第13話 美麗の初対面

「蒼太さんが避けられた……ですか? ユキちゃんに?」

 小皿に移したツナサラダを両手に持ちながら意外そうに聞き返す琴葉。


「うん。俺と挨拶した瞬間に逃げ去る勢いで車に乗り込まれて……」

 料理に手をつけることなく、真顔でことの詳細を伝える蒼太。

「それって蒼太さんが睨んじゃったとかじゃないですか?」

 との質問後、カルボナーラを口いっぱいに頬張って『美味しいー!』と足をバタバタさせているひより。三者三様で夕食を囲っていた。


「いや、それだけは本当に否定させてほしい。俺は絶対睨んでないよ」

「確かに睨まれたりしたら逃げ出しそうなユキちゃんですけど、私は蒼太さんを信じますよ。誠実、、な方がそんなことするとは思えませんから」

「あ、ありがとう……」

 あの謝罪は本当に効果的だった。誠実だと伝えてくる琴葉は完全にこちらの味方である。


 だが、これにはヒヤッとする蒼太だ。

 もし……もしひよりにアドバイスされた謝罪方法だと知られたなら誠実どころではない。

『私はもっと蒼太あなたに歩み寄りたい』とまで言ってくれた分、その時の代償は計り知れないのだから。


 セコくはあるが、ひよりと二人っきりになった時には『あのことは内緒』と……念押ししなければならないだろう。


「蒼太さんに何か心当たりはないんですか?」

「ああ、心当たりがないから困ってるんだよね。あの時は普通に会話出来てたのになぁ……」

「あ、あの時?」

 そのワードに先に反応したのはひより。呟いた一言に反応があった。


「信じられないかもしれないんだけど、俺……1週間くらい前に小雪さんに会ってるんだよね。本当の偶然で」

「えっ? そ、それは凄い確率ですね……。どちらで出会ったんですか?

「ここから車で10分くらい……かな? ジョーフルってファミレスで」

「あっ……」

「ほひゃあ……」


 この瞬間、発言は違うも似たような反応を取った琴葉とひより。


「な、なにその反応。出会ったとは言ったけど小雪さんに変なことはしてないからね!? だから心当たりがないわけだから」

「い、いえ……そう言うわけではなくて……ですね?」

「ね?」

 横隣にいる琴葉とひよりは顔を見合わせて通じ合ったようなやり取りをしている。置いてけぼりにされている蒼太だ。


「あの……一つ聞きたいんですけど、ユキちゃんにコップを倒されてしまったのは蒼太さんですか?」

「っ、そうそう! 二人が知ってるってことは小雪さんはこの寮で話したってことなんだよね……? え、もしかしてその時に何か文句言ってたとか!? だから俺は逃げられたみたいな……?」


 逃げ去った原因が分からなければ改善のしようもない。

 必死な姿を見せるのは管理人として十分な仕事を行わなければならない。蒼太は母親の理恵から任された立場でもあるのだから。


「こ、これは教えて良いんですか……ね? ひよりちゃん」

「うーん……うん! ひよりはありよりのありです! ただ、他のみんなには内緒って条件がいいと思います」

「え、ちょっと待って? 内緒って条件を付けるくらいに小雪さんエグい悪口吐いてたの!? それは想像出来ないんだけど……」

「で、では言いますね?」

「ごめん、ちょっと心の準備をするから待ってほしい」

 と、琴葉に待ってもらおうとする蒼太に追撃を加える者がいる。


「えっとですねー!」

「ちょ、ひより!?」

「安心してもらって良いですよ。ユキちゃんは蒼太さんのこと悪く言ったりしていませんから」

「え……?」

 その言葉で蒼太の勢いは収まる。悪口を言われていると勘違いしていただけに唖然としてしまったのだ。


「うんうん、小雪さんは蒼太さんのこといっぱい褒めてました! 『今までで一番優しい方〜』とか言ってたくらいに!」

「えっ、ほ、本当!?」

「ですよ。ユキちゃんはアルバイトを始めて少ししか経っていないので、蒼太さんの対応に救われたようでした」

「ほっ、それは良かった……って、え? じゃあなおさら逃げられた意味が分からなくなってくるんだけど」


 予想外発言の数々に幸せな雰囲気に包まれていた蒼太だが……即、我に返る。

 その一方でひよりと琴葉はある程度の察しが付いていた。

 小雪はこの寮でその時の状況を報告をした際、最後でこう言ったのだから。

 そのファミレスであった男性のことを『好ましかったけれど……』と。


 もちろん、この内容を包み隠さず伝えるのはご法度。矛盾しないように蒼太に教える二人である。


「ユキちゃんは恥ずかしかったんだと思いますよ。あのミスをカバーしてもらった方といきなり出会ったわけですから」

「うんうん! 小雪さん少し恥ずかしがり屋さんですから!」

「本当にその理由だったら救われるんだけどなぁ……」

「ひより思うんですけど、蒼太さんって凄いですよね」

「え? ……なにが?」


 唐突に言われる『凄い』発言に蒼太は戸惑いを見せる。


「だって小雪さんのしたミスに文句一つ言わなかったり、神対応したことも言わなかったじゃないですか。ひよりなら自慢してますっ!」

「私も言ってしまいそうですね……」

「いやいや、二人はそう言うけど俺の立場になったら絶対意見変わるよ? 不真面目に働いててミスをしたなら俺も言うところはあるけど、小雪さんは一生懸命働いてたからね。謝る時も本当に申し訳なさそうにしてたし」

「それでもユキちゃんに聞いたような対応をすることは私には出来な胃と思います」

「ひよりもそう思う!」

「や、やめてよそんなに持ち上げるのは……」


 口に出したりはしていないが、ひよりも琴葉の容姿は街で見てもずば抜けている。そんな二人に褒めちぎられてたら当然だろう。

 もっと言えば、蒼太は褒められるような環境に慣れてはいないのだ。ブラック企業で働いていたあの頃は叱られるばかりだったのだから。


「あの……琴葉さん。これは美麗ちゃんのことどうにかできるかもじゃないですか!?」

「私もそう思う。蒼太さんなら……」

「えっと、その美麗さんって方……何かあるよね? 複雑な事情って言うか、なんか俺を避けてるって言うか……」

 そんな不穏な空気を蒼太自ら作り出した矢先だった。


『ガチャ』

 ——このタイミングで玄関から響く音。


「あっ、ユキちゃんが帰ってきたかもですね」

「わーい!」

「それじゃ、俺もう一回挨拶してくるよ。俺が管理人だってことはもう分かってるはずだから心の準備は出来てるだろうし」

「それでも一応行きますよ? 私」

「ひよりも行きます!」

「いや、二人はご飯ゆっくり食べてて。これは管理人の仕事だから」


 そうして頼もしい声明を出した蒼太は椅子を引き……リビングから廊下に出る。

 そして玄関に座って靴を脱いでいる者と目が合った瞬間である——。


「ち、近付いてくんなッ! キモ◯ねッ!」

「え……?」

 そんなトゲのある大声と蒼太の頓狂な声がひよりと琴葉のいるリビングにまで届く……。


「あー、まさかのみーちゃんだったかあ……」

「やっちゃった……」

 と、落胆した声を上げる二人だった。

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