第101話 咲の帰国まで

「咲ちゃんが帰ってくるのも残り3日……か。時間がすぎるのは早いなぁ……」

『琴葉に会えるの楽しみにしてる。そのほかのみんなにも。管理人さんにも』

「あっ、その件はもう伝わっているんだね」

『うん。とりあえず期間が一ヶ月延びたって。初めて会うから緊張する……けど』

「ふふ、蒼太さんは優しいから大丈夫だよ。困った時はすぐに察してくれるから」


 今日は休日。

 素足にスリッパ。半袖半ズボンのルームウェアをしている琴葉は留学生の咲と2度目の電話を行なっていた。

 電話の先は寮のリビングで……一生懸命掃除をしている蒼太に対にひよりと美麗がちょっかいを出し、小雪が注意をしている。そんな光景を見ながらでもある。


『管理人さんそんなに優しい? みんな同じこと言うの』

「多分、咲ちゃんはびっくりすると思うなあ。気遣いも上手で仕事にも一生懸命だから寮の中も毎日綺麗だよ」

『すごい高評価……』

「そうだね。本当……こんな人が辞めるのは寂しいな」


 重い空気にならないように笑い飛ばそうとした琴葉だったが、その思い通りに動けていなかった。

 小さく漏らしたその声は電話越しからでも悲しみが伝わってくるほど。

「……」

 返す言葉のない咲は無言になり……すぐにハッとさせた琴葉は話を強引に切り替えていた。


「あっ、咲ちゃんはこっちに帰ってきたら就活が始まるんだよねっ? 面接の練習には私が付き合うからいつでも頼ってね」

『あ。咲、就活はしないよ。雪と同じ在宅で働くの』

「えっ、そうだったの!?」

『うん。今動画投稿サイトで翻訳の仕事をしてるから。その仕事を続けるの』

 抑揚なく同じ声色で伝えてくる咲だが、その言葉には自信が含まれていた。


「さすがは咲ちゃん。抜かりがないっていうか留学の強みを活かしてるなぁ」

『将来は在宅で仕事するって決めてた。咲、communicationコミュニケーション苦手だから』

「ふふ、すっかりネイティブに染まっちゃって」

『あっ、ごめんなさい。ほんとにそのつもりはなかった』

「謝ることはないよ。ちゃんと英語の勉強を頑張ってきたんだなぁって感心したよ。私も頑張らなきゃ」

『……なにを頑張る?』

「うーん。とりあえずお仕事かな」

『管理人さんを落とす頑張りは?』

「それもあるかも、、しれないね?」

『やっぱり雪と琴葉はつまらない答えする』


 咲は知人からの恋バナが大好きなのだ。思い通りにならなかったのだろう、可愛らしいムスッとした声が届いてくる。


「咲ちゃんの恋バナを聞かせてもらったら、私が話さないこともないよ?」

『咲、留学先で告白を受けたことくらいしかない』

「じゃあ帰ってきたらその件を聞かせてもらおうかなぁ。どんな風に断ったのかとか気になるから」

『……それくらいなら平気。その代わり琴葉も話して』

「ん?」

『ん、じゃない』


 なんて探り合いのような会話をしばらく続ける二人。話にちょうど区切りのついたその矢先、タイミングよく蒼太の掃除が終わった。


「あ、咲ちゃん。今なら蒼太さんと電話できるけど……どうする?」

『電話……電話……。しとかないと失礼?』

「しておいた方がなにかと都合はいいと思うなぁ。ほら、一度会話をするだけでも次に会う時の緊張もほぐれると思うから」

『……わかった。じゃあ変わってほしい』

「うん、少し待っててね」


 そうして、椅子から立ち上がる琴葉は女子高生組にツンツン意地悪されながら手洗いをしている蒼太に近づいていく。


「蒼太さーん。留学生の咲ちゃんが電話をしたいと言っているんですけど、今お時間いいですか?」

「ちょ!? ひよりと美麗はいつまで意地悪をするんだよ……! あっ、それは嬉しい! ちょっと待ってね!!」

 忙しそうに、それでいてちょっと楽しそうな蒼太は水道ですぐに泡を落とし、乾いたタオルで手を拭きながら歩み寄ってくる。


