第131話 書籍発売日10/20 琴葉②
「もう、いくらなんでも失礼ですよ。あの店主さん……」
「あははっ。仕方がない、でなんとか収めるしかないよ」
琴葉が不満げに口を尖らせたのは焼き鳥に唐揚げ、生ビールを購入し、近くにあるベンチに座った時。
このようにムスッとなってしまったのは生ビールを購入した際のことである。
「店主さんのお顔、あんなに引き攣るとは思いませんでしたよ……」
「琴葉が注文した時でしょ? 見るからに『え?』って顔してたよね」
「あんなに驚かなくてもいいですのに。まったくもう……。」
眉をしかめている琴葉をよそに、蒼太は面白おかしく笑うだけ。
低い身長に、中高生だと間違われてしまう容姿。そんな琴葉が、『すみません、生ビールください〜』
なんてニッコリした笑顔でいきなり突撃すればどうだろう。
大人を相手に商売をしていた店主からすれば困惑するに違いない。
本当は彼女の味方をしたいが、過去、蒼太も見た目に騙されてしまったことがある。店主には同情できる部分が多いのだ。
「お酒を渡す時もそうですよ。生ビールを二つも蒼太さんに渡したじゃないですか。あれどう思いました?」
「俺が二杯飲むと思ったんじゃないかな」
「その通りです。まったくもう……」
鋭い琴葉は店主の思惑を全て読めている。逆に言えば鋭いからこそ不満が積もってしまうのだろう。
本人からすれば相当な悩みなのだろうが、蒼太からすれば可愛らしい悩みだな、と微笑ましい気持ちである。
「まあまあ、とりあえず美味しいものでも食べて気持ち切り替えよう? はい琴葉。唐揚げ」
「あ、ありがとうございます」
なにかジャブを入れなければ、琴葉の不満は止まらなかっただろう。それもそれで可愛らしいことだが、購入したおかずが冷めてしまうのはもったいない。
このタイミングで唐揚げを差し出す蒼太。
「お先にいただきます、ね?」
「どうぞ」
気遣うように一声かける彼女は、爪楊枝が刺さった大きな唐揚げを取ってパクリと口に入れた。
「どう?」
「んっ、とっても美味しいです。蒼太さんも食べてみてください」
「ありがとう。今のうちに焼き鳥も出しとくね」
「助かります〜。実はそっちも気になっていて」
「それはよかった」
美味しいものの力は強い。いつの間にか琴葉は柔和な笑顔を見せてくれるようになった。
それから二人でシェアをしながら、ゆっくりお酒を嗜みながら、時間に身を任せる。
意識が食事に向けられているからか、お互いに気づいていない。
ベンチに座っている二人の距離は、肩を触れ合わせるほど近いということに。
この二人を見て『付き合っているわけじゃない』なんて見抜ける相手はいないだろう。それほどに二人の世界が作られていた。
「そうしてのんびり過ごすのもいいですね」
「同感。今日は祭りにきてよかったよ」
食事中、二人の会話は少ない。それでも気まずさはなく、祭りの雰囲気を楽しんでいる。
「ふう〜。今がとっても幸せです」
琴葉がこう口にしたのは、生ビールを三分の二ほど飲み終わった後。
「ひよりと美麗がいる前じゃなかなかお酒には手を出せないもんね。琴葉はその辺のこと気をつけてるから」
「ふふ、お酒があるから幸せなわけじゃないですよ? 私」
「そ、そうなの?」
「はい。蒼太さんと二人で過ごせていることが幸せなんです」
「ッ!?」
告白まがいな言葉にビクッと肩を揺らす蒼太だが、続きの言葉はもちろんある。
「一つ屋根の下で暮らしてますけど、二人っきりの時間は本当に少なかったじゃないですか」
「あ、ああ。それはそうだね」
これが
「管理人をやめないでください、ってお願いしたいくらいですよ。正直」
「あはは、それは無茶なお願いだなぁ……。入居者さんに止められるってのは本当に嬉しいことだけどね」
「……」
「って、琴葉がここでその話を持ち出すなんて思わなかったよ。てっきり割り切ってるものだと思ってた」
「ふふ、すみません。こうしたところはまだまだ未熟なんです。まとめ役の一人なのでみんなのいる前ではしっかり偽ってますけど」
少し膨らんだ頬を人差し指で掻きながら苦笑いを浮かべている。
「蒼太さん」
「ん?」
「今日は思い出作りのためにお祭りに足を運んでいるんですよね?」
「そうだね」
「それなら、私にも思い出を作らせてくれませんか?」
「う、うん? こうして一緒に過ごしていることとは別に?」
「はい。私を残してやめてしまう罰を受けてください」
物騒な一言をニッコリとした顔で伝える琴葉は、唐揚げが入った紙コップをさりげなく奪う。
そして——。
「蒼太さん、『あーん』してください」
「ちょっ!?」
「ちょ、じゃありません。私に食べさせられてください? これでほんの少し我慢してあげます」
「あ、やっ……」
「はい、あーん」
それからは琴葉の独壇場だった。
蒼太はされるがままに……。彼女は嬉しそうに瞳を細めていた。
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