第43話 side蒼太。見られている。

 本当にいきなりだけど、この寮の管理人を務める俺にはとある悩みがある……。


 異性しかいないこの環境? 仕事時間? 俺にキツい言葉を言う美麗さんのこと? と、このようなことは全て違う。

 あ、でも後者である『俺にキツい言葉を言う美麗さんのこと?』だけは少し似ていることかもしれない。


 そう、俺の悩みはこの寮に入居している一人からきている悩み。


 焦らすようなことは時間の無駄だから早速だけど……っと、ごめん。この先、悩みを言うに当たってとある規約に引っかかってしまうことがある。だから直接的な表現を控えてぼかしながらの進むことになると思う。

 そのぼかし方についてツッコミはなしでお願いしたい。


 では、本題に。


 ——俺、最近なんだけど……下半身に備わっている大事なおてぃ男に視線を向けられている気がするんだよ。入居者さんに。


 うん、おかしいことを言っているのは俺が一番わかってる。被害妄想だと引かれてしまうことも承知している。でも、実際に俺はそう感じるんだ。

 突然こんなことを言っても信じてもらえないのは当然だと思う。だからこそ信じてもらうためにこの身を犠牲にしても伝えたいとのパッションを感じ取ってほしい。


 話を続ける。

 では、誰が俺の息子に視線を向けてるの? と問われたら俺はすぐに答える。

 ひよりでもない。小雪さんでもない。美麗さんでもない。


 残る入居者は一人……。

 白色の髪を持ち、赤色の瞳。この寮で身長が一番低いものの、言動に落ち着きがありお姉さん気質のある女性、俺と同い年の琴葉から。


 俺は馬鹿だけど、常識的なことはわかってる。

『いやいや、あの琴葉さんがそんな変態なわけないだろ! 評価下げるようなことを言うな!』

 こんな罵声を浴びせられることだって心の底からわかっている。だが、これでも俺が言う理由はただ一つ。

 どうにか信ぴょう性を上げようと思ったから。


 だが、感覚というものはなかなかに厄介なもの。

 言葉で説明することはできず、確信を持つこともできない。証明することもできない。ただそう思ったとしか言えない勘のような感じだった。


 だからこそ、俺は悩んでいる。

 この心にかかるモヤをどうにか払いたいのに払うことができないから。


『いや、それなら見ているかどうかを琴葉さんに聞いてみろよ。お前仲がいいんだから』

 そんなごもっともな意見もあると思う。

 確かに俺は琴葉と仲がいい。

 琴葉から飲みに誘われるくらいに、飲みにいきたいと思えるくらいに、昨日、今週の土曜日に飲みの約束をしたくらいに距離が縮まっている。


 でも、でも……、

『琴葉、俺の大事なトコどうして見てるの?』

 なんてストレートは使えない。ぼかして聞いたとしても変態扱いされるだけ。

『琴葉、俺のこと最近見てる?』

 と、もっとぼかしたら自意識過剰に映ってしまう。そもそも意図が伝わらないと思う。


 だから俺は解決に至るには難しい悩みを持っている。

 琴葉が俺の第二の化身を見てるなんて信じてくれる者はいないだろう。琴葉の性格を知っている寮の入居者は特にだ。相談にも乗ってくれるはずがない。


 何が言いたいかって? それはまぁ、俺だけでこの件をどうにかするしかないってこと。本当に見てるのか調べたいってこと。

 もし間違っていた本当にごめん。でも、これで悩みは解決するし、調べてみる価値はある……。


 ただこれだけは約束をする。

 この件を調べるに当たり、絶対にセクハラに該当するようなことはしないと。



 *****



 今日は月曜日。平日の始め。

 現在、夕方から夜にかけた時間に入っている。

 ひよりはいつも通りに高校が終わって寮に直行帰宅していた。一番乗りで夕食を食べ、今はお風呂に入っている。


 リビングに一人座る俺は、時計を見ながら時間に身を任せていた。

「琴葉が帰ってくるまで残り10分くらい……か」

 帰宅時間をある程度の予想ができるのは琴葉が務めている企業、その受付嬢がホワイトな職場だから。

 琴葉に個人的な事情が重ならなかった場合、寮に帰宅する時間に狂いはほぼない。俺が今も憧れを抱く定時退社と言うものだ。


 琴葉の帰宅時間を知っているからこそ、俺は今のうちに意思を固める。あの件を調べる行動を取り、少しでも解決に少しでも近づけるように。


 その15分後のこと。

 俺の予想は当たっていた。鍵の解鍵音が先に響き、次に扉を開ける音がリビングに伝う。

 そして、

「ただいま帰りました〜」

 綺麗なソプラノの声を聞いた俺はすぐに玄関に移動して仕事の一つである出迎えをする。


「おかえり琴葉。お仕事お疲れさま」

「ぁ……ふふっ、わざわざお出迎えありがとうございます」

「どういたしまして」


 思考がバレないように俺はいつも通りの表情で挨拶を交わす。

 新婚のような挨拶だとは思うが管理人と入居者の間ではよくあること。


 そして、この間に俺はもう感じていた。

 ——琴葉の視線が下に向き、アソコを見たような気がしたことを……。俺の感覚では今の間に3回。


 だが、ある程度の回数が読めても確信には至れない。

 この挨拶と俺のポコにゃんを見ることにはなんの関連性もない。見る必要だってない。つまり琴葉が偶然にも視線を下げだだけで、俺がそこを勘違いしたとの可能性が追えるからだ。


