第117話 ひよりの告白

 さざなみの上に浮かぶ欠け一つない月。

 潮の匂いに冷たい風。

 テトラポットに波打つ音。


 周りからは喋り声が一つとして聞こえない落ち着いた空間には二つの影があった。


「わぁ……、綺麗です……」

「何やら着込んでるなぁって思ったらまさか海に行きたいってセリフが出るとは」

「えへへ、わがまま言ってすみませんっ。前に高台には行きましたけどこっちに来たことはなかったので」

 ひよりは当たり前に微笑む。

『今日を逃したらもう二人ではこれなかったのかもしれない』

 そんな意図が含まれていたことには蒼太は気づなかった。


「まぁ謝ることはないけどね。俺もリフレッシュがてらに行きたかったからさ。あ、そこ柵が少し低いから海に落ちないように頼むよ」

「もちろんです!」

 ここは整備された港である。

 近くには大きな公園もあり、ランニングコースもあったりと休日の昼は家族連れで賑わうスポットでもある。


 現在21時30分過ぎ。

 駐車場には複数台の車が止まっているが、敷地が広いために未だ誰ともすれ違ってはいなかった。


「……ふぅ」

 電灯が照らすベンチに腰を下ろす蒼太は海を見つめているひよりの後ろ姿を視界に入れていた。

 嬉しそうに、楽しそうに、ぴょんぴょんとしている様子は海に落ちないか心配になるが柵からは一応の距離は取っている。それでも危なっかしさはあるが微笑ましい姿である。


「蒼太さんは海見ませんか!?」

「俺は波風に当たってるだけで十分。それにここからでも地平線の海は見えるから」

「じゃあひよりもベンチに座って海を見ますっ」

「おー、了解。どうぞ」

「ありがとうございます」

 ひよりも座って海を見たいのだろう解釈する蒼太はスペースを空けるようにベンチの右側に移動し、その隣にひよりがストンとお尻をつけた。


 近い距離で顔が合わさる二人である。


「なんだか……照れますね……」

「そう? あぁでもひよりの悩みを聞くために無理やりバイクで高台に連れ去った時のことを思い出すよ」

 それは蒼太が管理人を初めて1ヶ月が経つか経たないか、そんな頃だろう。


「あの時の蒼太さん本当に強引でしたからね。悩みを聞くまで学校には連れて行かないとまで言うんですから」

「ごめんごめん。でもそれくらい心配してたんだよ。いつもの元気もなかったし、そんな状態で学校に行かせたりはしたくなかったから」

「……あの時はほんとに助かりました。ありがとうございます」

「どういたしまして。って言っても俺の行動は褒められたものじゃなかったけどね。あんな時間に未成年を連れ出すってやっぱりいけないことだから」

「もしですよ? もしひよりが蒼太さんを訴えたら勝てますかね?」

「ちょ、怖いこと言うのやめてよ」

「えへへ、もちろん冗談ですっ」


 二人は過去の思い出に浸りながら話に華を添えていた。

 別れが近い。この事実は脳に刷り込まれていること。忘れることなどできないこと。どうしてもそのような会話が多くなってしまう。


 笑い声に懐かしむ声は港に響き続け、楽しければ楽しいだけ時間が過ぎるのは早いものだ。

 時計の針を見れば港について30分が過ぎようとしていた。あと数分で22時である。

 未成年にとってこの時間は軽視できないもの。

 キリのいいタイミングともあって蒼太は早めに本題に手を伸ばすことにする。


「それでひより、今日は俺に相談があるって言ってたけどその内容って?」

「ぅ、も、もうそのお話をしますか……」

「だって今日はそのためにここに来たわけでしょ? 寮内じゃできない話っぽいからかなり重要な内容なんだと思うから早めの方がいいと思う」

「そ、そうです……けど……」

「そんなに言いづらい? 言いづらいなら質問とかからでもゆっくりでもいいよ?」

 呑気な蒼太はまだひよりからの本題を悟ってはいない。当たり前に疑問符をつけて聞き返しているが、徐々に答えは見えていくことになる。


「……あ、あの! それでは一つだけ質問をいいですか!? 事実をちゃんと答えてほしいですっ」

「わかった、嘘はつかないようにするよ」

「じ、じゃあ質問します……ね」

 緊張の面持ち。太ももの上に置いている手を握りこぶしにするひよりは顔を赤くしながらおずおずと聞く。


「蒼太さんは今、付き合っている女の人はいないんです……よね?」

「うん、付き合ってる人はいないよ。もし付き合ってたら女子寮の管理人なんてできないから」

「ほっ……。そ、そうですよね。よかったです……」

「って……ん?」


 ここでどうしてそんな質問をするのか、の疑問が出るのは当然。そして心当たりのある雰囲気を覚えることにもなる……。

『琴葉から告白をされたあの時に似ている』と。


「……」

「……」

 蒼太が目を丸くしながらひよりに顔を合わせれば、すぐに逸らされる……。

「ど、どどどどうしましたか?」

 なんて手をあわあわと動かしながら聞いてくるのだ。


「いや、どうしましたかってそれ俺のセリフだって。なんでそんなに動揺してるの……?」

「そ、それは……え、えっと、今から蒼太さんに大事なお話をするからです……」

「う、うん」


 ドクンと心臓が跳ね上がるのはひよりだけではない。蒼太も同じだった。

 心当たりのないフリをしているが、純粋なひよりだけに空気でわかってしまっているのだ……。

