第2話 女子寮のメンバー

「ねっ、ねっ! みんな聞いて聞いてーっ! ひより聞いたんだけど来週から理恵さんの息子さんがここの管理人することになったんだって!」

 夜の20時。共同スペースの一つであるリビングに音符をまとったような声が響く。

 一人称がひより呼びの女子は栗色のショートボブを揺らして騒がしく登場した。素足にはホコリを取ることの出来るスリッパ、通称もじゃもじゃスリッパを履いている。


「ふふ、それは楽しみ。一体どんな人なんだろう」

「いやいや、何言ってんの琴葉ことはさん。それ冗談でも笑えない。普通に考えて男来るとかありえないでしょ。ココ女子寮なんだし」

「それでも特に問題はないよ……ね? 男性の方が夜間の警備とか安心出来るから。美麗みれいちゃんは違うの?」


「当たり前。男なんか下心あるやつばっかりだしホント勘弁。盗撮とかされても全然おかしくないし。ココが女子寮だからアタシ住んだのにこれじゃ意味ないじゃん……」

「もぅ、相変わらず警戒心が強いんだから美麗ちゃんは。理恵さんの息子さんだから少し信じよう?」

「信じる信じないの問題じゃないの。そもそも男が嫌いなのよ」


 琴葉は身長が149cmの小柄体型にしてこの喋り口調。落ち着いた雰囲気を持ち合わせ、白髪をおさげにしている。

 そしてもう一人、タイツを履き長い脚を組む美麗は嫌悪感を露わにして細い眉をしかめていた。

 この3人の中では一番身長の高い165cm。黒髪を一つに束ね、両頰に垂れる長い触角はピンク色に染めている。


「はぁ、マジ最悪なんだけど……。ご飯とかソイツの手作り食べないといけなくなるし、変な薬とか入れられるんじゃないの? もう食費返して欲しいぐらいなんだけど」

 ピンク色の触角をいじり悪口を続ける美麗は若葉色のつり目をジトっとさせる。不快さ全開であるが、いきなり男が入ってくるとなればこの感情も仕方がないだろう。

 美麗は男がいない空間を求めてこの寮に入居したのだから。


「理恵さんの息子さんなんでしょう? 立場上そんなことは出来ないと思うけど。理恵さんもその点を考慮してお仕事を依頼したはずだから」

「うんうん、手間暇かけてお料理作ってもらうのにその言い方は可哀想だよ」

 顔が幼く身長も低い琴葉だが、一番の母性を出して諭している。そしてひよりは蜂蜜色の瞳を大きくして味方陣営に付く。


「可哀想とかアタシの知ったことじゃないし。そもそも男が来るのが問題なんだって」

 今のところ賛成がひよりと琴葉の2票。反対が美麗の1票である。


「そんなに心配ならお料理しているところを監視してもいいかも? もし何か入れられた時にはすぐに発見出来るから。もちろん、私は息子さんを信頼して全部お任せするつもりだよ」

「ひよりも同じくー。って理恵さんの息子さんってどんな人なんだろうね。優しい人だと良いなぁ……」

「ふふっ、きっと優しい男性だと思う」

「わー!」


 林檎りんご色の双眸を細めて微笑む琴葉に、ひよりも笑顔で返す。


「ウソでしょ……。なんでアタシの味方する人がいないわけ? アタシの言ってることが間違ってるわけでもないでしょ」

「確かにそうだけど、最初から偏見で決めるわけにもいかないでしょう? それに初めての職場って馴染むことにも苦労するだろうから、少しくらいは私たちがサポートすることも必要だと思うの。お互いが有意義に過ごすために」


 美麗の意見に同意しながらもしっかりと大人の意見を伝えているのは身長が149cm、童顔の琴葉。映画館では子ども料金で通用する琴葉である。


「う、やばい頭が混乱してきた」

 そのギャップを目の当たりにして頭を抑えるひより。慣れてるとはいえどうしてもこうなってしまうのだ。


「何かしら……ひよりちゃん? 何に対して、、、、、頭が混乱しているの?」

「なっ、なんでもありません! 琴葉さんの空耳です!」


 口元は笑っていた……が、殺し屋の目をしていた琴葉に圧倒されるひより。

 そう、低身長と童顔の二つは琴葉のコンプレックスなのである。触れる際は最大限の準備をしていなければいけない部分なのである。


「はぁ……。ちょっとアタシ席外す」

 今の状況じゃこの流れにも笑うことが出来ないのだろう。椅子から立ち上がった美麗は言葉を続ける。


「小雪さんはどこにいる?」

 小雪はこの寮に住んでいるもう一人の女子だ。海外留学中である一名を抜けば、これで寮生は全員になる。


「ユキちゃんならいつも通りお外で星を観察している……かな」

「ありがと。ちょっと小雪さんところ行ってくる」

「行ってらっしゃい。あまり遅くならないようにね」

「うん」

 笑顔を見せることなくどこか暗い背後を見せた美麗は庭の方向に向かって行く。

 その姿が見えなくなった瞬間である。


「……みーちゃん大丈夫かな、琴葉さん」

 不安な面持ちでひよりが弱々しく口にしたのは。登場した時の声色とは全く別物だった。


「ユキちゃんが落ち着かせてくれるからその点は安心してるかな。ただ……この先についてはお世辞にも安心とは言えない……けど」

「うん……。でも美麗ちゃんを責められないよね」

「そうね」


 同性に対しては普通だが、異性が絡めば態度が急変する美麗。この事情を知っている二人だからこそ『悪いこと』だとは言えないのだ。


「理恵さんのことだからちゃんと考えて人選したんだろうけど……不安よね。そう簡単に美麗ちゃんが変われるとは思えないから」

「ど、どしよひよりはなにをすればいい? 琴葉さんアドバイスをください!」

「えっと……とりあえず私とひよりちゃんでフォローに回ろう? 毎回あんな風な態度を美麗ちゃんに取られてたら息子さんの精神がやられてしまうから。私たちは息子さんがこの環境に馴染めるように工夫していきましょう」

「だ、だね。分かった!」


 こうしてフォローをするという立ち回りを決める二人だが、余計なお世話だったと知るのは後日……。

 超ブラック企業を3年間も耐え抜き、四ヶ月の休暇を得た蒼太のメンタルはこの程度では崩れない。


 そしてこの先、誠実な仕事振りをすることで知らず知らずのうちに好感度を上げていくことになるである。



 






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