第15話 小雪と美麗のワケ
『ガチャ——バタン』
今日一番うるさいドアの開閉音。
「た、ただいま……っ」
車に乗る以外は全て小走りで移動していた小雪は少し息を切らしながら女子寮に入った。
普段から落ち着きのある小雪が取り乱している理由は一つ。
『小雪さん助けてください! 管理人さんと美麗ちゃんがぶつかり合いました! もうひより達ではどうにもなりません!』
そんな切羽詰まったメールをひよりから受け取ったから。
ひよりと琴葉、この二人でもどうにもならないとの状況を伝えられたのならもう一人の手が必要になる。
全員を大切に、みんなで仲良く過ごしたい……そんな想いがあるからこそ急いで帰宅したが小雪だったが——すぐに疑問が発生することになる。
「えっ?」
リビングからも二階からも人の喋り声が聞こえない。シーンとした空間が作られていた。
小雪が寮に帰宅するまでの時間でどうにもならないとの状況が収まった可能性も考えられるが、この静寂は不可思議なもの。
頭上に『
「あっ」
そんな一言と共に廊下に現れた者。
「おかえりなさい、小雪さん」
「……っ!?」
それは——この寮の管理人である蒼太である。
「えっ、あ、あの……」
片足を脱いだヒールを急いで履き、ピンっと姿勢を伸ばす小雪は群青色の瞳を大きくしてそわそわを露わにする。
「た、ただいま……帰りました」
そして昼間に逃げ出した件を気にする様子もなく挨拶をしてきた蒼太におずおずと挨拶を返した。
「ははっ、もう少しリラックスして大丈夫ですよ。こちらからは何もしませんから」
「す、すみません。緊張しい性格で……」
「いえいえ、気にしていませんよ」
「ありがとうございます……」
小雪の性格は一通り聞いている蒼太は安心してもらえうように立ち回る。
見た目は完全に頼りになるお姉さんだが、動揺を露わにした様子はどこかひより寄りの雰囲気である。
「あ、あの……い、いきなりになるんですが、管理人さんに二つほど質問してもよろしいですか?」
「はい、なんでもどうぞ」
廊下に立つ蒼太。玄関に立つ小雪。この二箇所で立ち話をすることになる。
「そ、それでは……まず美麗はどちらに?」
「美麗さんならお部屋に戻ってますよ。まだ30分も経ってはいないくらいかと思います」
表情も声色を変えることもなく、普通に答える蒼太に違和感を覚える小雪。
『管理人さんと美麗ちゃんがぶつかり合いました! ひより達ではどうにもなりません!』とのメールは嘘だった? と思うには十分な要素でもある。
「え、えっと……では、ひよりと琴葉は?」
「少し前まで自分と一緒にご飯を食べたんですけど、食べ終わってすぐにお部屋の方に戻って行きましたね。なんか『やばい早く逃げろ』とかひよりが言っていたのでなにか事情はあるとは思うんですけど……」
「そ、そう言うことでしたか……」
最後の蒼太の発言でまんまと誘い出されたことを悟った小雪。なぜそうしたのか、おおよその理由は察していた。
「もしかしてひよりに何かやられました? もし言いにくいことでしたら自分が言いますよ。アレはかなりのお調子者ですから失礼なこともしていることでしょうし」
「い、いいえ。そう言うことではなくて……。お気遣いをありがとうございます」
昼間、逃げた事実はもう寮の皆にバレているのだろう。帰りづらいとの思いを察して
心臓の悪い嘘ではあるが自身のことを考えてくれた策である分、怒りなど湧いてはいなかった。
「そ、それとお昼の件は申し訳ありません。わたし逃げてしまって……」
「あー、その辺はお互いに気にせずでいきましょう? あんなことが起きれば誰だってびっくりしますからね。仕方がないですよ」
ファミレスで会った時と同様に、寛容な対応をする蒼太。
ミスをした時の対応とそっくりで再度鮮明に思い出す。くすっと嬉しそうな顔が一瞬現れる小雪である。
「それで話は変わるんですけど……小雪さんはやっぱりもうご飯食べました?」
「はい、軽食を少し」
