第127話 書籍発売日10/20 小雪その①

「ふふっ。わたしがソウタさんの一番を取ったのは、ちょっと大人げなかったかしら」

「あはは、そんなの気にしなくていいと思いますよ。ジャンケンは運ですし」

 蒼太の隣に並ぶ小雪は勝利を収めたパーの手を作り、ひらひらしながら微笑んでいる。


 今、蒼太は小雪と二人っきり。

 このように時間を決めて一対一で祭りを回ろう、となった理由は一つ。

『アタシってか、みんなもそうだと思うけど……。コイツと二人で回る時間、作ってくれたら……嬉しいって言うか……』

 美麗がこのように提案し、全員が賛成したからだった。


「あら、実際のところジャンケンは運だけじゃないのよ」

「そ、そうなんですか?」

「ええ。知り合いが相手で、負けたくない勝負だったら性格の探り合いね。もちろん絶対とは言えないけれど……ひよりは純粋で真っ直ぐな子だから、『最初はグー』の声かけのままグーを出して、一番最初に負けたでしょう?」

「あれは偶然じゃないんですか!?」

「んー。偶然が3割くらいかしら。わたしも、琴葉も、美麗も、ひよりの手は読んでいたと思うわ」

「な、なんとまあ……」


 蒼太はその時のジャンケンを鮮明に覚えている。

 一発目から勝負が決まったのだから。ひよりがグー。他全員がパーという珍しい結果ということもあって。

 偶然だと言えばそうかもしれないが、勝負が決まった時の三人は作戦が決まった時のような嬉し顔だった。……ような気もする。


「『そんなぁ〜』って悲しそうにしてたのは申し訳ないけれどね」

「なんだかその話を聞くと、大人げなさがある気もしますね」

「そうでしょう? ……ただ、それくらいソウタさんの一番を取りたかったの。悪く思わないでくれると嬉しいわ」

「いえ、そんなこと思いませんよ。むしろありがとうございます。気を遣ってもらっちゃって」

 いい思い出になるようにと立ち回ってくれている。小雪の性格ならそうだろうと思っていた蒼太。

 だが、この考えは的外れだった。


「もう……。ソウタさんは鈍いわよね。わたしは気を遣ったわけじゃないわよ。気を遣っているなら、本気でジャンケンを勝ちにいくことはしないもの」

「えっ?」

「そのままの意味で受け取ってちょうだい。『それくらいソウタさんの一番を取りたかったの』ってこと」

「……」

 身長差がある分、上目遣いでこちらを見てくる。……小雪の頬がほんのりと赤に色づいているのは気のせいだろうか。

 そのまま受け取れば、大人げないと思われても一番を取りたかった、となる。


「……」

「……」

 お互い、数秒の無言。

 変に想像した瞬間だった。体全体にむず痒さと妙な恥ずかしさが襲ってくると共に、言葉にするには難しい空気も漂う。

 とりあえず話題を変えようと頭を働かせれば、この思考を読んだように小雪は口にする。


「時間が決まっているのは残念だけれど……なんだかデートみたいよね。一対一でお祭りを回るって」

「は、恥ずかしくなること狙って言ってません……? そんなこと言われたら変に意識しちゃいますよ……」

 祭りの雰囲気。カップルの多い屋台通り。小雪の近い距離感。意識しないのは無理に近い話。


「ふふっ、意識してもらった方が好都合よ。その方が周りにも馴染めるでしょうし、もっと楽しいわよ」

「そ、そうやってからかうんですから……。ぎこちなくなってもいいんですか?」

「ええ、もちろん。寮ではとっても大人っぽいから、年下らしいところを見られるチャンスだもの」

「カッコ悪いところはできるだけ見せないようにしているんですけど……」

「わたしがあなたの年上だからかしらね。ソウタさんのカッコ悪いところ、可愛らしく見えるわよ」

「ッ」

 完全にペースを握られている蒼太。

 この現場だけ見ると、蒼太が管理人で、小雪が入居者だという立場には見えないだろう。


「と、言うことで……わたしとデートをすると思ってくれるかしら。いきなり管理人をやめると告白して、こんな機会がもう得られるかわからないとわからせてきた……こっぴどいソウタさん?」

「あ、あはは。それは本当にすみません」

 こう言われれば負けである。苦笑いを浮かべながら彼女の提案を受け入れる。

 デートみたいと言われれば確かにその通りで、その方が楽しいと言う言い分も、『こっ酷い』との言い分も間違ってはいない。

 断る理由はなにもなかった。

 そして、この条件を呑んだからこそさらにペースを握られてしまう蒼太だった。


「……それにしても意外じゃなかったですか? まさか美麗があんな提案をしてく——」

「ソウタさん? しっ」

「ッ!?」

 この言葉を口にした時だった。

 隣にいる男、蒼太の右袖を掴んで動きを静止させた小雪。

 蒼太の口元にしなやかな人差し指を近づけ、最後まで言わせなかった。


「今だけはわたしのことだけを考えて。ね?」

 ペロリと、舌先を見せてウインクを見せた小雪は妖艶に表情を崩した。こんな面様は今までに見たことなく、彼氏にしか見せないと頭の中で理解したほど。


「返事はいい?」

「あっ、はい。わかりました」

「ふふっ、じゃあ……はい。せっかくだから手も繋ぎましょうか」

「ええっ!?」

「ほら、早くしないと周りから注目も集まるわよ?」

「あっ、ああ……」

 こんな急かし文句を言うことで、蒼太に考える余裕を与えさない小雪。

 差し出した手はすぐに結ばれ、月明かりと屋台の照明が、繋がった影を生み出す。


「さて、いきましょうか」

「そ、そうですね……」

 場を支配されているのは年上の力だろう。

 白魚のような小雪の指は、ひんやりと冷たく……余裕たっぷりに見える彼女の両耳は、熱がこもったように真っ赤になっていた。

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