第112話 違和感の正体
「そーた、どしたのマジで」
琴葉の告白から日を跨いだ今朝のこと。
キッチンに立っている蒼太は眉間にしわを寄せた美麗に突っ込まれていた。
「え? どうしたってなにが?」
「なにがじゃなくってあくび何回も我慢してるじゃん。昨日から様子おかしかったし寝られてないんじゃないの?」
「べ、別にそんなことはないよ。ちゃんと眠れたから。ちゃんと寝てもあくびが出るときってあるでしょ? それだよそれ」
「それじゃあ何時間寝たわけ?」
「えっと、確か……4、5時間かな」
視線を天井に向け思い出す素ぶりをする蒼太は
「はぁ……。3時間とか全然寝れてないじゃん。そもそも寝たかどうかも怪しいけど」
「いや、本当に5時間だから!」
蒼太の言い分を無視するように3時間と定めた美麗。
『心配させないように誤魔化す』という蒼太の性格を知っているからこそ簡単に
「……蒼太さんほんとに大丈夫なんですか? ひより心配です……」
「ひ、ひよりまで……。本当に何にもないから安心してよ。仮に眠れていないなら昼寝を取るようにするから」
美麗からのツッコミが入ったことでひよりまで心配が伝染してしまう。眉を八の字にして本心を訴えてくる。
「あのさ、これを言う空気が重くなるからアレだけど……そーたがこの寮にいられる期間って残り短いんだからちょっとくらい甘えたらどう? 睡眠に影響が出るって思えば夜のうちにコンビニでご飯買って、それを朝に回したりすればいいんだからさ。毎日手作りじゃ疲れるでしょ」
「ひより、たまにはコンビニのご飯の方がいいですっ。気分転換っていうかなんかそんなのができると思います!」
ほぼ毎日食べたい料理のリクエストをするひよりがこんなことを言っても説得力はないが、蒼太に負担をかけさせないようにとの立派なフォローである。
そして、苦手な異性に対して気遣えるようになったのは美麗なりの成長である。
「そーたに体調崩される方があたし達に影響があるんだからさ。そこはもうちょっと考えてよ。もしそこで文句言う人がいたらあたしとひよりが命令したって言うから。ね、ひより?」
「もちろんですっ! と言っても小雪さんも琴葉さんも納得してくれると思いますけどね」
「……二人ともありがとう。それじゃあその時がきたら甘えさせてもらうよ」
「その言い方は絶対甘えないやつじゃん。『そんなこと言ったっけ?』とかとぼけるつもりでしょ」
「でも、蒼太さんらしいです。って、らしくないことをしてもらわないと困ります!」
「あはは……わかったよ。ちゃんと甘えるところは甘えるようにするから」
「約束ね、約束」
「言質を取りました!」
女子高生二人に『甘えろ』と言われる蒼太。
これほど男冥利に尽きることはないだろうが、これは今まで働いてきた蒼太への正当な評価だ。
一生懸命な姿を毎日見せていたからこそこのような見返りがやってくる。サボっている相手にこんな言葉をかけようとは思わないのだから。
そんな話に一区切りついたタイミングである。
「みなさんおはようございますー」
「おはようみんな」
扉が開き、琴葉と小雪が一緒になってリビングに姿を現した。
「あっ、おはようございますっ!」
「おはよー」
「お、おはようございます……」
ひより、美麗は当たり前に挨拶を返すも……もう一人、蒼太だけは吃った返事をしていた。
そう……今現れたこの二人こそ、蒼太をこの状況に陥らせた元凶なのだから。
「あれ、咲さんはまだ寝てます? ひよりお話したいことあったのになぁ……」
「咲なら夜中までお仕事をしていたからお昼くらいまで起きてこないんじゃないかしら」
「時差ボケってなかなか治らないって聞きますもんね……」
ひよりの問いは成人組の二人がすぐに答えた。
小雪はあからさまな好意を匂わせ、琴葉は告白をしたのにも関わらず二人の様子はいつもと変わらない。さすがの対応力だろう。
「あっ……それで蒼太さん。昨日はありがとうございました」
「い、いやいや……俺の方こそありがとうね、琴葉」
「おや? そのお返事は期待しちゃっていいんですかね?」
「えっ!?」
「ふふ、冗談ですよ」
「へ、あ……あはは……」
告白をしたという事実。管理人をやめるまでは返事を待つ。
この二つを逆手に取ってからかってくる琴葉。
匂わせ効果と同じ、ずっと意識をさせようとの狙いがあるのは間違いないだろう……。
「わっ、今気づいたんですけど今日はパスタを二種類作ったんですね。明太子とナポリタンですか」
「う、うん……。ひよりがどうしても食べたいって言ってね。準備してくれないと駄々こねますって脅してきたんだよ」
「えっ!? ひよりそんな脅すことしないですよっ!! リクエストはしましたけど……!」
「ふふ、駄々をこねるだなんてひよりちゃんらしいかもですね」
「ひよりったら容赦ない攻撃をするわね……」
「ほんとのほんとにひよりはそんなこと言ってないんですってばーっ!」
困った時にはひよりの出番。これは蒼太がよく使う手段。
少し大げさにひよりが反抗し、空気が明るくなる。楽しい空気がリビングを包みながら会話が広がっていく。
ひよりの持つ元気と明るさがよい方向に動かしてくれる。
が、そんな輪にすら入らない入居者が一人。
無言でこの現場を冷静に観察していた美麗は表情を険しく変えていた。蒼太の行動に訝しむように凝視していたのだ。
その原因は一つ。普段の蒼太なら絶対にしない反応をしていたから。
小雪からすぐに視線を外し、琴葉にも目を合わせないような行動を取っていた。
会話はしていたが、どこかぎこちなく避けているようでもあり、普段通りに接しようと懸命に努力しているようでもあり……。
それは、ひよりや美麗の間ではなかったこと。
つまり——蒼太の様子が変なのはこの二人が何かをしたからではないのか。
それが美麗が悟ったことだった。
(もしかして……さ? ううん、確かめないことには始まらないか……)
ピンクの触角をいじりながらふっと鋭くなった眼を戻す美麗はどう行動に移そうか熟考していたのだった。
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