第20話 ひより、美麗の学校

「ねー! みんな知ってる!? 来週、Dellの新色マニキュア出るんだって!」

「ウッソ!? それ何色!?」

「ワタシも気になるー!」

「ゴールドパールぎっしりのメタリック! でもギラギラしすぎてないやつ!」

「うん、もう買うそれは!」

「何千円ー?」

「3000円!」

「ワタシも買う!」


 そんな女子らしい会話に包まれているガヤガヤとした明るい教室。

 現在は1限目終わりの休み時間である。


「次の授業は数学……。はぁ、めっちゃ苦手なやつじゃん」

 二時限目の時間割が貼られている黒板を見てため息を吐く美麗は引き出しから数学の教科書とノートを取り出していた。


「美麗ってば数学全然できないもんねー、あと英語」

「数英とかマジで意味わかんないじゃん? 頑張って理解しようとはしてるけどさ」

 そして隣席にいる友達の鈴音に話しかけられ、美麗はトゲのない態度で話を広げる。相手が同性である分、あの症状は発生しないのだ。


「大学入試は数英が重要になるらしいよー? 今のうちから頑張んなきゃ」

「そ、それは分かってるけど……」

「でもやる気は出ないよねー。受験もまだまだ先だし謎の余裕があるっていうか!」

「それ。将来の夢も決まってるわけじゃないしね」

「美麗は大学に行きながらアパレル学ぶとかでもいいんじゃない? 服とかめっちゃオシャレだし正直、興味はあるでしょ?」


 もう高校3年の春。将来の夢、進路を見据えて勉強に取り組んでいる時期。塾でもピリつきのある空気が漂いだす時期でもある。


「まぁ服は好きだけど……接客苦手だし」

「ははっ、そう言えば男嫌いだったねー美麗は。可愛いんだからもったいないのー」


 この学校で美麗の過去を知っているのはひよりだけ。事情を何も知らない鈴音の一言が美麗の思考を露わにする。


「いや、別にアタシはもったいないとは思わないけど。男には力じゃ敵わないし、信用してた人でも何してくるか分かんないし……。関わらない方がマシ」

「えー、それはかなり思考偏ってない? 怒っても理性ある男子はいるって!」

「……それは分かってるよ。分かってるけど信じられるほどアタシは強くないの。全員が全員そんなわけじゃないんだから」

「んまー、裏切られる時とかを考えて最初から距離置く人もいるもんねー。美麗はそっちタイプってわけかあ」

「そんなとこ。恋愛にも興味ないしこれでいいってわけ」


 まだ立ち直れていない状態で、もう一度あんなことをされたら美麗の心は間違いなく崩壊するだろう。自衛で精一杯であることは自身でも理解していること。


「でも、うちの女子校の容姿ツートップに彼氏いないのは珍しいよねー。姉御あねごの美麗に妹御いもごのひよりちゃん。どっちが先に彼氏できるかとかよく噂されてるくらいだし」

「毎回思ってるんだけどその姉御と妹御ってどう言う意味? 別にひよりとは姉妹でもない」

「簡単に説明すると二人は同じ寮に住んでて、美麗は人を引っ張っていく姉のような性格、ひよりちゃんは人を支える妹のような性格。容姿ツートップだからそこに御が付いて姉御あねご妹御いもご