 その大事なお話がどういったものなのかを。


「あの……えっと……」

「うん……」

「えっと……」

「う、うん……」

 ひよりにとって勇気が必要な話。蒼太だってきちんと聞かなければいけない話。

 お互い真剣だからこそ同じようなやり取りが続く。

 それでも、先に啖呵を切ったのはひよりである。


「あのですね、ひより、友達に教えてもらったんです。その……好きな人を知る方法を……」

「そうなんだ? それで……その方法は?」

「えっ、言わせるんですか!? ひよりに言わせるんですか!?」

「いや、言わなくてもいいけど……どんなアドバイスもらったか気になるから」

「うぅ……」


 蒼太からすれば話を広げさせるために言ったこと。緊張を払うために言ったこと。それでもそのアドバイスというものは蒼太が予想していたものとは全くの別物。

 一歩間違えればセクハラとして訴えられる内容である。


「あ、あれですよぅ……。その人と……え、え……えっちなことをしたいかどうかです……」

「…………へ?」

 聞き間違い。そう思うのは一瞬だけ。ひよりの羞恥に溢れた表情を見ればすぐにわかること。

 情報の整理がつかない蒼太は時が止まる——がそれはその本人だけ。


「い、いきなりこんなことを言うとひよりの頭おかしいって思うと思います……。で、でも! ひよりは蒼太さんとそんなことを……えっちなことしたいです……。ほんとに……したいです」

「ちょ、ちょっと待って!? 話が全く見えないんだけど」

 電灯から映るひよりの顔はゆでダコの様子……。目を強く瞑りながらありえない暴露をしてくる。

 どこからどう見ても純粋なJKにこんなことを言われて狼狽しない者はいないだろう……。


「ご、ごめんなさい……」

「あぁ……べ、別に謝らせたいわけじゃなくって……」

「あの、ですね。今まではひよりは蒼太さんのことを頼り甲斐のあるお兄さんだって思ってました……。でも、たくさん助けてもらって、友達からこのことを教えてもらって、美麗ちゃんが蒼太さんにくっついているところを見るとモヤモヤして——気づいたんです」

「……」

「やっぱりひよりは蒼太さんのことが好きなんだって……。大好きなんだって……。今なら言えます。蒼太さんだけは誰にも取られたくありません……。たとえお世話になってる人でも絶対に渡したくありません……」


 中学の頃からずっと女子寮に通い続けていたひよりなのだ。異性と接する機会もないに等しく告白も今回が初めてのこと。

 蒼太とならオトナなこともしたい。なんて普通なら絶対に言わないだろう気持ちでも本心を真っ直ぐ伝える。これが経験のないひより出した答え。


 どれだけ一生懸命な想いで伝えてくれたのか、それは蒼太が一番に感じていること。


「ひよりはこれからもいっぱい甘えたいです……。恋人のようなことたくさんしたいです……。蒼太さんと別れるのは絶対に嫌です……」

「ひより……」

「ひ、ひよりは来年には大学生になりますっ! 大学生にもなれば23歳の男の人とお付き合いをしても論理的に問題ありません……っ。高校生よりは白い目で見られることもないと思います!」

「ま、まぁ……」

「それに大学だって蒼太さんの職場と近いところにいけるように頑張ります……っ。その範囲の中でひよりの将来の夢を叶えられる大学を探しますっ!!」

「……」

「だ、だからひよりの告白を真剣に考えてほしいです。ひよりは本気で言ってます……。本気の告白……なんです」


 手を震わせながら、目を潤わせながら、それでも蒼太の顔をしっかりと見て。初めてにしては思えない立派な告白をした。

 そして、続けて言うのだ。


『お、お返事は蒼太さんが管理人を卒業する時で……いいですから』

 琴葉と同じように蒼太の気持ちを尊重して。


「ありがとう……ひより」


 ここから先のこと。

 新たな悩みを抱えることになった蒼太の体感時間は本当に早かった。


 何か別のキッカケがあったのだろうか、ひより、美麗、琴葉、小雪。それぞれからあからさまな好意を向けられることになり、咲からはからかわれ、休む暇もないくらい忙しい管理人生活を送ることになったのだから……。


 そうして迎えるのだ。

 管理人勤めの最終日を。



 ****



 あとがきを失礼します。


 いつも読んでいただきありがとうございます。

 また近々、所用が入ることで投稿ができなくなるため急ぎ足になってしまいまい申し訳ございません。

 5月から投稿を始めたこちらの作品も本文の通り次が最終話になります。


 今後の流れ等は最終話のあとがきで書かせていただき、そして最後まで精一杯取り組ませていただきますが、どうしても不満の出る終わり方になってしまうことはわたし自身覚悟しておりました。


 賛否両論になる可能性がありまして、コメント欄で読者さま同士意見のぶつかり合いがあるかもしれませんが、『そういう意見もあるな』と寛容的に見ていただけたら幸いです。

 また、ご感想一つ一つ受け止めながら最終話のコメントは全てお返しさせていただきますので、その場でやり取りができましたら大変嬉しく思います。


 長くなりましたが、あとがき失礼しました。

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