと聞いた。
と、屋根の上で見張りをしていたアンジュが叫んだ。
「ロクさまが戻られました!」
良かった、無事に戻られた。マノンは胸中で息を吐いた。
あの方がいる。
それだけで、こんなにも安心できる。
「それでは、ロクさまを信じ、支え、よく戦うように! 各自、戦闘用意!」
◆ ◆ ◆
後宮の広場。
門は固く閉ざされている。
不気味な静寂の中、俺は手の甲に刻んだ魔法陣を見つめた。
背後には、後宮の姫や侍女たち、総勢四〇〇人が隊列を組んでいる。
少し脈が速い。
気が昂ぶっている。
俺は深く息を吸い――
「ロクさま」
隣から細い手が伸びてきた。
しっとりと温かい感触が頬を包む。
優しく俺を振り向かせたリゼは、伸び上がって、こつりと額を合わせた。
「大丈夫です。ロクさま。私が――私たちが付いています。どこまでも、あなたと共に」
柔らかな声が、強ばった身体に染みこんでくる。
張り詰めていた気持ちが、ふっと解けた。
「ありがとう」
そう笑いかけると、リゼはふわりと双眸を細めた。
首をもたげ、空を睨みつける。
(大丈夫だ。上手くいく。みんなの居場所を、守り切ってみせる)
やがて塀の向こうから、ギャアギャアと無数の鳴き声が近づいてきた。
アンジュが屋根の上から叫ぶ。
「飛翔型、飛来します! 数、およそ三〇!」
俺は頷くと、号令を下した。
「
「弓姫部隊、前へ!」
弓姫部隊隊長のティティが復唱し、姫たちが前に出る。
一糸乱れぬドレス姿の少女たちを見て、兵士たちがうろたえた。
「まさか、迎え撃つつもりか!?」
「何の力もない後宮の姫が、一体どうやって……」
おののき怯える兵士たちとは裏腹に、少女たちは粛々と指示に従う。
「目標、一時の方向!」
「目標、一時の方向ーっ!」
「距離三〇〇、六〇度狙え!」
「距離三〇〇、六〇度狙えー!」
三列に横隊を組んだ姫たちが、一斉に空へ指を向ける。
やがて、魔物の群れが現れた。
三十体ほどが、黒い塊となってこちらへ向かってくる。
広場に緊張が走る。
ティティが上空をねめつけた。
「まだ! まだ引きつけるよ!」
魔物が射線上に入ると同時、俺は吠えた。
「
「用意!」
「
魔術の矢が一斉に放たれ、空を染め上げた。
矢の雨に撃ち抜かれて、魔物たちが霧散していく。
「す、すごい……!」
「なぜ後宮の姫が魔術を……!?」
兵士が呻く。
しかし。
「第二陣、来ます!」
アンジュの報告と同時、上空に影が差す。
凄まじい数の群れだ。
無数の翼に覆われて、太陽が陰る。
「わ……!」
「えぇ、ちょ、ヤバ……」
弓姫たちの間に、微かに動揺が走る。
「大丈夫だ、合図を待て!」
俺の一声に、姫たちが瞬時に落ち着きを取り戻した。
恐れ気なく首をもたげ、空を睨む。
魔物たちは様子を窺っているのか、なかなか降りてこない。
このままでは数が膨れあがるばかりだ。
俺は黒く渦巻く空を見上げた。
魔物は魔力の高い人間を好んで喰らう。
ならば――
「おびき寄せる! 構え!」
吠えるなり、全身から魔力を放出する。
『ギギ、ギギギギギ!』
魔物たちがざわめく。
狙い通り、魔物の群れが俺に向かって降下してくる。
俺は叫んだ。
「一斉掃射、はじめ!」
指令を受けて、ティティが勢いよく手を振り下ろす。
「一斉掃射、
漆黒の群れ目がけて、無数の魔矢が打ち上がった。
『ギイイイイイイイイイ!』
恐ろしい叫喚が響き渡る。
息もつかせず、姫たちは第二射を放った。
「第二射、撃―――――――っ!」
『ギェェエアアアアアア!』
魔物たちが断末魔の悲鳴と共に消え失せていく。
連射に次ぐ連射。
後宮の空を、色とりどりの魔矢が埋め尽くす。
宮廷魔術士たちが引き攣った悲鳴を上げた。
「バカな、死にたいのか! すぐに魔力が尽きるぞ!」
しかし。
「やった、当たったわ! これで五体目!」
「え~、私まだ三体しか落としてないんだけど~」
「ノルマは一人十体ですわよ! 上位三名は、ロクさまと王都を散策する権利がもらえるわよ、気合い入れて!」
「はい!」
魔力切れの兆候すらなく魔矢を連射する姫たちを見て、魔術士たちが目を剥く。
驚くのも無理はない。
普通ならとっくに魔力切れを起こしている。
が、タネは簡単。
そもそも転送自体が莫大な魔力を喰うから、フェリスからすると「普通ならそんな無茶な使い方、ありえない」そうなのだが、俺なら魔力を無限に錬成できる。
姫たちが魔物を撃ち落とすそばから、パスを通して魔力を供給する。
全員の魔力容量は頭に叩き込んである。
魔力酔いを起こさないよう調整しながら、一人一人に魔力を送り込む。
やがて、見張りのアンジュが声を張った。
「対空殲滅成功! 飛翔型魔族、確認できません!」
「よし――」
喜ぶ暇もなく、バキバキバキィッ! と凄まじい破壊音が鳴り響いた。
「ロクちゃん司令官! 扉が破られました!」
ティティの声に、地上に視線を走らせる。
扉を食い破って、黒い四足獣たちがなだれ込んでくるところだった。
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