第30話 学校のひよりin地雷

 もぐもぐタイム。

 それはまさしくひよりにとって一番幸せな時間。

 現在、1時限の前にある朝課外が終わり休み時間に入ったばかり。

 ガヤガヤとした教室に一人、ひよりは席を立つこともなくおにぎりのポーチを机の上にバーン! と出す。

 そして余った机のスペースに小さなハンカチを敷いて、その上にドーン! とペットボトルのお茶を置く。


「うんっ!」

 食べる準備、飲む準備の完成。待ちわびたこの時に蜂蜜色の瞳がさらに輝く。


 ポーチの中から2つのおにぎりを取りだしたひよりはラップを剥いで両手に持つ。

 すぐにお茶を飲めるように準備しているのに自ら両手を塞いでしまっている。なんともお茶目であり食い意地が張っている。が、朝ごはんを抜いているひよりを考えたら出来るだけ早くたくさん食べたいのだろう。


 休み時間が始まって1分過ぎ、

『もぐもぐもぐ』

 ひよりはようやくはおにぎりを口いっぱいに入れた。一人の空間を上手に作って美味しそうに食べている。

 ——そして、その様子を観察するクラスメイトが5人。いつメンと呼ばれる5人は教室の隅に円を描くように集まっている。

 この中の3人はバイクで登校したひよりを見ている。彼氏らしき運転手に送ってもらっていたところを目撃している。話す内容は自然とコレ、、になる。


「ねえねえ、朝からずっと学校のLANEグループが騒がしいことになってるんだけど……これ本当にデマじゃないの?」 

「ガチのガチだよ。ひよりがバイクで送ってもらってた。男に」

「しかも運転手に抱きついてバイク登校。『彼氏さんおーい』にも反応したから彼氏確定ぽい」

「最近のひよりちゃん、軽食準備してるなーって思ってたけど彼氏さんの作ったおにぎりだったのかぁ……。どうりで美味しそうに食べてるわけだ」

「はぁ……彼氏さんの顔見たかったなー。あのスタイルにはビックリしたよ」


 おにぎりを食べているひよりには全く聞こえていない。左手に持ったおにぎりをつまみにして、右手のおにぎりを咀嚼そしゃくしている。


「……でも私、そのイチャイチャ現場を見てなくてよかったよ。もし見てたらひよりちゃんを本格的に妬み呪ってたと思う」

「女子校あるあるだよねぇ。なんたって男との出会いがないから!」

「でもひよりちゃんに男がいるのは納得だけどねー。この学校の2トップだし」

「一体どこで出会ったんだろうね? バイク持ちのお兄さんとなんてなかなか知り合えないと思うし……。しかもおにぎり握れるって多分、料理もする人じゃない!?」

「いや、そればっかりは同意できないけど……出会い場所は気になるよね。ダーツとかビリヤードとかじゃない?」


 出会いの可能性を挙げる目撃者の一人だが、他の4人は渋い顔をした。しっくりきていない様子である。


「ダーツにビリヤード? ひよりちゃんが……? 多分だけど、見て見ぬフリされそう……」

「これ本当に失礼だけど、ひよりなら絶対にダーツの矢変なところに飛ばすよ? 最悪、地面に突き刺さる」

「ビリヤードの白い玉は場外に飛ばしそうだよね。でも楽しそうにプレイしてるっていうか」

「学校のテンションより高くなることを考えるとビリヤードの棒でフェンシングとか始めそう」

「そ、そこまで言う!? 言いたいことは分かるけど!」


 貶したような言葉が連発しているが、皆、悪気を持って言っているわけじゃない。むしろ親しいからこそ言えるわけである。


「でもさー! こう言われるのは仕方がないと思わない!? だって彼氏作ってるんだよ!?」

「仕方がないって括るのは可哀想だって」

「彼氏いるだけ十分でしょお!? いつでもどこでも『慰めてー』って言えば抱きつかせてくれるってことだしぃ!?」

「妬みすぎ」

「だって羨ましいんだもん! こうなったらひよりちゃんの彼氏手作りおにぎり奪って食べちゃおうかな! 恋愛運上がりそうだし!」


 リア充に嫉妬を抱くクラスメイトの軽口。普通ならもっと盛り上がる場になるが——それは違う。ひよりの地雷を知る者がこのいつメンの中に一人、

「……」

 最初に口を閉じる。とある者、、、、を視界に入れて。

 そこから連鎖するようにその方角を見る三人も無言になる。


「あ、あれ? みんな黙ってどうしたのー!?」

 気づいていないのは一人だけ。

『ひよりちゃんの彼氏手作りおにぎり奪って食べちゃおうかな!』と発言したクラスメイト。だが、それも仕方がない。

 そのクラスメイトはとある者、、、、に背後を見せているのだから。


「あっち……」

「あっち?」

 いつメンの一人がその原因である背後を指をさす。次に疑問の声を発して振り返った瞬間である。


 今まで喋っていたクラスメイトも口を閉めた……。いつメンの5人が一瞬で封殺する根源——。


『今、おにぎり奪うって……言ったの?』

 体は正面を向いたまま、首を45度動かして真顔ガン見するひより、、、がいた。

 視線を合わせた者を石にさせてしまうような目力めぢからに、戦闘力53万の圧。


 1対5の構図でも、数的有利な方が押されていた。


『ひよりの気のせいじゃないよね? ちゃんと聞いたよ』

 まばたきすらしていない。表情も変えない。首も動かさない。

 ただ無言で語りかけるひより。


 おにぎりを奪う。それがひよりのスイッチを入れた。

 軽食と言う名の朝食を取られるわけにはいかなかったのだ。大好きなおにぎりを取られるわけにはいかないのだ。

 ほわわんとしたひよりはそこにはいない。

 大切な子ども、うり坊を守るような親イノシシになっている。


「ひ、ひよりちゃんごめんねっ!? 冗談だからっ! 取ったりしないから!」

 地雷を踏んだと悟る一人のクラスメイトは懸命な弁明に入る。

『少し、本気じゃなかったぁ?』

 目に変化を出すことなくニッコリ微笑むひより。


「本気じゃないよ!? 本当だよ!?」

 多弁なクラスメイトの語彙ごい力を無くさせるほどのひより。

「うん分かった。信じるね」

 そして安心できる言葉が聞けたひより。目元をほころばせて顔を正面に戻したのである。


「なんでよりによってひよりの地雷踏むの!?」

「なっ、なに今のぉぉおおおおおお!? 私、心臓止まったよ!?」

「ひよりはご飯が大好きなの! 奪うとか言ったらああもなるに決まってるじゃん! しかも彼氏手作りだってのに……」

「私知らなかったよぉおおお!」


 あの発言を耳に入れた瞬間に機械人形のような素早い振り向きをしたひより。

 優しいばかりのひよりではない。守りたいものにはしっかりと牙を剥くのである。


 今日、持ち合わせたウブさを刺激されることなど知る由もなく……。


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