第31話 ◼️◼️◼️◼️◼️(リュウキ視点)
夜に日を継いで辿り着いた、ダンジョンの最奥。
「は……はぁっ……」
リュウキは、黒い木立の向こうに立つ影をにらみつけた。
それはまさに異形だった。
ヤギのような角。二メートルを超える、漆黒の体躯。蛇のようにしなる尾の先で、太い鉤爪が鈍く光る。自分を殺しにきた勇者に手を下すでもなく、ただ悠然と立っている、黒い怪物。
『暴虐のカリオドス』。
通常の武器も魔術も効かない。
これまで駆逐してきた魔物とは全く異なる生物。
「く……!」
息をする度に肺が焼ける。
ひどい瘴気だ。
リュウキは神器を握り直すと、一気に肉薄しようと膝をため――木陰から黒い獣が襲いかかる。
その首を力任せに切り落とした。
「チッ! 何してやがる、さっさと雑魚をぶっ殺せ! それがお前らの仕事だろ!」
「やってる! だが、追いつかない!」
槍術士の男が叫ぶ。
木々の間から襲ってくる魔物たちを切りつけるが、滅するには至らず、かろうじて押しとどめているだけだ。
「くそ! 邪魔だ、どけ!」
リュウキは吠えるなり、並み居る魔物たちを極大魔術でなぎ払った。
巻き添えになりかけた槍術士が「おい、周りを見ろ!」と叫ぶ。
背後で飛翔型の魔物と交戦している魔術士の女も忌々しげに吠えた。
「極大魔術に頼りすぎ! ちゃんと魔力の配分考えてんの!?」
「うるせぇ!」
(くそ、どいつもこいつも……!)
選りすぐりの実力者だと聞いていたのに、露払いにすらなりはしない。
(オレが誰か分かってるのか、オレは勇者だぞ! オレに口答えをするな、オレの邪魔をするな、誰もオレを軽んじるな、侮るな、逆らうな……――!)
出立前に見送りにきた王女の姿が、脳裏に蘇る。
『どうぞお気を付けて。勇者として相応しい武勲を上げてくださいませ』
能面のような笑顔。
冷淡な声。
なんだあの態度は。
出立式の日から手の平を返しやがった。
オレは救世主だぞ。お前が、お前らが召喚した勇者だぞ、それを……!
「こいつをぶっ殺して、誰が救世主か思い知らせてやる!」
カリオドスに向けて、リュウキは手をかざし――刹那。
ぞ、とうなじが逆立った。
冷たい予感がして飛びすさる。
次の瞬間、それまで立っていた地面が裂けた。
木の根がぱっくりと深い断面を覗かせている。
「な……!」
何の前触れもなかった。
今だって、カリオドスはただそこに立っているだけだ。
「一体……」
耳元でヒュ、と空気が唸った。
とっさに身を投げ出す。
鋭利な何かが、髪の毛を数本すぱりと切り落とした。
見えない刃が次々に襲い来る。
木の幹が削れ、地面が切り裂かれる。
「くそ、何だ! 何で見えねぇっ!」
やみくもに剣を振り回すが、むなしく空を斬るだけだ。
「ライネスがやられた!」
しゃがれた悲鳴に振り返る。
魔術士の男が倒れている。
頭から血を流して、どうやら気を失っているらしい。
「このままじゃ全滅だ、いったん退却しよう――」
「うるせえ、黙れ!」
リュウキは再びカリオドスに向けて手をかざした。
「まとめて吹っ飛ばしてやる! 『
仮借なしの大出力で極大魔術を放つ。
直撃。
しかし、効いている様子はない。
「っ! 『
持ちうる限りの極大魔術を次々に浴びせ――かくんと膝が折れた。
唱えかけた呪文が、口の中で溶け消える。
「な……――」
手が震える。
視界が狭まり、力が抜けていく。
「魔力、切れ……?」
まさか、そんなことがあってたまるか。
オレは最強の勇者だぞ。
この世界に選ばれた、ただ一人の――
ふと、頭上に影が差した。
顔を上げる。
目の前に、カリオドスが立っていた。
「……――!」
飛びすさるよりも早く。
長い爪が体内に潜り込んだ。
「が、は……ッ!」
一拍遅れて、みぞおちを灼熱の痛みが貫いた。
そのまままるで無様な兎のように、宙に吊り上げられる。
視界の隅で、仲間たちが後ずさる。
「ひ……ひィッ!」
槍術士が、気絶している魔術士を抱えて逃げ出した。
もう一人の魔術師も足を引きずりながら走り去っていく。
「ッ、ま、て……」
声がしゃがれている。
指がぴくりとも動かない。
事態が飲み込めない。
逃げたのか? オレを置いて? 雑魚の分際で、このオレを差し置いて?
カリオドスが身を乗り出す。
不気味な顔が、視界いっぱいに迫る。
『ほう、おもしろい』
鼓膜を引っ掻くような声に、全身が怖気だった。
(こいつ、しゃべれるのか……!?)
『貴様、勇者だろう。そのくせに、随分と我らに近いモノを抱えているな。このまま喰ってやってもいいが……せっかくだ、
赤い瞳が笑みの形に歪んだ。
「が、は……!」
みぞおちから、得体の知れない何かが流れ込んでくる。
めりめりという内臓がねじ切れる音を最後に、意識が途切れ――
気がつくと、赤い絨毯の上でうずくまっていた。
遠く、声が聞こえる。
「リュウキさま!? 北征に行かれたはずでは……なぜお一人で……!」
「ディアナ殿下をお呼びしろ!」
兵士達がばたばたと走り回っている。
(ここは、王宮か……? どうして……)
さっきまでカリオドスのダンジョンにいたはずだ。
どうやって帰ってきたのか、記憶がない。
床に手をつき、身を起こした。
みぞおちが、気の狂いそうな痛みを訴える。
「り、リュウキさま、そのお怪我では……!」
兵士の制止を振り払い、足を引きずりながら廊下を歩く。
押さえた腹からタールのように黒い血が溢れては、絨毯に吸い込まれていく。
人々は驚きながらも近寄らない。
ただ畏怖の目で見つめるだけだ。
「なんで、オレがっ……!」
なぜオレが見捨てられなければならない。なぜ誰も彼も離れていく。なぜこんな屈辱を味わわなければならない。なぜ、オレが……
「くそ……くそォっ……!」
血がざわめく。
身体の奥底で、溶岩のような怒りが煮えたぎっている。
『あ、゙ァ……』
どろり、と。
体内で、灼熱の塊が膨れあがった。
誰かが「え……?」と呆けた声を漏らす。
刹那、リュウキの全身から、黒い瘴気が噴き出した。
『あ、゙あぁ、あア゙ァああ……!』
ひしゃげた喉から、自分のものとは思えない咆哮がほとばしる。
身体がめきめきと悲鳴を上げる。
自分の中に何かがいる。おぞましい何かが。
それはやがて意識を浸食し、視界を真っ赤に染め上げた――
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