「あの、無理を言うようでなんですが、もう少し食べられたりしません? まだ作った夕食が残ってまして……」
「えっ、いただいてもよろしいんですか? わたし夕食はいらないと連絡を入れましたので……」
「むしろ食べてくださった方が助かるんです。このままだと捨てになりますし……あの二人から小雪さんに聞くのが一番だと言われていまして、そのお時間を作っていただくためにもお願いします」
「聞くのが一番……ですか?」
「はい、美麗さんの件についてです。全てでなくて構いませんので教えていただけますか?」
「っ」
その一言で小雪の表情が変わった。目の色も同じように真剣なものになって。
「……そう言うことでしたら分かりました。食べ終わった後にでもお話しましょう」
「料理なんですけど、期待値は低めでお願いしますね」
「あえて高めで設定しておきます」
「ちょ!?」
そんな優しい冗談を言い合えるくらいに会話ができた二人。
しかしながらピリッとした空気はこの段階で払拭しきれていなかった。
****
「と、とっても美味しいわ……」
カルボナーラと飲み込んだ後、口元に手を当てて上品に感想を伝えてくる小雪。
寮で関わって30分。夕食を食べることでリラックスができているのだろう、上品な素の口調が見えていた。
「そう言っていただけると作った甲斐がありますよ」
「これは太らないように気をつけないといけないわね……」
偽りのない反応なのだろう、細い眉をしかめて悩み顔を作る小雪。もちろんその声は蒼太に聞こえている。
「セクハラ発言と捉えられたら申し訳ないんですけど……小雪さんはもっと食べるべきだと思いますよ? かなり細いお身体をしているので」
「そんなことはないわよ……? 二の腕とか太ももははぷにぷにで……触ってみる?」
「さ、触る?」
右手で左腕の二の腕を、左手で右太ももをムニムニさせながら聞いてくる小雪。
それは胸が強調されたようなポーズでもあり……いろいろと呆気に取られる蒼太。そこで小雪も気づいたのだろう。
「あっ……ごめんなさい。普段から同性しかいない環境だったからつい……」
「いえいえ、これから気をつけていただければ構いませんので」
「そうするわね……」
蒼太から顔を逸らす小雪は間を持たせるようにパスタを一口食べた。食べる時は毎回のように一口大に巻き分けている。それもとても素早く。手先を扱う仕事をしているだけにかなり器用なようだ。
そうして、小雪が完食した後のこと……。
「……美麗のことについて、よね?」
「はい」
口元をハンカチで拭きながら小雪は本題に移った。
空気が再び変わる。生唾を飲む音が聞こえるほどの静寂の中、二人は会話を続けていく。
「今日、美麗さんを出迎えした時ですけど……まぁいろいろと思うところがありまして」
「……あれだけあからさまだとすぐに気づくわよね」
「ですね」
ひよりと琴葉の態度を見れば分かる。美麗は同性に対しては普通にしていることに。
「気持ちのいい話ではないから手短に話すけれど、美麗は男性に対して苦手意識……と言うのは軽すぎるわね。敵として認識しているからあんな風になってしまうの」
「敵……ですか?」
「美麗にとってあの手の暴言は自己防衛を働かせているようなものよ。意識をどうにか変えなければ直らないものでもあって」
目尻を下げながら声色を落とす小雪。
だから『蒼太には出来る限り我慢してほしい』とのニュアンスを込めていた。
「えっと……どうして美麗さんはそうなってしまったんですか?」
そんな蒼太の鋭い切り込みは無言を生む。
「……」
「……」
何十秒の間が空いただろうか。
チク、タクと時計の秒針がこのリビングを支配する中——ようやく小雪は口を開いた。
「実の父親により受けた……虐待よ」
「ッ!?」
一度は聞いたことのある文字。想像もしてなかった美麗の過去に蒼太は驚きを隠せずにいた。
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