第78話 外堀からの小雪
「うわっ、オクラが安くなってる……あっキャベツも! お、しめじも!」
大型スーパーに到着してすぐである。小雪と共に野菜コーナーに向かった蒼太は特売を見て嬉しそうに近づいていく。周りから見れば蒼太が主夫のように映っているだろう。
「ふふっ。蒼太さんってばスーパーにくると子どものようになるわよね」
「こ、子どもですか!?」
「例えるならおもちゃ屋さんに連れてきてもらえた子どものようかしらね。良い意味で凄く生き生きしているから」
「あ、あはは……恥ずかしいところをお見せしてすみません。安くなっているものを見るとつい嬉しくなって」
「謝ることはないわよ。その気持ちは大事なことだし、わたしにとって好ましいもの。可愛い姿を見られるのは」
「か、可愛い……ですか」
スーパーに行けば毎度こうなる蒼太である。安いものを見つければひよりと同じようにすぐ食いつくのだ。
そして品定めをする際には真剣な面持ちになる。すぐに切り替わる表情を見るのは面白いものである。
「男性にとっては複雑な褒められ方かもしれないれど、寮の中のソウタさんは大人っぽさがあるからギャップがあるのよね」
「と、とりあえず小雪さん以外の入居者は買い物に連れてこないことにしますね……。こんな姿を見られたら攻撃されるのは目に見えてますので……」
『可愛い!』なんてからかいを受けたくない蒼太は自衛に走った。当然の行動だ。
「ひよりに美麗に琴葉の三人だものね。寮では見せない珍しい姿だから隠し撮りもされちゃうんじゃないかしら」
「さ、最悪じゃないですかそれ! 小雪さんにしか知られてなくてよかったですよ……本当」
「わたしは秘密にするから安心してちょうだい」
「いやぁ、本当に助かります」
小雪が上手に立ち回っていることに皆は気づいているだろうか……。
蒼太の子どもっぽい姿は買い物中にのみ見ることができる。
そして、今まで蒼太の買い物に付き合ったことがあるのは小雪一人。
それはつまり、珍しい姿を目に入れているのは入居者の中で小雪だけということ。
『他の入居者には見せたくない』『そんな蒼太の姿は知られたくない』
そんな特別感を抱き続けるため、『隠し撮り』のワードを使って遠ざけるようなことを言ったのだ。
小雪らしいやり方であるが、誰しもが持つ感情でもある。
「あっ、一つ言い忘れたわ」
「いい忘れたことですか?」
「入居者の皆に秘密にする見返りとして、すでにわたしがソウタさんを隠し撮りしているかもしれないわ」
「あははっ、小雪さんがそんなことするわけないじゃないですか。俺にはわかってますよ」
「あら、惚れている男性だったら例外になるものよ。ソウタさんも好きな女性は写真に撮りたくなるでしょう? お部屋で見ることができるようになるから」
「あー、んー? 俺はちゃんと許可を取る派ですかね。好きだからこそって部分が……部分が……って、え? 惚れ……惚れてる? え……?」
今になって今のセリフに違和感を覚える蒼太だ。
商品に伸ばした手を止めたまま頭を働かせる。
小雪の言い分では惚れている男性、それが蒼太だということになるのだから……。
「スマホの壁紙、ソウタさんがお買い物をしている写真に設定してあるのだけれど……見たい?」
「……」
「……」
どこか面白そうに微笑みを見せてくる小雪。
もしこれで本当に設定してあるのなら、惚れていることが事実になる。が——少しの時間があったことで状況を正確に理解する蒼太である。
逆に笑みを返して手を左右に振る。
「やめておきますね。今見せようとしてる壁紙は俺の写真じゃなくて実家で撮られたペットの写真でしょうから」
「
「思い出深いものですからそう簡単には変えないですよ。違いますか?」
「もぅ……正解よ。どうして当ててくるのかしら」
つまらないというようにスマホの電源を押し、壁紙を見せてくる小雪である。
パスワードを入力するその壁紙には蒼太の発言した通り、実家で飼っている白色のうさぎの写真が設定されていた。
