第111話 一番の告白を
「蒼太さん。なにか……なにかがありました?」
「あっ、いや……なんでもないよ」
「そうですか? なんだかいつもと違う感じがします……」
これは17時過ぎにひよりからかけられた言葉。
「そーた、今日ちょっとぼーっとしてない? 大丈夫?」
「え、そう? 俺の中で普通だけど」
「ホント? なんかおかしい気がする」
これは19時前に美麗にかけられた言葉。
「蒼太さん。何か思い詰めたような顔をしてますけど……大丈夫ですか?」
「ん? あぁ平気平気。ちょっとこれからやることを頭の中で整理してただけだから」
「それならいいんですけど……」
そしてこれは19時を超えて琴葉にかけられた言葉。
時間は違えど同じように感じた入居者が3人もいる。こんな偶然が起きるとは考えられないだろう。詰まるところ蒼太に異常があるのはほぼ間違いなく……もう一人、この入居者も普段とは違う行動を見せていた。
それはこの寮の取りまとめ役、年長の小雪である。
小雪は蒼太の異変を感じ取っているのにも関わらず知らんぷりを続けているのだ。
そう、触れない理由は至極単純。この原因を作った張本人であるから……。
小雪は蒼太の反応を見て察していたのだ。
『ネックレスを贈る意味を調べた』のだろうと。冗談だと思った話が実はそうではなかった。その理解に追いついていないのだろうと。
二人っきりの中で行なったアタックだからこそ、状況を知らない入居者が違和感を覚える現象が起きている。普段とはどこか違う空気が寮内に漂っていた。
そんなおかしな環境下ではあるも、もう一人の入居者、咲は流れるがままに身を任せていた。咲からすれば疑問も違和感も何も抱いていないのだから。
あの時、廊下で聞き耳を立てていたことで全ての状況を理解しているのだから。
できた構図は3対3。状況を把握する者としていない者が半分。
平均を保つこの構図だが数時間後に崩れをみせることになる。
蒼太と
****
「夜も遅いのに時間を作ってくれてありがとうございます、蒼太さん」
「いや、この時間はまだ起きてる時間だから大丈夫だよ」
夜の23時過ぎ。入居者が寝静まるこの時間に蒼太と琴葉は集まっていた。
こうなったもちろん経緯はあり、
『23時から少しお話しできませんか?』と琴葉からの声かけが入ったから。
そこからの予定を合わせ、今こうした状況が作られたのだ。
「……って、琴葉は平気なの? 明日も朝早いでしょ?」
「もちろん平気ですよ。朝は得意ですし、
「その
「はい。と言っても蒼太さんがメインのお話をさせてもらいますけど」
「お、俺の? 琴葉の話じゃなくって?」
「そうです。もうこれを言えば察しがつくかもですが……そしてお節介になること申し訳ないです」
その謝罪が入ったすぐのこと。話は進むことになる。
「では早速なんですけど、今日は本当に何があったんですか?」
「っ」
前置きは無いに等しかった。誤魔化しを考える時間を与えないようすぐに本題に移した琴葉なのだ。
「もう蒼太さんとは長く関わらせてもらっているんです。悩みを隠していることはわかりますよ。ひよりちゃんと美麗ちゃんからも『なんだかおかしい』みたいなことを言われていたようですし」
「あ、あはは。やっぱりその話か……。琴葉は数回聞いてくれたしね……」
蒼太自身、あれで誤魔化せたとは思ってはいなかった。時間の経過があっても同じ内容を飛ばされたのだ。気持ちの切り替えができていないというのは当たり前にできる判断だ。
「普段ならこんなに追求をしたりはしません。でも、蒼太さんにはもうあまり時間が残っていないじゃないですか。最後くらいは蒼太さんが頑張ってきたことに対するお礼をさせてください」
「琴葉……」
「言えないことであればぼかしてもらって全然構いません。だから……話してほしいです。一人で悩みを抱え込むのは本当に大変なことです。それは蒼太さんも知ってることだと思います」
「……」
琴葉は冷静で上手に立ち回っていた。諭すように言葉を紡いでいるのはもちろんのこと、話しやすい条件をつけて感情を揺さぶることまで行っている。
いくら頑固な人間でも、このような言葉選びをされたのなら頷く以外にはないだろう。
「私は蒼太さんの助けになりたいです。ダメですか?」
「ははっ、そう言ってくれると嬉しいなぁ……。それじゃあ少し濁すところはあるけど話を聞いてもらっていい?」
「はいっ。それで何があったんですか? 他のみんなからも声をかけられていた辺り相当のことがあったんだと思いますけど……」
誤魔化すこと。隠すこと。しらばっくれること。
これは蒼太がよく行うこと。普段ならバレることも少ないが今回だけは違うのだ。
「えっと、まずは琴葉に一つ聞いておきたいんだけど……」
「はい?」
「琴葉はネックレスを贈る時の意味を知ってる? イメージでいうと花言葉みたいなやつなんだけど」
「もちろん知っていますよ。贈り物をする際に失礼にあたる品もありますから。輪っかものだと相手を独占したい、傍にいたい。一緒に過ごしたいのような意味がありますね」
「……や、やっぱりそうなんだ」
さすがは受付嬢として働く琴葉である。贈り物の意味を完全に理解している。蒼太側からはネットからの情報が正しかったんだと知る。
「もしかしなくても贈られたということですか?」
「う、うん。そうなんだ。俺はその意味を知らなくて、プレゼントされた女性から調べるようにって言われてさ。後で調べてビックリして……それってつまり好意を伝えてくれたのかなってね?」
「……」
「あっ! ごめん、ここの入居者からもらったわけじゃないから!」
琴葉の表情に険が差したような気がした蒼太は、すぐに嘘を織り交ぜながら強引に入れ込んだ。
これは琴葉が気を遣わないためにも、小雪が過ごしやすい環境を作るためにも必須なことだろう。
「ん……そうですね。好意を伝えていることに間違いないかと。そうした意味で渡したからこその促しでしょうから」
「だ、だよね」
「あとは蒼太さん次第でお付き合いをするかどうかが決まると思いますけど……何か思うことがあるんですか?」
蒼太の表情や今までの態度を見ればわかるだろう。即答をしようとしているわけではないことに。むしろ遠慮の気持ちが前に出ていることに。
「えっと……よく関わってる女性からだから困惑してるっていうか。ほら、まだ本当に好意があるかって言われたら曖昧なところではあるし、接し方が難しくなかったんだよね……」
「あの、答えづらいことを聞いてしまうんですけど蒼太さんは付き合おうとは考えていないんですか……?」
「うん。少なくとも俺が管理人をやめるまでの間は交際のことは考えないようにしたいから。仕事を任されてる側だから支障が出るようなことはできないんだよね」
「……そう言うことでしたか」
これは蒼太が一番に譲れないところ。何を言われても絶対に首を横に振ること。祖母から母親、この流れで渡された仕事だからこそ手を抜くようなこともできない。
「となれば、もしかしたらお相手さんはそのことに気づいて匂わせたのかもしれないですね」
「匂わせって言うか、もうバレさせようとしてる気もあるけどね……。それにもし本気だったらいつ返事をすればいいのかもわからなくて……」
「そこは気にしなくていいと思いますよ? 蒼太さんのことを知っている相手であれば急かすようなことはしませんし、返事を要求するよりも待つという選択を取ると思いますから」
琴葉は気づいた。管理人を務めている間は誰とも付き合う気がない蒼太なのだと。どんなに想いを伝えたとしてもシャットアウトをするつもりなのだと。
管理人を全うする。この優先順位は狂いようがないのだと。
「私の考えですが、蒼太さんは相手からの反応があるまでは普段通りにするのが一番だと思いますよ。その方が相手も気を遣わないですし、もし返事を促された場合には『管理人をやめるまで待ってほしい』と素直な気持ちを言えばいいと思います。そこで蒼太さんの意見を尊重しない相手なら見切りをつけてもいいくらいです」
「……言うね?」
「好きであればずっと待つことができますから」
「なんだかその言葉には救われるなぁ……。ありがとう。じゃあそのようにしてみるよ。実際その行動が俺にとっての一番でもあるから」
結果的に先延ばしになってはいるが、逃げているわけではない。真剣に向かい合うための行動なのだから。
「でも……あれですね、その女性はとってもずる賢いですね。そこまで匂わせるのならもう言ってほしいと思いませんか?」
「あ、あはは……。それはちょっと思うかも。今日はずっとその人のことばかり考えてたぐらいだからね……」
「それが匂わせの効果なんですよね。意識をしてもらうために女性がよく使う手段です」
「へ、へぇ……。そんなのもあるのかぁ……」
『好きなのか』『そうじゃないのか』その瀬戸際を与えることによって相手は悩むことになる。
悩めば悩むだけその人物のことを考えてしまう。意識してしまう。それがこの匂わせ効果の最大のメリット。
「でも、匂わせはいいことばかりじゃないんです。相手をずっとモヤモヤさせてしまうので無意識に負荷を抱えるんです。モヤモヤを解消しようと考えるからこそ集中力も続かなくなる。それが私やひよりちゃん、美麗ちゃんからつっこまれた原因ですね」
「な、なるほどね……。もう出す言葉がないよ」
心当たりがたくさんあったのだろう、クスッと苦笑いをこぼす蒼太だ。
固い表情が少しだけ緩まり心に余裕が作れたことに違いない。
それはリビングの空気を柔和にする要因であり、琴葉をとあるペースに乗せるキッカケでもある。
「でも、その女性は酷いですね。ただでさえ忙しい蒼太さんにこんな負担を強いるなんて」
今の今までゆったりと落ち着いて話していた琴葉だが、その内心は焦りでいっぱいだった。
そう……琴葉は先を越されていることを知ったのだ。ネックレスというプレゼントを贈った人物に。その心当たりのある女性に……。
「私でしたらそんな負担をかけさせたくないのでちゃんと伝えますのに」
「ん?」
「……毎日毎日お仕事を頑張っている、気遣いができて優しい蒼太さんが
『好きな人を取られるかもしれない』
そんな危機感は人を強く動かす。
一歩踏み出すことができない、そんな壁を容易く壊すことができる。
琴葉は頰を赤らながら優しい微笑みで伝えたのだ。
「おっ、ちょ!? な、なにいきなり……! そんな告白みたいに言われると照れるって……。そんな冗談はやめてよ……」
「本当、急ですみません」
「本当だよ! あー、やばい。ほら、もう心臓バクバクしてるよ……。早く照れを冷まさないと……」
両手をパタパタとして風を送っている蒼太だが、琴葉は目立ったアクションは起こしていない。強いて言うのなら顔にじわじわと赤みを増しているくらいだ。
「蒼太さん。照れてくれて私は嬉しいです。私は冗談なんかで言ってませんから」
「…………え?」
「本当に私は大好きですよ、蒼太さんのこと。管理人さんとしてではなくて、一人の男性として。あなたとお付き合いがしたいです」
「……」
「……」
半開きの口をしたまま目を見開いている。石のように固まる蒼太だが……琴葉はそうではない。
『言っちゃった』というように頰を掻き、それでも熱視線を蒼太に注いでいる。
聞こえるのは時計の秒針が進む音だけ……。
「こんな子どもみたいな容姿をしてる私を蒼太さんは異性として見てくれないかもですけどね……。でも、だからこそ早く言わなければって思いました」
「え、あ……あ!?」
「……それでは、シラフに戻りそうなのでそろそろわたしは失礼しますね。もう穴があったら入りたいくらいに恥ずかしいですから」
動揺から頭を真っ白にさせている蒼太を他所に、琴葉は立ち上がる。
リビングから廊下に出るその扉に立ち、ジト目で振り返った。
「蒼太さんはこの贅沢な悩みに苦しんでください。せいぜい苦しんでください。全部全部モテてしまうのが悪いんですから」
「……」
蒼太さんが頑張りに対するお礼は匂わせの件でもう終わりなのだ。
悪意のないニッコリの笑顔に変えた琴葉はドアノブを下げる。
「このお返事は蒼太さんが管理人をやめた後で構いませんから。……では、明日から
それが二人のやり取りの最後。
『おやすみなさい』と蒼太に挨拶してリビングから出た琴葉だった。
——
————
その二階である。琴葉が階段を登ったすぐ角で……とある人物が待ち伏せをしていた。
「あら、二人っきりの時間を作って抜けがけかしら。琴葉?」
「さて、抜けがけをしていたのはどちらですかね。先手を打つのが早いんですから。ユキちゃんは」
「ふふっ、ズルいとは言わせないわよ? これも作戦の一つなのだから」
「別にそんなことを言いたいわけじゃないですよ。ただ……ユキちゃんにしては弱い先手を打ったんだなと思いまして」
「えっ……?」
「何とは言いませんけど、私は匂わせませんでしたよ。そっちの方が効果的ですし、強く映りますからね」
「——っ!?」
得意げな表情を作っていた小雪の顔が曇る。
その一方で赤くなっている耳を髪で隠しながら薄っすらとしたどやぁ顔を浮かべる琴葉でもあった。
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