第24話 ひよりとポンコツ
「ただいま帰りましたー! あとおなか空きましたっ!」
次の帰宅者が現れたのは1時間後の18時40分。
日も暮れ始めた頃だった。
「おかえりひより。ご飯はもう出来てるよ」
「わー! ありがとうございますっ! 実は今日のご飯も楽しみにしてて……」
頰を掻きながらはにかむひよりである。
「そう言ってくれるのは嬉しいけどあんまり期待しすぎないようにね? 時には嫌いな料理も出てくるだろうし……」
「そ、その時はその時ですよっ!」
「じゃあ今のうちに聞いておこうかな。ひよりの嫌いな食べ物は?」
「しいたけが一番苦手ですっ!」
「う、嘘でしょ!?」
まさかの発言を聞いてしまう蒼太。今日の夕食には煮物——つまりそう言うこと。
「お、驚くほど珍しいですか……ね?」
「いやそうじゃなくって……今日出てるんだよ。しいたけ」
「え?」
「うん、本当に。凄いよジャストミート」
「ぇ、えええっ!? ま、まさかのですか!!」
蒼太はひよりの苦手食材を当て、ひよりは当てられる。お互いにびっくりだろう。
「そ、そそそれはしいたけの中でもまるまるしいたけですか!?」
「まるまる?」
「あれです、もう丸い形をそのまま使った料理です! しいたけがメインになった料理と言うんですかね!?」
「あー、そう言うわけじゃないよ。カットしたしいたけを煮物と一緒に入れてるって感じなんだけど……しいたけの出汁が効いたのも苦手?」
「そ、そこは平気です! ひよりが苦手なのはブニってなるあの食感です……」
しいたけ本体は苦手だが、出汁などの味は平気だとのひより。味はともかく食感が駄目なのだろう。
「それならよかった。しいたけを抜きにしたら不自由なく食べられるってことだもんね? 今日の煮物は自信作だからどうしても食べてほしかったんだよ」
「え、えっと、いいんですか!?」
「逆にその『いいんですか?』が俺には意味わからないけど……」
「好き嫌いをなくすために食べさせるとか……しません?」
「いや、そこはひより次第じゃない? もういい年してるんだしそこは俺が干渉するところじゃないよ」
「バッサリですね!? い、今までは嫌いなものでも『一つは絶対食べなさい!』ってママに教えられてきたので蒼太さんもそんな風にするのかと思ってました……」
どこか意外そうに、そしてホッとしたように息を吐いたひより。それくらいに強敵なのだろう。キノコ——しいたけは。
「そっか。ひよりの親御さんは立派だね」
「えっ!? む、無理やり食べさせるんですよ!? 好き嫌いは悪いことですけどちょっと酷くないですか!?」
「多分だけど『好き嫌いが悪い』ってのは言ってないと思うよ? ひよりの親御さんは」
「え……うーん。お、思い出せません……」
ここまでの話を聞いてそう思う蒼太である。
ひよりが20歳を越え、完全に独り立ちをした時には親の偉大さを理解することになるだろう。お金を稼ぐ大変さや、一つ一つの教育の理由に。
「俺なりの考えを言わせてもらうけど、『一つは食べろ』って教育があった理由は好き嫌いを直させようとさせたわけじゃないと思うよ。言葉通り、苦手なものを一つは食べられるようにするため」
「……ん?」
「これから先の話になるけど、会社の先輩にお呼ばれされた時に苦手な料理が出てきたとします。その時に一口も手をつけなかったら相手に失礼でしょ?」
「あっ、な、なるほど……」
「あとは相手から料理をよそってもらった時に苦手な料理が入っていました。それだけを残すのも失礼に当たる。だから一つは食べられるように練習をさせてたんだと思うよ。もしこの教育をしなかったら苦手な食べ物は口に入れないって行動に出るだろうし」
「……っ、そ、そう言うことでしたかぁ!」
将来を見据えた教育。社会に出ても生きていける教育。
蒼太の言葉を理解したひよりは蜂蜜色の瞳をキラキラと輝かせた。
「まぁこれは俺の予想だから本当の意味を知りたかったら両親に聞いてみるのがいいと思うよ」
「そ、そうですね……っ! で、でもそうだったらママパパは凄いなぁ……」
ひよりの良いところはこうした真っ直ぐな気持ちを口に出せることだろう。尊敬の気持ちは人を成長させる。大人になった時のひよりが楽しみである。
「まぁ好き嫌いがないのが一番だけど、それは難しいことだしね。ひよりが食べたいように食べてもらっていいよ。料理を作る身としては美味しく食べてもらうのが一番だから」
こうして得意げに語る蒼太だが料理を作り始めて
反抗期の頃、苦手な食材が一つしか入っていない料理に『これいらん!』などの声を上げてしまったことを。また、手を一切つけなかったこと。
仕事を終え、疲れた体にムチを打って一生懸命に作ってくれた母。美味しく食べてほしいとの思いが
料理を出す側になって身に染みる。
あの言動に傷を負っていないはずがない……と。それなのに平然と振舞っていた姿を忘れたりはしない。ただただ感服だった。
「そ、蒼太さん。ひよりしいたけ食べます!」
「無理しなくていいよ? まだひよりの皿に盛ってるわけじゃないから失礼もないし」
「食べないとパパママがしてくれた教育を無駄にしてしまいますから! なので食べます!」
「そっか。それじゃあ煮物はひよりが自分で注ぐように。食べられるしいたけの大きさを厳選したいだろうしね」
「は、はい! ありがとうございますっ。それでは一旦、制服を脱いできますね!」
「シワにならないようにしっかりハンガーにかけるようにね」
「もちろんですっ!」
苦手なものを食べる前であるにも関わらず、さらなる元気をつけているひより。
少しでも両親に成長した姿を見せたい……そんな思いがあるのだろう。
「あっ、ひより」
「な、なんですかっ!?」
階段を上っていこうとしたひよりを蒼太は寸前で止める。
「美麗さんのことなんだけど……」
「あっ、軽食の件ならしっかり届けましたので安心してくださいっ」
美麗に聞こえないように声を抑えて伝えてくるひより。
「もう一つ、渡す時に怪しまれたりした?」
「あー、いくつか質問されたんですけど完璧に回避したのでバレてないはずですっ。ひよりこう言うのは得意なので!」
「そっか、ありがとう」
「じゃあ着替えてきますー!」
そうして二階に上がって行ったひより。その後ろ姿を見ながら頭を回転させる。
(ひよりが完璧に回避しても俺が軽食を買ったってことはバレるのか……)
美麗から渡された700円はあの軽食代。
(これはかなり慎重にいかないとだな……。変な
このことから美麗の鋭さは長けていると確信に近い予想をする。
だが、蒼太は知らない。
『完璧に回避した』と勘違いし続けているひよりがポンコツをこいたことにより、この事実はバレたのだと。
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