以前、この壁紙を偶然見た蒼太は小雪と話したことがあり、記憶の片隅に残っていたのだ。
「これが管理人ですよ、小雪さん。そう簡単にはやられませんから」
「ふふっ、それはわたしに挑戦状を叩きつけているのね? それならもっと別の方法を考えさせてもらおうかしら」
「もちろん構いませんよ。ただ、過度なものはやめてくださいね」
「ええ、
「ん? な、なんだか怖いことを耳に入れたような気がするんですけど……」
「空耳じゃないかしら。わたしは怖いことを言ったりはしないもの」
「そ、そうですよね。じゃあ空耳と言うことにしておきます……」
空耳ではないと理解している蒼太だが、あまり追求するようなことではないだろう……。
そんなことがありながらも楽しく会話しながら店内を一周した矢先である。
小雪はとある商品を前にして足を止めていた。
「そういえば桃が好きでしたね、小雪さん」
「ええ。美味しいわよね、モモって」
小雪が凝視していたのは柔らかいピンク色の果実、白いうぶ毛が生えたモモだった。
「やっぱり好物がたくさんあると目を奪われてしまうわね」
「どうせなら買っていきますか?」
「いいえ、やめておくわ。梅雨時期にたくさん果物を買っていたから食費の兼ね合いがあるでしょう?」
「ま、まぁ……他の月よりは高くつきましたね。全員分の果物を買っていたので」
「だから遠慮しておくわね」
梅雨時期、食欲が減っていた美麗に果物を毎日買ってきていた蒼太だったのだ。
入居者の誰かが蒼太におねだりをすれば他の入居者の分まで買わなければいけなくなる。お財布事情を考えてくれた小雪だったのだ。
「正直、わたしのお金で買おうとしたのだけれど……お財布を車に忘れちゃったのよね。失態だわ」
「あの……後出しになっちゃうんですけど、俺も桃が食べたくなったんですよね? ですから俺が一個ずつ買っときますよ」
「えっ?」
「俺のお金なので食費のことは気にする必要ありませんし、パパッと食べちゃえばみんなにはバレませんから」
「ありがとう。それなら後でわたしがお金を返すわね」
「いえいえ、奢らせてください」
「嫌よ。ソウタさんが気遣ってくれているのはわかっているのだから」
後出しで『食べたくなった』と言った時点で小雪が遠慮しないように動いたのは言葉にせずとも理解できるだろう。
お金だけでも返そうとする小雪だが、蒼太に先手を打たれてしまう。
「これは管理人命令です。もし破った場合は寮から追い出しますので甘えてほしいです」
職権乱用を平気で行う蒼太である。普通なら大問題だがこれは相手を思いやってのこと。不快になるようなことではない。
「もぅ、そんな時だけ権力を使うのはどうかと思うわ」
「それはすみません。小雪さんに勝つにはこれくらいしか手がなくって。それじゃあモモの品定めはお願いしますね」
「腹いせにソウタさんのは甘くないモモを選んであげるわね」
「あー、そんなことしたら小雪さんの桃を横取りしますから覚悟してくださいね」
「その時には盗撮した写真を悪用しようかしら」
「はははっ、その脅しは効きませんからね。持ってないことはわかってるんですから」
「ふふふっ、可愛いわね」
「な、何がですか!?」
小雪のスマホの壁紙が変わっていなかった=盗撮されていない。なんて思っている蒼太は強気に出ている。
しかし、盗撮なんて物騒な言葉を嘘で使ったりする小雪ではないのだ。
スマホには写真を保存することができるアルバムがある。
『入居者の皆に秘密にする見返りとして、わたしがソウタさんを盗撮しているかもしれないってことを』
『あら、惚れている男性だったら例外になるものよ。ソウタさんも好きな女性は写真に撮りたくなるでしょう? お部屋で見ることができるようになるから』
これがその全ての答えである……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます