第107話 伝えた気持ち

「咲、その袋はどうしたの? さっきまで持っていなかったわよね」

 麦茶を持ちながら部屋に戻ったすぐのこと。

 咲の手首にかかってる買い物袋に気づいた小雪はこんな声をかけていた。

 特に隠すこともない咲はコクリと頷いて詳細を話す。


「うん。管理人さんからもらったの。さっき帰ってきてたから」

「ソ、ソウタさんから?」

「何をいただいたんですか?」

 と、この話題を出した瞬間に食いつきを見せた小雪と琴葉。

『ピクッ』

『ん?』

 そして、女子高生組のひよりと美麗も無言で注目をしていた。


「もらったのは粉末のココアとカイロ」

「コ、ココアですか!? 咲さんいいなぁ……」

「ココアは美味しいからわかるけど……なんでカイロ? まだ使う時期じゃないと思うんだけど」

「も、もうカイロって売ってあるんだね?」

「ええ。なんだか不思議な組み合わせね。ソウタさんのことだからきっと理由があるのでしょうけど……」


 みんなして疑問を浮かべるのも当然。関連性のない2つだからこそ答えが導き出せない。咲だって少し前はその一人だったのだから。


「えっと、ココアは——」

 時差ボケを和らげるための睡眠物質の獲得。カイロは長いフライトでの腰痛の改善。

 初対面の相手からとはいえ、こうした気遣いを嬉しく感じない人間はいない。蒼太からの言葉をほころばしげに伝える咲である。


「ええっ、カイロって腰痛に効くんですか!? ひより初耳です……」

「そーたのことだし時間潰すついでにいろいろ調べたんだろうね。一般常識じゃないでしょこんなの」

「なんだか本当に隙がない方ですよね、蒼太さんって……」

「まるでわたし達の保護者のようよね。そこまで気を利かせてくれる男性って見たことがないわ」

「こんなことを何回もされてるんだね。みんなは」

 関わる時間が長ければ長いだけこうした気遣いを受けたり、気遣いを見たりする。

 一人一人に寄り添っていたら信頼を得るのも当然……。

 これが咲が思ったこと。


「蒼太さんはすぐにいろいろなことに気づくんですっ! この前は美麗ちゃんのお出かけしたいセンサーを拾って蒼太さんとバイクでお買い物にいってました!」

「ハァ!? べ、別にそんなんじゃないし。あれはあたしがそーたのお出かけしたいって気持ち汲み取ってわざと乗っただけだし。ってかひよりは甘えたいオーラ出しすぎ」

「だ、だって甘えたいんだもん! 蒼太さんにはもう時間がないんだよっ!!」

 事実。確かにそれは事実なのだが……この場では不適切だっただろう。


「……」

「……」

 琴葉、小雪の二人は顔を逸らした。表情を覗き見されないように隠して唇を噛んでいた。


「ひより。今のはダメ」

「あっ……ご、ごめんなさい……」

 美麗からの注意が入る前に異変に気づいたひよりだ。謝ってすぐ自身にも悲しさを滲み出していた。

 もう9月に入っている。蒼太がこの寮にいられるまで残り一ヶ月を切っているのだ。


「咲、ご飯の時からみんなの話を聞いて思ったよ。みんな異性として管理人さんが好きなんだって」

「っっ!!」

 わかりやすい大きな反応を示したのはひよりだけ。他のメンバーはしれっとしたまま悟られないように動いていた。


「うまく言えないけど大変だね。こんな状況だと。まさかこんなことになってるとは思わなかった」

「……ええ、まさに大変なのよ。みんないい子ばかりだから蹴落とすこともできないものね」

「ユキちゃん!?」

「小雪さん……」

 咲の言葉に同調したのは年長の小雪だった。こうした反応をすれば蒼太に抱く気持ちを明かしたようなもの。

 悟られないようにしていた琴葉と美麗が驚きの反応してしまうのは当たり前。


 だが、目的も理由もなく本心を打ち明けるわけではない。

 いつまでも逃げていられるような話ではないことを小雪は理解していたのだ。


「咲が帰ってきてする話じゃないと思うけれど、その本人が気になっているようだからもう言っちゃうわ。……いつかは言わないとって思ってもいたから」

「最初は触れないでおこうと思ってた。でも、あからさまだから。雪だけじゃない、他のみんなも管理人さんの話をする時の目が違ってる」

「んー、そんなことはないけどなあ……」

 反論をしたのは二番目に年上の琴葉である。頰を掻きながら演技とは思えない表情で向かい合っている。


「あら、琴葉はまだとぼけるつもりなのかしら。蒼太さんの前でわたしにボロを出せようとしたくせに」

「……」

「その他にもいろいろな、、、、、情報を持っているのだけれど、もうバラしていいかしら」

「そこで脅しですか。心当たりはないんですが……」

「その判断は任せるけれど?」

「…………。降参です。やっぱり誰かを敵に回すのはダメですね。ユキちゃんの言う通りとぼけるのはもうやめます」


 とぼけるのをやめると公言した琴葉はそれ以上の言葉を続けなかった。

『蒼太さんのことが好きではないですけどね』なんて拒否をするようなことを。

 それはつまり、小雪と同じ気持ちを抱いているとバラしているようなもの


「二人目ね。さて、次は誰が暴露するのかしら。……面白そうにしている咲が詰めていいわよ」

「うん。じゃあひより」

