第128話 書籍発売日10/20 小雪その②

「久しぶりだわ、本当……」

「お祭りに足を運んだことが、ですか?」

「ええ。正直な話、何年前にお祭りにきたのか思い出せないくらいなの。だから本当に新鮮で楽しいわ」

 普段から落ち着き払い、大人な小雪であるが、今日は少し違っていた。

 瞳に光を宿らせて足取りを軽くしている。いつもより表情を柔らかくしている。さらに手を繋いでいることで視線が多く集まっている。


「小雪さんのことですから、いろんな男性からお誘いされてそうですけどね?」

「ふふ、確かに誘われたりはするけれど、全部一対一だから断っているわ」

「え? それはダメなことなんですか? 自分的には小雪さんのことが気になっている方な気がするんですけど」

「なんて言うか、下心も見えているのよね。お祭りが終わったら……どうするって。確かに定番の流れかもしれないけれど」

「ああ……」

 眉を寄せながら『ホテル』を匂わせた小雪。やはり彼女を狙っている男性は多く、返事に困る内容である。


「と、これは半分口実なの。……本当は男性との一対一が好きじゃなくって」

「なるほど。そう言うことですか」

「そうなの」

「……」

「……」

「え?」

「ふふ、どうかしたの?」

「いや、どうかしたのじゃなくって……」

 普通に話す彼女に最初は納得したが、すぐに引っかかりを覚える。


「な、なんかすみません。小雪さんが苦手なことさせちゃって」

 この状況は正しく一対一。苦手なことをしていることになる。

「もう……。本当にわかってないのね」

「えっ?」

 ボソリと。その小声は蒼太には届いていない。


「本当に嫌なことなら一番にソウタさんとデートしようとは思わないし、断っているわよ。お誘いしてきた男性と同じように、『心を奪われた彼がいるから』って」

「そ、それって……」

「さて、どう言う意味かしらね」

「ッ!? ちょっともう……」

「ふふっ、ごめんなさいね」

 口を開こうとした瞬間だった。小雪は握っている手に強弱をつけ、にぎにぎと動かしてきたのだ。

 ただ手を繋いでいる。それだけだが、こうしたことをされ、あの話の流れだとどうしても動揺してしまう。


「そんなに可愛い反応をされると、どんどんからかいたくなっちゃうわね」

「からかいすぎると逃げ出しますよ。自分」

「あら、対策はバッチリよ。ちゃんと手綱は握っているもの」

「あ、相変わらず抜け目ないですね」

「本当に慣れていないのね? こういうこと。彼女がいた経験はあるでしょうに」

「……管理人の自分が言うのもなんですけど、相手が悪いんですよ」

 これは悪い意味で言っているわけではなく、いい意味で言った言葉。

 褒められていることを理解した小雪は、当然と言わんばかりにツッコミを入れるのだ。


「『相手が悪い』だなんて言うと、また攻められるわよ? どう言う意味かしら、って」

「……」

「ねえ?」

 得意げに、嬉しそうに、からかうように、ピンク色の唇を上げて。

 小雪としては蒼太の焦りようを見てもっと楽しみたいのだろう。

 リードを取り続けたいのだろう。


 しかし、先ほどのやり取りのおかげで少しずつ免疫がついてきた。年下と言えど、やられっぱなしの蒼太ではない。

 こちらも当たり前と言わんばかりに堂々と口にする。


「そんなに知りたいなら言いますけど……とても美人で、優しくて、頼り甲斐があって。そんな小雪さんと手繋ぎこんなこともして、自分にがあるわけないですよ。職業柄、入居者さんのいいところはたくさん見てますから」

「っ」

「言葉でからかわれるくらいなら、多少なりには対応できてたと思いますけど、そんな方から手繋ぎこれをされたら別です」

 反撃の一手。

 今まで小雪が力を入れて蒼太の手を離さないようにしていたが、ここで形勢が変わる。

 慣れない反応をした理由を説明し、蒼太は彼女以上に繋がれた手に力を込める。


「少しは自分の気持ち、わかってくれました?」

「ドキドキするって……ことかしら」

「で、ですよ」

 突然と聞こえた扇情的な小雪の声に、思わず口ごもってしまう。


「っと、不祥事のことを考えると、入居者を異性として見るのは間違っているんですけどね、あはは……。なのでデートしていることも、さっき言ったことも母さんには内緒でお願いします。二人だけの秘密と言うことで……」

 少し冷静になった蒼太はすぐに手の力を緩め、屋台に目を回す。

 恥ずかしさが襲ってきたのは言うまでもなく、不意打ちと言う名のカウンターを食らった小雪も同じこと。

 手櫛で髪を流し、赤くなった横顔を器用に隠している。


「なんだか……変な気分になってるわね。わたし達。お祭りの気分にやられているのかしら」

「全部小雪さんが発端ですよ?」

「本心で褒めてくるソウタさんもソウタさんよ……」

「……そ、それはなんかすみません」

「べ、別に謝ることはないわ。嬉しかったもの……」

 そんな会話をする二人は、首を左右に向けて顔を逸らしていた。


 もしこの現場を作者が目撃していたのなら、蒼太のお尻に蹴りを食らわしているかもしれない。

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