第7話 side蒼太とひよりの頑張り

 俺は今、底知れない女の子……ひよりと対面している。

 初対面でバイクの転倒ジョークは本当に笑えない。ってかこのどすこいアタックはなんなんだ……。初対面でいきなりこの距離感を作れるなんて凄すぎる。

 俺には絶対に真似できないことだろう……。

 

「あっ、ひよりはひらがなでひよりって書きます! えっと、あなたのお名前聞いていいですか?」

「広瀬蒼太だよ」

「じゃあこれからよろしくお願いしますっ、蒼太さん」

「うん。よろしくひより」

 って、この子の距離感が近すぎるから無意識に呼び捨てで呼んじゃったよ。管理人ってさん付けが普通なのに……。

 でも、さすがは壁のない性格。呼び捨てにされても気にした様子はなかった。


「あの……これを言ったら失礼かもなんですけど、蒼太さんは理恵さんとあまり似てないんですね?」

「あー、父寄りの顔だってよく言われてたよ」

「やっぱりそうだと思いました! じゃあ……お父さんもかっこいい方なんですねっ」

「……」

 本当、なんなんだろうこの子。そんなポロっと言えることじゃないでしょ今のセリフ……。

 照れた様子もないし平然と言ってるし……。これはあれだなぁ、無意識に男を惚れさせてるタイプ。

 

「まぁ、とりあえずその制服脱いできたらどう? ……シワになるだろうし部屋で」

 ひよりのリアクションが怖いから最後に理由と場所を付け加える。

『ひよりの制服脱ぐところ見たいんですかぁー?』とか言ってきそう。だから先に保険を打つ。


「あーっ、もしかしてひよりの部屋着を見たいんですかぁ〜?」

「…………」

 保険を打ったのになんでそんな変化球を投げてくるのか……。

 その見通していたようなニヤニヤ。めっちゃ似合ってる表情だった。


「あははっ、すみません。調子に乗りすぎちゃいました」

「いや、若者はそのぐらいお調子者の方がいいと思うよ。遠慮のしすぎもよくないしさ」

 って、今思えば俺だけ口調崩してるよ……。初対面でいきなりこんな口調使ったら絶対引かれるよね。ひよりが相手で本当に助かった。


「えっ、若者って言いますけど蒼太さんも十分お若いですよね……? お顔と服装を見てですけど」

「今年の誕生日で24歳だね。だから今は23だよ」

「23歳なら十分若いですよっ! ひよりと1、2、3……6つしか変わらないです!」

「そ、そう? ひよりからしたらそうでもないんじゃない?」

「いえいえっ! そんなことないです!」

 にぱあとした輝く笑顔を見せてくるひより。こちらまで笑みが移りそうになるが、この時、俺の頭には少し前にされた冗談がよぎった。

 パッと思いついた仕返しをしてみる。

 

「そうだなぁ。そこまで言うなら俺と付き合う? さっきカッコいいって言ってくれたことだし」

「えっ!? あっ、つ、付き合うですか!? え……ぅ、と……」

「ん?」

「そ、それは……そ、その……」

 

 な、なんなのその動揺。なにそのモジモジ。太ももまである長い靴下履いてるのに足の指がめっちゃ動いてるの分かる。

 ひよりのことだから『嫌でーす』とか軽口返してくると思ってたんだけど……。そもそも若いから貰ってくれとか意味分からないし……。


「ちょ、真に受けなくていいって。冗談に決まってるんだから」

「ッ! た、たたたたタチ悪いですっ! 初対面でしていい冗談じゃないですよっ!」

「いやいや、俺のバイクを転倒させちゃいましたーってのも初対面でしていい冗談じゃないでしょ。俺の場合はお金がかかってるんだから」

「ひよりの場合は人生がかかってますっ!!」

「お、上手い」

「ひよりもちょっぴり思いましたけどっ!」

「あははっ」


 素直で明るい性格。今更になるけど街中でひよりとすれ違えば多分、俺が振り返るくらいにひよりは可愛いと思う。しかも冬服で生地が厚いはずの制服なのに胸の膨らみがかなりある……。とてもJKだとは信じられない。