「なっ、ひよりですか!?」

「そんなに驚かなくていいでしょう? 話していく流れになったじゃない」

「そうですね。私たちの気持ちだけ知って逃げるのは卑怯ですよ?」

 小雪、琴葉、咲。この成人組の三人が仲間になったのなら未成年組が勝てる要素はなくなる。もっと言えば人数差も不利になっているのだから。


「うぅぅ……。ひ、ひよりは……って、みんな絶対わかってるのにそんな質問するのはずるいです……。なんで言わせようとするんですかぁ……」

「ふふっ、ごめんなさいね。これは最終確認のようなものだから」

「敵が増えていきますね……」

「じゃあ、最後。美麗」

 咲の言葉が発端。全員の視線が美麗に集まった。


「も、黙秘! 絶対黙秘する。言う必要ないしっ!」

 顔を赤くして反発する美麗。

 四面楚歌とはまさにこのことだろう。いや、この状況が作れた理由を挙げるなら咲がひよりから攻めたことにあるだろう……。


「ソウタさんに対して負い目があるからなんでしょうけど……わたし達は別でしょう?」

「黙秘を選択する時点で答えはわかっているようなものですけどね。美麗ちゃんのことですから嫌いなら嫌いと伝えるはずですから」

「美麗ちゃんもどうぞ!」

「……なんなのこれ。はぁ……、もういい。好き。そーたが好きだって。これでいいでしょ……」


 ぶっきらぼうに伝えた美麗。それでいて全員が全員同じ気持ちであることが答え合わせされる。


「わ、管理人さんモテモテ」

「でも、こうなっちゃうのも不思議ではないでしょう?」

「うん。これをされたらそう思う」

 ココアとカイロが入った袋をポンポンと叩く咲。

 このだけのアクションだけをみれば柔和な雰囲気に包まれているように見えるが実際のところは違う。


 ピリつき、緊張感のある……そして重苦しい空気に包まれている。


「え、えっと……それでユキちゃん。この空気をどう収束させますか?」

「残念だけれど今日は無理でしょうね。この気持ちの切り替えはすぐにできるようなことじゃないから」

「咲もそう思う。無理をしたらもっとこじれる」

「そ、そうですか……」

「でも正直、こうなることを承知で話したの。……本題はここから。これを言うためには仕方がなかったから」


 さすがは年長の小雪だろう。誰もが口を開きたくないこの場で話を進めている。


「誰かに先走りをさせたいわけじゃない。これを前置きに話すけれど、わたしはソウタさんに告白をすることを決めているわ。琴葉もそうでしょう?」

「はい。勇気を出します……」

「うぅぅ……告白……」

「ほ、本気で言ってるの? 二人は……。怖いでしょそんなの……」

「……仕方がないじゃない。ソウタさんがずっとフリーでいるわけじゃないの。新しい職場で別の女性に取られる可能性だってあるのだから。そんなことになるのは一番嫌。わたしはわたしのやれることをして悔いを残さないようにするわ」

「……さすが雪。その通り」


 周りがライバルだけに中間役の咲がいることは本当に頼もしいことだろう。

 こうして反応をしてくれるだけでも違うものだ。


「でも……これだけは言わせて。わたしを含め、みんなには恨みっこなしをお願いしたいの。もし誰かがソウタさんと身を結んだとして……その時はみんなで祝福しましょう。悔しい気持ちもやるせない気持ちもあるでしょうけど、このメンバーでギスギスすることも嫌だから。同じ気持ちを持っているからこそ、わたしはそうしたいわ」


 戦いたくはないが戦わなければならない。好きだからこそ引くことができない。

 相手が同じ寮の入居者で、常日頃関わっているからこそ本当の敵にはなるようなことはしたくないのだ。


「そうですね。わたしはユキちゃんの意見に賛成です。もし負けた時には泣きながら祝福しようと思います……ふふ」

「ひよりもわかりました。頑張ります……」

「美麗はどうするの? 咲は気になる」

「あ、あたし……うん。いいよそれで。そっちの方が遠慮なく狙えるしさ」

「……決まったわね」


 好きな相手を取られたくないのならこんなやり取りをするべきではないだろう。

 それでも、立場をフェアにしたかった小雪なのだ。

 いざこざを少しでも減らすために。平等にチャンスを与えるために。






 その重要な話から何十分が過ぎただろうか。


「……もっと時期があれば、咲もあっち側だったかもな」

 唯一の立場にいる咲はボソリとした本心を一度だけ漏らしていた。



 ****



 あとがき失礼します。


 数日前にTwitterの方で報告したのですが、こちらの作品の完結がとうとう10話もない形になりました……!!

 投稿を始めて5ヶ月間近、35万文字以上になりましたが長い期間お付き合いいただき本当にありがとうございます。最後まで走り抜けてまいります。


 そして、作品の完結が目前になりましたので近況ノートに次回投稿の新作案アンケートを投稿しました。

 ご興味ありましたら気軽にコメントしていただけると大変参考になりますので、是非よろしくお願いいたします。


 あとがき失礼しました。

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