第14話 さまざまな思い
side蒼太。
「ちょ、初対面の相手にそれ言っちゃ駄目だって」
「うっさい!」
な、なんでこんなに攻撃的なんだろう……。俺悪いことはなにもしてないよ本当に……。
今日から管理人になりましたって挨拶に行ったら『近付いてくんなッ! キモ◯ねッ!』って言われよう……。
素の口調になったのは仕方がないとして、なんとか言い返せただけでも及第点。これだけで多少なりに美麗って子とコミュニケーションを取ることができるから。
「うんうん。それで今日はどこに行ってたの?」
「なんっでアンタにそれ教えなきゃいけないの? マジでキモいんだけど」
「悪い遊びとかしてたら注意しないとだから。管理人として」
これは本当に俺の偏見だけど、美麗の髪色を見たらちょっとくらいは勘ぐってしまう。
黒髪ベースに顔に沿ったように作られた触覚をピンクに染めてるし……。もちろん似合ってるんだけど奇抜系はいろいろ思うところはある。
「悪い遊びとか勝手に決めつけないでくんない? ホントにイライラするから」
「そ、それはごめん……」
「ってかそんなに知りたいならひよりとか琴葉さんに聞けば? そっちには連絡入れてるし、そんなことも考えられないとか頭悪すぎ」
「……」
な、なんだこの悪口製造機は……。喋りかけたら必ず一個は悪口を挟んでくる。こんなの初めての経験だって。
これが反抗期の娘みたいなやつなのかな。もしこれ実のお父さんが喰らったりしたら仕事もやれないくらいにダメージ受けるだろうなぁ……。
これを体験して俺は言う。もう少しお父さんには優しくしてやってほしい……と。もちろん娘だけではない。息子も含めて。
「てかそこ早くどいて。邪魔!」
「……分かったよ」
なんとなく、なんとなく分かる。これくらいの干渉が限界なんだろうって。でもこれくらいは最後に聞いておこう。
「ただここを退く前に一つ教えてくれる? 明日の朝はなに食べたい?」
「アンタの死骸」
「……」
もう、返す言葉がなかった。多分これを返せる人はいないと思う。
「まぁ……朝はスープとか食べやすいものを用意するから一緒に食べようね」
「……う、うっさい!」
感情的になったように走り近づいてくる美麗。そして——
「うおっ!?」
廊下の真ん中で、両手を使った強い力で押される俺は体勢を崩してしまう。その隙を突いて美麗は部屋のある階段を駆け上がってしまった。
「……」
言い合いもなくなり急に静かになる廊下。
別に美麗の肩を持つわけじゃないけど、なんか……なんか見た気がする。
『朝はスープとか食べやすいものを用意するから一緒に食べようね』
そんな誘いをした時に、美麗が一瞬だけ罪悪感に駆られたような顔を作ったことを……。
「なんだろうなぁこの気持ちって」
あんな対応に罵倒されたら嫌な気持ちにはなるけど……放っておけない気がした。管理人の立場じゃなくても。
もし、俺が見たあの顔が本当なら……どうしても攻撃的になってしまう原因があるはず。
事情がどうとか言ってたし。ってか、あんな性格ならひよりも琴葉も歩み寄ろうとはしないはずだし。
「…………」
母さんここでゆっくりしなさいとか言ってたけど……多分全然できないと思う。でも、よくよく考えればそれが仕事ってもんだよね……。
****
その少し前の時間帯。
小雪はファストフード店、いつも足を運んでいるミセスドーナツに来店していた。
「いらっしゃいませー。あっ! 小雪さんいつもお世話になっています!」
「こちらこそ。いつものお願いできる? 今日は店内で食べるわ」
「かしこまりました! って……かなり珍しいですね? 店内でお食べになるなんて」
「え、ええ。少し事情があって」
「詳しくは聞かないでおきますね?」
「ありがとう……。助かるわ」
先にレジ会計をして4分後。注文品のブレンドコーヒー、チュロス、ポーンデリングが乗ったお盆を持って一人用の席に座る小雪。
初めにブラックコーヒーを喉に流した後、小さな口にチュロスを運びながらぽそぽそと食べていく。その食べ方は今の感情を示しているように——
(逃げてしまったから帰りにくい……)
と、力抜けたようになっていた。
それもそのはず。
ひよりと美麗は学校。琴葉は仕事がある。小雪も本業はあるが、それは寮で行う仕事。副業でアルバイトをしているファミレスは明日休み。
つまり、明日は蒼太と二人っきり。
(は、恥ずかしくないわけないじゃない……。そんなの……)
ずっと自室にこもりアクセサリーを作ることも可能。ブログを書くことも可能。さすれば蒼太と顔を会わせることもない。
(でも、それはそれで嫌な人だと思われそう……。意図的に避けてると思われても仕方がないもの……。それに今日の時点で避けてしまっている……)
蒼太の母、理恵が管理人をしていた時には広い空間のリビングで仕事をしていた小雪。
もし蒼太から理恵にこの報告が飛んだ時には、作業場所が違うことがバレることになる。これ以上、印象を落とすような真似は小雪にはできなかった。
(そ、そもそもどうしてあの方が寮の管理人さんなの……。どう接していいのか全然わからないわよ……)
そんな胸のうちを語る小雪だが、嬉しくないわけじゃないと言うのが素直な気持ち。
だが、小雪はそれと同様の懸念があった。
(寮のみんなにはバレていてもおかしくないわよね。わたしがたくさん褒めてた方があの管理人さんだって……。どうしよう、からかわれるのはイヤ……)
恥ずかしがり屋な小雪はみるみるうちに顔を紅葉に染める。
寮の中で一番の白い肌を持っているからこそ本当に分かりやすい。
いつもよりゆっくりのペースでドーナツを食べ進める小雪。
そんな物憂つげな様子をレジから見る者が二人いる。
『あら、小雪ちゃん今日は店内で召し上がっているの?』
『そうなんです店長……! 珍しいですよね!』
レジ担当の女性従業員と裏から出てきた女性店長である。
『それにしてもなんだか難しい顔してるわね……?』
『そうなんですよー。事情があるとおっしゃっていて』
『なるほどなるほど。それはつまり……色恋沙汰ね』
『ですね!』
極端すぎる。極端すぎるが仕方がない部分ではあるだろう。女性にとって大好物の話題、それが恋バナであるのだから。
『とうとう男の影ができちゃったのね〜小雪ちゃんに』
『一体どんな方なんでしょう……。あたし的にIT系に勤めている高身長イケメンだと予想してます。小雪さんの容姿、そして乗っているお車を見て結構自信あります』
『私はそうね……。経済力と言うよりは家事力が高い男性だと思うわね。容姿はちょっとコワモテな感じね』
『店長ぉ……! ギャップ考察をいれるのはズルいです!』
『別にイイじゃない!』
客がレジに訪れていないことをいいことにちょっぴり盛り上がっている二人。
そんな店内にこの音が響いた。
『ぴろん』とのスマホの通知音。
その音に反応したのは……小雪。
「……えっ」
そして、LANE画面を開けば……ひよりからこんなメッセージが送信されていた。
『小雪さん助けてください! 管理人さんと美麗ちゃんがぶつかり合いました! もうひより達ではどうにもなりません!』
あからさまに小雪をおびき出すような、そんな文面で……。
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