第57話 信じて託す
イザベラ率いる本陣から南へと展開した右翼。
不安そうな兵士たちに、フェリスは頭を下げた。
「ごめんなさい、私のせいで」
「いいえ、フェリスさま! どうか頭をお上げください!」
俺の隣で、兵士が悔しそうに唇を噛んだ。
「フェリスさまはご病弱ながら、いつも我々のことを気に掛けてくださいました。フェリスさまの人望は今も厚く、イザベラさまはそれを疎ましく思っておいでなのです」
イザベラにしてみれば、
ふと、丘の上を仰ぐ。
本陣のさらに後ろ、なだらかな丘陵地に、やけに身なりの良い男たちが悠長に陣取っていた。
「彼らは?」
「当家出入りの商人たちです。中央にいるのが、レーグ商会のヴォルグ会長で……」
フェリスの説明に、リゼとティティが「レーグ商会!?」と飛び上がる。
「知ってるのか、二人とも」
「れ、レーグ商会のヴォルグ会長といえば、トルキア国屈指の豪商です!」
「地方豪族から荒くれ者の海賊にまで影響力を持ってるって噂だよ!」
「実際、彼の支援なくしては立ち行かず、頭が上がらない貴族も多いとか……っ!」
リゼたちの驚きようからすると、かなりの大物らしい。
何しろ貿易の要である港の趨勢を決する戦いだ、レーグ商会会長をはじめ商人たちが気に掛けるのも当然だろうが、ここでスポンサーに
俺は本陣を挟んで反対側に位置する左翼へ目を遣った。
ミゲル率いる部隊に動きはない。
こちらの出方をうかがっているか、あるいは俺たちを囮にして自滅するのを待っているか。
不気味に蠢く球体を見下ろして、兵士が泣き言を漏らす。
「あんなもの、どうやって倒せば良いのでしょうか。よっぽど強力な魔術でも使えない限り……」
俺は首を振った。
「いや、魔術は使わない方が良い。不確定な要素が多すぎる」
「で、ですが、周囲の魔物をどうにかしないことには……」
ギャアギャアと、耳に触る鳴き声が風に乗って届いてくる。
俺は口を開いた。
「俺が魔物を引き剥がす」
「そ、そんな! 無茶です!」
驚く兵士たちに「大丈夫だ」と笑いかけて、フェリスに向き直る。
「フェリス。ダンジョンの主をお願いできるか」
翡翠色の双眸が見開かれる。
兵士たちがざわめく中、金色の籠手に包まれた手を取り、目を細める。
「大丈夫だ。フェリスがどんなに努力を積み重ねてきたか――どんなに強くなったか、ちゃんと知ってる。自分を信じてくれ」
フェリスは目を見開いて俺を見詰め――その瞳に、決意の光が宿った。
「はい……!」
俺は頷くと、ポケットから竜の鱗を取り出した。
金の欠片に魔力を流し込む。
キィィィィン、と空気が震え――遠く、巨大な翼が空気を打つ音が近付いてきた。
頭上に影が差す。
風を巻き上げながら、金色の竜が降り立った。
「ど、ドラゴン……っ!?」
悲鳴に似た驚愕の声が渦巻く。
兵士のうち何人かは腰を抜かしていた。
細長い瞳孔が、面白そうに俺を見下ろす。
『思ったよりも早い再会だったな、勇者よ』
「ザナドゥ、力を貸してくれ」
ザナドゥは悠然と首を擡げ、黒い球体と化している魔物たちを見遣った。
『良かろう。あの魔物どもを焼き払えば良いのか?』
「すまない、港を壊すわけにいかないんだ」
『では何のために呼んだ。破壊以外は門外漢だぞ』
「俺を乗せて飛んで欲しい」
金色の目が見開かれた。
鋭く生えそろった牙の間から、太い哄笑が弾ける。
『ふは、ふはははは! この我に、人間を乗せて飛べと言うか!』
轟くような笑声に、兵士たちが後ずさる。
ザナドゥは首を捩ってひとしきり笑うと、『面白い!』と口の端をつり上げて翼を広げた。
『良いだろう、乗ってやる。いや、乗せてやる。お前は特別だからな。せいぜい振り落とされないことだ』
ザナドゥが首を差し伸べた。
俺はその上に登ると、リゼたちを見下ろした。
「リゼ、ティティ、サーニャ。フェリスを頼む」
「はい!」
三人が力強く頷く。
俺を見上げるフェリスに笑いかける。
「頼んだぞ、フェリス。――信じてる」
フェリスが頷くのを見届けて、空を見上げる。
ザナドゥが飛び立った。
地面が遠ざかる。不思議と風圧を感じない。薄い膜で覆われているような感覚だ。
不気味に蠢く球体を見据えて、ザナドゥが笑う。
『見たところ、かなりの大物だぞ。あの娘には荷が重いのではないか』
俺は腰に手を遣り、アンベルジュの感触を確かめた。
いざとなれば、俺が手を下すこともできる。
だがこれは、フェリスの戦いだ。
「フェリスなら大丈夫だ」
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