第40話 琴葉と上司
前書きを失礼します。
琴葉さん編ではでは下ネタ系統のお話があります。柔らかくはしていますが、苦手な方は本当に申し訳ございません。
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ひよりが寮に向かって足を進めている頃のこと。
「琴葉ー。例の彼の写真はまだぁ? 異性としては見ていないけどわたしの旦那と張り合うような素敵な彼の写真は!」
残り仕事もわずかになった琴葉が本日の資料整理を行っていた時である。先輩である小川の声が背後から飛んでいた。
「あっ、そのお話すっかり忘れていました……」
「ちょっとぉ。わたしずっと楽しみにしてたのにー」
整理の手を止めることなく器用に小川の声に返事をする琴葉。
また、声をかけた小川も裏で仕事をしながら話している。
今日はもう外部からの来客がないため、そして社内の人間しかいないためにこうして少し目立つような会話ができるのだ。
「すみません。でも、もう近々撮る機会があるのでもう少し待っていただけると助かります」
「ん、撮る機会って?」
「はい。二人で飲みに行く約束をしているので、その時にでも……と」
「はっ?」
先に仕事の手が止まったのは先輩の小川である。琴葉の言葉が信じられなかったようにフリーズする。
その3秒後、瞳をパチパチ。そのまばたきで我に返った小川は立ち上がって琴葉に近づいていく。
「琴葉が二人で……飲み? サシってこと!?」
「そうですよ?」
「かー、それは珍しいねぇ……。いや、ホントびっくりなんだけど。サシじゃ
「そんなことはないですよ……?」
「そんなことなくはない」
小川は断言する。実際に『絶対』の付け加えは正しい。忘年会などの行事にはもちろん参加する琴葉だが、それは複数人数での飲み。
一対一、個別での飲みに誘われた場合に琴葉は必ず首を横に振る。つまり100%断っているのだ。それでも刃先が立っていないのは断りの対応が格段に上手いからだろう。
「あぁ、分かった! 予想以上に手を回されて行かざるを得ない状況になったわけかぁ。それなら納得」
「飲みに誘ったのは私からですよ?」
「はぃいい!?」
大声になりかけた瞬間、口を押さえて社内からの注目を避けた小川。長年務めるだけあってすぐに動けるところはさすがである。
「いやいや、もうそれ意味が分からないんだけど……。もう珍しいの域を超えちゃってるじゃん。頭おかしくなる薬盛られたりしてない?」
「ふふっ、安心してください。私は平常です」
「うーん、なんかわたし心配だなぁ。琴葉が男を信用しすぎっていうか。飲みってなにがあるか分からないし」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。私は
お酒の量。その強さ。それは琴葉が一番に理解している。
「確かに、琴葉の酔ったところを見たいがために強いお酒を注文するバカな男たちは次々と返り討ちにしてることは知ってるけど……」
「私はその方にお酒に飲ませる方向で考えてますので平気ですよ」
「で、どうする? 琴葉と同じくらいにお酒強かったら」
ニヤニヤと、何か言いたげの小川。その言いたげを汲み取った琴葉はサラッと言う。空気を読んだのだ。
「そうですね……。その時は私から
「酔いヤりは乱れるくらいに気持ちいいからねぇ……。オススメだよ」
「ふふっ」
笑声を漏らしたその途端、琴葉は体を伸ばして奥のファイルを手に取る。
位置的に小川に顔を見られないこの一秒、琴葉は目を大きくしていた。何かを堪えるように唇を噛み締めていた。……生々しい話しに頰がピンク色になっていた。
——それはまるで、下ネタを超えたリアルで生々しい話には耐性がないように。
「……なんだか言葉の重みが違いますね。小川さんが言うと」
「あら、そう?」
「さすがは毎週、旦那さんとシているだけはありますよ」
「いやいや、毎週じゃないって。旦那ってすぐわたしに騎じょう位求めるからホント疲れるし……。ほら運動不足だとすぐ体つりそうになったり、肩も手を付く位置を間違うと物凄く凝る体位でしょアレって」
「ほ……」
「まぁ、その分の気持ち良さはあるんだけどねぇ……」
小川は琴葉が同じ土俵にいると思っている。いや、受付嬢で軽々と異性をいなしている姿を見ればそう勘違いもしてしまうだろう。
「……そ、そうなんだ」
——ぼそり。
「ん? 何か言った?」
「なっ、なんでもないですよ。……ふふっ、イチャイチャしているようで羨ましいです」
「と言いながらサシ飲みでチャンスありありじゃん琴葉は。盛るとか言うくらいだしぃ」
「そ、そうですね……」
何故だろうか、いつも以上に口元が引きつっている琴葉である。
「もしかしたら琴葉とサシに行く男、アソコでっかいかもねぇ。琴葉から誘うってことはホントに結構イケた感じの男だろうし」
「えっ……やだぁ」
瞬間、両手を頰に当てた琴葉。
「え、やだぁ?」
その小声は小川に聞こえていた。
「す、すみません。目の前に虫が飛び出してきて……」
「それにしても珍しいねー。琴葉が噛むなんて」
「に、苦手な虫でしたので……」
「まあそれで話戻すけど、って言うか琴葉も知ってると思うけど教えとくね。アソコがでかい人の特徴」
「っ!?」
目は口ほどに物を言う。
誰がどう見ても『そんなの知らないよ!』となっている琴葉だが、得意げに語る小川には見えていなかった。
「左手の人差し指が長い人。足が大きい人。首が太い人。背が高くてマッチョ。以上。この中の3つ以上当てはまってたらほぼ確実に大きい」
「……」
「琴葉とサシできる相手だから一番最後、背が高くてマッチョは当てはまってると思うから、以下三つを探して見てね?」
「ぅ、はい……」
そこにいつもの琴葉はいない。もう完全にこの話題にやられてしまっている。
これでキリの良いところまで話も終わったことで小川は満足したように裏に下がっていった。
その一方、琴葉は全く違う。
(な、なんで……なんでそんなこと教えるの……っ。左手の人差し指が長い人。足が大きい人。首が太い人。背が高くてマッチョ。だめだぁ、全部覚えちゃったよ……)
林檎色の大きな目をぐるぐるにして口を『〰︎〰︎』のようにさせている。完全にパンク寸前の状態。
そんな時である。社内のとある人間が琴葉の元にかけ寄った。
「おーい、琴葉ちゃん! 今日こそオレと飲みにでも行かない?」
「ッ! ……お、お誘いありがとうございます斎藤さん。ですが最近、お酒は控えていますので」
「かー! じゃあまた誘うよ! ってあれ、ちょっと顔赤くない?」
「気のせいですよ」
そんな光景を見る小川。
「ほら、やっぱり断った。やっぱり珍しい」
思いのままの感想を口に漏らしていた。
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