 両手を使ってなんとか分かりやすく説明する鈴音。

 妹御いもうとごではなく『いもご』。呼びやすいために女子校ではこの省略形が使われている。


「そもそも先にどっちがカレシできるかとか、そんなの比べるのはひよりが可哀想じゃん……」

「え? カワイソウって?」

「容姿以前にアタシは性格悪いんだから、誰にでも優しいひよりと比べるのは場違いって言いたいの。ひよりの圧勝なんだから」

「んー!? 美麗ちゃんは優しいじゃん!? それで優しくないって言うのはおかしいよ!?」

「それはアタシのプライベートを見てないだけ。実際は八つ当たり……酷いことばっかしてるんだから」

「絶対信じないー!」


 学校での美麗の姿と寮での美麗の姿は全く別物。信じられないのは当然。


「いつかは分かると思うよ。……悪いことしてたら帰ってくるもんだしさ」

 ……苦笑いを浮かべた美麗が意味深に呟いた矢先である。


「美麗ちゃーん! ひよりがきたよ〜!」

 ざわざわした教室でもなおいっぱいに広がる声。そしてドンドンドンドンと早足で美麗の教室に入ってくるひより。

 さぞ当然のように入ってきているが、ひよりのクラスは別である。


「でた妹御いもごのひよりちゃん! それじゃ、お邪魔虫の私は一旦退却するよ」

「別に気にしなくていいのに……」

 ツートップの完成に自席でつっぷした鈴音。邪魔をしないように完全にラインを断ち切る。美麗が一人になったそのタイミングで降臨するひより。


「朝ぶりだねっ! 元気してた!?」

「元気してるし相変わらずだねひよりは。で、どうしたのよいきなり。休み時間ももうすぐ終わるし早くしないと次の時間遅刻するよ」

「あっ、じゃあ本題! 美麗ちゃんに渡すものがあって! 朝渡すの忘れてたから!」


 教室に備えられた時計を見てハッとしたひよりは早口になって言う。残り時間は5分。遅刻には厳しいこの学校だからこそ焦るのは当然である。


「アタシに渡すもの……?」

「うん! じゃじゃーん! 軽食でーす!」

 ニッコリ笑顔を作ったひよりは背後に隠したコンビニ袋を美麗に見せた。


「え、なんで軽食……?」

「だって美麗ちゃん朝ごはん食べてなかったでしょ? だから軽食! はいあげる! ちゃんと食べてね!」

「あ、ありがと……」

 ひよりから軽食を受け取った美麗は袋の中を覗き込んだ。そこにあるのはおにぎりが二つ、カロリーメート、ウイダーインゼリーである。


「じゃあひよりはこれで!」

「待ってひより。一つ質問」

「っ!?」

「これは誰が買ってきたの?」

 足早に去ろうとしたひよりを引き止め、美麗は鋭い翡翠の眼光を見せて、疑問からの追求を始めた。


「えっ!? えっと……も、もちろんひよりだよ! ひよりしかいないもん!」

 責められるひよりだが、蒼太からお願いされているのだ。

『これはひよりが買ってきたことにしてくれ』

『俺が買ってきたとかなったらどんだけお腹が減ってても食わないと思うんだよ。念には念を入れときたい』……と。そのお願いを忠実に守るのだ。

 全ては朝食を抜いている美麗にご飯を食べさせるために。


「ふーん、ひよりがねぇ……。で、いつ買ってきたのこれ。一緒に登校した時コンビニには行ってないよね」

「そ、それは……け、今朝だよ! 今朝! 美麗ちゃんがお部屋にこもってる時に!」

「そっか。じゃあ次が最後。この軽食の合計金額は? 端数まで教えて」

「ご、ごごご合計金額!? 端数!? え、えっと、えと……500円くらい! うん! 530円っ!」

 このあからさまなテンパり。蒼太も予想していないポンコツ具合を見せてしまっている。


「そう……分かった。わざわざありがとねひより。助かった」

「ど、どういたしまして! ではでは今度こそこれで!」

 そして、これ以上の追求を避けたいように大慌てで教室から去っていったひより。


「ひゅ〜、優しいねぇひよりちゃんは。朝ごはんを抜いた美麗を心配して買ってきてくれたなんて。さすがは妹御!」

「どうだろうね、それは」

「えっ?」


 顔を上げた鈴音に軽く言葉を返す美麗は、ひよりから渡された軽食を机上に並べながらスマホを手に取った。

 すぐに電源を入れWebページに飛び、高速フリックで検索していく。


『ツナマヨおにぎり 値段 サブンイレブン』

『鳥五目おにぎり 値段 サブンイレブン』

『カロリーメート 値段 サブンイレブン』

『ウイダーインローヤルゼリー 値段 サブンイレブン』

 そして計算機アプリを使って計算。

 合計金額は679円。ひよりが口に出した数とは大きな差額がある。


(はぁ、そんな根回しいらないっての……。そこまでしたんなら堂々と手柄にしなさいよ。……このお金、どうやってアイツに返せばいいのよ……)


 ひよりの反応を見て、嘘だと気づかない者は誰一人いない。


 美麗はバックから財布を取り出し、このお金を使わないようにと700円を抜いた。

 左のポケットに500円。右のポケットに200円を入れた美麗はピンク色の触覚を捻りながら今一度ため息を吐くのであった。


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