「……ん? 蒼太さん、どうかしましたか?」

「あー、いや、なんでもないよ。ちょっと考えごとしてて」

 難しい顔をしていたことがバレた。琴葉は心配そうに促してくる。こんなに優しい琴葉を疑うことには罪悪感しかない俺だ。


「考えごと多いですよね蒼太さんって。何度も言うことですけどお仕事はもっと楽にしてくださいね」

「あ、あはは……」


 琴葉が俺のライジングを見てるかもしれないと考えていた。なんてことは言えるはずがない。苦笑いを浮かべるしかない俺。——と、このタイミングである。


 この思考が返ってきたように再度、琴葉の視線がぽちんちゃんに向けられた気がした。


「……」

 そこで、俺はさりげなくズボンを上げてシワを伸ばす。もしかしたら勘違いされている? なんて可能性を汲み取ったのだ。

 俺と同じ男ならわかってくれると思う。ズボンのシワによって生理現象が起こっていると誤解されたりすると。

 シワを伸ばしたことで生理現象の誤解はなくなるだろう。段々と可能性を絞っていく。


「あら? 蒼太さんの今の反応……どうやら私の予想を外したようですね。お仕事以外のことを考えていましたか」

「せ、正解……。ごめん、気を遣ってもらったのに」

「となると、蒼太さんのことですからもう一つしかありませんね」

「お?」

「ふふっ、いやらしいこと……と言いましょうか」

「えぇー? そこいく?」


 琴葉は継続して俺のことを経験豊富な人であると思ってるらしい。

 恋愛経験から、まぁ、そんな大人の運動とかも……。だから二人っきりの時はこんな話題でからかってくる時がある。


 ん? もしかして……俺のぶどうちゃんを見てくるのも俺をからかってくるからなのか!?

 って、また見てきた! 気がする! つまり生理現象の誤解じゃないってことになる……。


「ふふっ。ひよりさんのお風呂姿を想像してたりしている可能性はあると思いまして。今ではひよりさんの頭を撫でる仲ですもんね?」

「なんて言いつつ、琴葉がいやらしい想像してたりして」

「確かにその可能性もまたありますね? ふふ」

「って、俺たちなんの会話してるんだか。しかも玄関で」

「ですね。そろそろやめましょうか」

「ああ」


 でもさぁ、みんな思わない? イチモツを想像しながら平常に会話できるのか? なんかメンタル的にキツいと思うんだよ。話し方はいつも通りで違和感もないし……。


 やっぱり、ハッキリさせるには最終手段を使うしかないか……。

 並大抵のことじゃ解決しない問題であるのは明白。

 だからこそ俺は最終手段と言う名の作戦があった。


 これで見てなければ俺の全誤解。そう判断していいほどの行動を取る。


「あぁー」

 唐突だとは思うが、俺は疲れた声を意図的に出した。


「お疲れですね?」

「今日はちょっと掃除してたら腰が凝ってさ。まだ23歳なのにこれだと今後が思いやられるよ」

「あ、それでしたらまた私がマッサージしましょうか?」

「さすがにそこまでしてもらうわけにはいかないよ。ほら、こうして腰を反り返らせたら楽になるからさ」


 これが最終手段。

「んん゛ー」

 俺は片手を腰に当てて軽く腰を反り返らせた。シルエットが浮かばないように本当に軽くだ! 

 そんな声を漏らしながら伸びをして目をつむる。そして、チラッと琴葉を伺った。


 この瞬間、俺はこんなことをしなければよかったと深く後悔した。


 確信、、したのだ。俺は。

 琴葉がしっかり見ていたから。ほんの少し前のめりになって、りんごの瞳を大きくして、口を少し丸く開けて……俺の大事な部分を。


「っと! ごめん。仕事終わりなのに立ち話を」

「蒼太さんとのお話は楽しいので大丈夫ですよ」

「それはどうも」


 確認が終わり、その言葉を最後にして俺は琴葉に背を向ける。

 おでこには冷や汗が流れ続けていた。


 ガ、ガッツリガチガチに見てんじゃんッ! しかも平気な顔して喋ってるし! な、なんだんだあれ!

 めっちゃ恥ずかしいって……。そ、そんなとこ見てくるのは……!


 土曜日、琴葉とサシでの飲み。

 なんかあるのではないか……と、思うには十分だった。








 琴葉の真の性格、バナナをメジャーで測り、正確に黒い暴君のサイズに見立てるようなスケベな所業を蒼太が知っていたのなら、もっと具体的な想像が立っていたのかもしれない。


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