 電話をするとあってひよりと美麗は意地悪をやめた。そんなところは年相応だ。


「はい、お電話どうぞ蒼太さん」

「ありがとう」

 少し大きめのスマホを丁寧に受け取った蒼太は、緊張を浮かべながらも耳に当てて先に声を出す。


「もしもし、お電話代わりました。蒼太と申します」

『……も、もしもし、咲』

 早速コミュ障を発動させる咲。その返答に『ん?』と疑問を覚える蒼太だが、なんとなく初対面の相手と話すことが苦手なんだなと悟る。できるだけ話題を提供しようと思うのはもちろんこと。


「咲さんのお話は寮のみんなから聞いてますよ。確か3日後に帰ってこられるんでしたよね?」

『うん』

「関われる期間は短いと思うんですけど最後までよろしくお願いしますね」

『う、うん』

 蒼太が話題提示。咲が返事。話が膨らまないのはもちろんのこと。

 それでもなんとか間を埋める蒼太である。


「あっ、咲さんの好きな料理とかこっちに帰ってきて食べたいものはあります? 卒業祝いに用意ができたらって思っているんですけど」

『大丈夫……』

「遠慮しないでください。なんでも大丈夫なので」

『ほんと?』

「もちろん」

『……なら、お刺身とお味噌汁。あと……甘い卵焼きも食べたい』

「お刺身とお味噌汁に卵焼きですね! その他は大丈夫です?」

『うん、大丈夫』

「わかりました。では用意しておきます。あとは……そうですね。お体には気をつけて元気に帰ってきてください。楽しみに待ってますので」

『わかった。頑張る』

「あははっ、お願いしますね。それでは失礼します」

『うん……失礼します』

 蒼太だって話すのは得意というわけではない。あの時間で思いついた話題はここまで。

 話題の尽きたタイミングで会話を終わらせることができたのは幸運だろう。


『電話ありがとうございました』と、蒼太からスマホを受け取った琴葉はすぐに咲に話しかける。


「ふふ、会話が弾んでたね咲ちゃん?」

『ぜ、全然そんなことない。ただ管理人さんがずっと喋ってただけ。咲は返事しかしてない』

「えっ!? 蒼太さんの様子を見るにそんなことは思わなかったけど……」

『だからあの管理人さんがずっと話してたから……。なにあの管理人さん……crazyクレイジー……』

 電話越しに『あの人はおかしいよ……』と伝えられる琴葉。

 それでもその英語には悪いニュアンスはない。

『初対面の相手とそんなに喋れるのはおかしい』

 そのような褒め言葉に近い意味合いが込められている。


『咲が一番苦手なタイプ……』

 コミュニケーションが高い。その要素から陽キャだと、チャラチャラしてるんだと。そんな勘違いしている咲である。


「会えばその意識も変わるから大丈夫」

 そして、震えていそうな咲を安心させる琴葉だが……再び入居者にいじられている蒼太を見て思うのだ。


(みんな、咲のように蒼太さんが苦手ならよかったのに……)と。

 その憂いな表情をする琴葉を偶然に見ていた小雪でもあった。



 ****



 あとがき失礼します。


 あの、本当に遅くなりましたが100話を突破することができました……!

 長いお話になってますが、いつも応援いただき本当にありがとうございます。


 そして、いきなりになりますが一つお知らせ(近況ノートに投稿もします)があります。

 2018年からPNペンネーム,濃縮還元ぶどうちゃんとして活動させてわたしですが、この度、夏乃実なつのみに変更させていただくことになりました。


 理由等につきましては長くなりますので近況ノートに記載させていただきます。

 それでは、今後とも夏乃実なつのみをよろしくお願いいたします。


 あとがき失礼しました。

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