 多分、初段の驚かしがなければ俺は今頃タジタジになっていただろう。


「あー、そうそう。少し話を戻すけどこれだけは言っておこうかな」

「な、なんですか……」

 なんかジト目で聞われてるけど気にしない。

「人生かかってるって言ったけど……俺、一応は優良物件の一角なんだよ?」

 当然、『優良物件の一角』なんてのも本気で思ってるわけじゃない。ひよりの明るい性格を見越しての軽口。距離を縮めるためにもう少し会話をしたかった蒼太なのだ。


「た、確かに寮の管理人を任されるってことはお料理も作れてお掃除も出来る人ですから間違ってないかもです……」

「……で、でしょ」

 ひよりの本気トーンに思わずどもってしまう。その素直さは今の会話ではやめてほしい……。俺が返して欲しい言葉はそんなのじゃないから。


「あっ、では蒼太さんに質問いいですかっ!?」

「なんでもいいよ」

「あの! 今までお付き合いした女性の数はどのくらいなんですか!? 優良物件と豪語するからにはそれはもうたくさん——」

 そう、その言葉を待ってた。

「卵だよ」

「たまご? たまごってなんですか?」

「0ってこと」

「……」

「な、なにその顔」


 ひよりは口が開いてもおかしくない驚き顔を見せてくる。宝石のような黄金の瞳が大きく映る。

 ヤバい、完全に白けてしまった……。


「わあ……それはみなさんの見る目がないですね! 勿体ないと思います!! 蒼太さん有料物件なのに!」

「そ、そうなんだよ」

 な、なんだろう。ひよりの性格的に『どんまいでーす!』なんて軽く貶してくるだろうと思っていたのに、まさかのフォローを入れてくれる。

 さっきから予想してることが全然違う……。じゃあもう一回これを言ってみる。


「じゃあそんな俺を貰ってくれる?」

「っ、で、ですからぁー!」

「はははっ、そんな過剰な反応しなくてもいいって」

 この優しく明るい性格に可愛い容姿。彼氏がいるからだろうか、このワードに弱いひよりだった。


「あぁ、それで今日の夕ご飯は何が良い? 魚料理以外ならある程度は用意出来ると思うけど」

「あ、あの……その流れからご飯の話をするのはどうかと思いますよ……?」

「あはは、でも重要なことだからね。それでひよりが食べたいものはなにかある? 今日はその料理で統一しようと思ってるんだけど」


 基本的な料理はある程度作れるようになってるけど、それでも苦しいのが献立作り。毎回何を作ろうか迷うし、栄養バランスも考えなければいけない。

 それなら入居者から食べたい料理を聞いて、そこから副菜で栄養を調整する方が俺からすれば楽でもある。


「そ、それならひよりはパスタが食べたいです。チーズがたっぷりのカルボナーラ希望です」

「了解、カルボナーラね」

 少し前に冷蔵庫を確認したら牛乳と卵が入っていた。別の戸棚には乾麺も。

 夕食に使いそうな材料を昨日のうちに買っていたのであろう、流石は母さんだ。


「ほ、本当にお料理作れるんですね……凄い」

「美味しいかどうかは別問題だけどね」

「いえいえ、期待しておきますっ! あっ、それと今日は二人分のお料理が必要ないそうです。小雪さんと美麗ちゃんの二人です」

「ふ、二人……? 二人もいらないの?」

また一人夕食が必要ない入居者が増えた。それも昼ごろに会った小雪さん……。絶対に避けられてるよなぁこれ。


「は、はい。小雪さん食べると思ってたんですけど……すみません」

「ひよりが謝る必要はないよ。用事があるなら仕方ないからね」


 な、なんだろう。今、ひよりの『』には用事以外の何かのニュアンスが含まれてた気がする。

 美麗さんは……やっぱり何かあるんだろうか……。なんか怖い。いや、でも考えすぎだよね。母さんがみんな優しいって言ってたし。


「あ、それでひよりはいつもどのくらい食べるの? 人数も少ないことだし、食べ残しを出さないために把握しておきたくて」

「えっと……パスタなら3束です!」

「え……? いや、ちゃんと食い切れる数を言ってほしいんだけど……」

「ちゃんとならひよりは4束食べれます! でもお腹がぱんぱんになるのはいやなので3束で!」

「本当にそんなに食べれるの? その細い体で……?」

「ありがたいことになかなか太らない体質で! なので3束お願いしますっ!」

「お、おう……。それなら分かった」


 ひよりが嘘をついているとは思えない。そしてある程度分かった。その細い体の中のどこに栄養が吸収されているのか。

 セクハラになるから口には出さないが、だからJKなのに大きいのだろう……。


「そ、それではひよりは服を着替えてきますねっ!」

「分かった。階段は気をつけて上がるようにな」

「ありがとうございまーす!」


 そうしてひよりはリビングをから廊下に出ていった。


 その後ろ姿が見えなくなり……俺は呟く。

「まぁ、随分と騒がしかったけど接しやすかったなぁ」

 ひよりが隣にいれば早く馴染むことが出来るかもしれない……と思う俺だった。



 ****



「うううぅぅ……、き、緊張したよぉ……っ!」

 二階の自室に入ったひよりは……制服のままベッドにダイブしていた。

 膨らんだ胸は服の中でべたんと潰れ、それをきにすることなくバタバタと脚を動かしていた。


(お、男の人とあんなに話したの久しぶりだよぉ……)

 ベッドにうつ伏せになっているひよりはくぐもった小声を出していた。


『男の人とあんなに話したの久しぶり』

 これは本当のこと。学生のひよりが通っているのは男女共学の学校ではない。女子学園、女子校なのだ。……それも中学からずっと。

 思春期を迎えた頃には同性しかいない環境で生活していた。


 蒼太と話している最中、心臓が口から飛び出そうなくらいの緊張を隠していたのだ。


「バイクの冗談、蒼太さん怒らなくて良かったなぁ……。安心したぁ……」

 女子校から帰宅したひよりは、寮の駐車場に止まっていたバイクを見て硬直していた事実がある。


(って、ど、どどどどうしよう……っ!? 理恵さんの息子さんもう中にいるっ!! 中に入ってもひより一人だよねっ!? だ、誰か帰ってくるの待とうかな……。で、でも琴葉さんが馴染めるようにフォローしてって言ってた……からぁ……)

 ——そんな心境で固まり20分。

 その中で頭を働かせていたひよりは……どうにか、どうにかバイクをネタにした会話を考え、シミュレーションを必死に行なっていた。

 

 それがあの冗談だった。


「かっこいいとか言うの恥ずかしかったなぁ……。バイクは大丈夫だったけど、蒼太さんのことを言うのは恥ずかしかったよぅ……、ぅう」

 異性に対して直接『かっこいい』と言った過去にない。今日が初めてだった。

 そして……これもその一つ。


(付き合ってくれって冗談、あれはやばかったなぁ……。ひより初めて言われたもん……)

 女子寮に入るまでの20分間。どんなに思考を張り巡らせてたとしてもこのワードにたどり着くことは不可能。


『えっ!? あっ、え……ぅ、と……』

 こんなウブな反応をしてしまうのは当たり前。


「ぜ、絶対蒼太さん嘘ついてるよ……。何人もの女の子と付き合ったりしてないとこんなこと言えるはずないもん……。よ、よく考えたらお料理出来る人がモテないはずないもんね……。自分のこと優良物件とか例えないもんね……!?」

 

 ここで予期せぬ誤解。


「ひより……あんな風に慰めたの間違ったっ!? だ、だってひよりはいろんな人と付き合ってる風な感じだったし……! なんか余裕ある風な感じだったし! ひよりが誰とも付き合ってないってこと蒼太さんにバレたら大笑いされちゃう……」


 あぁぁっ! と悶えるひより。

 制服を脱いで部屋着に着替えなければならないが……この状況。部屋着を蒼太に見せるのも恥ずかしくなってくる。


「へ、部屋着可愛いのあるかな……。って、お、男の人から見てどんなのが可愛いんだろう!?」


 あんなに明るく騒がしく、蒼太からモテるだろうと勘違いされていたひより。

 その正体はウブ全開の可愛いJKだった……。

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