第130話 書籍発売日10/20 琴葉①

「それで……どうでしたか蒼太さん。ユキちゃんとのデートは」

「あ、あはは。普通に楽しかったよ。リードされてばっかりだったけど」

 その後、電話をして入居者と合流。

 小雪と離れ、次に琴葉と並んで歩く蒼太は再び屋台が連なる一本道に向かっていた。

 小さな歩幅で歩く彼女のペースに合わせ、先先さきさき進んでしまわないように。である。


「ほ? 蒼太さんでもですか?」

「小雪さん相手に戦える男は数少ないんじゃない? 手玉に取るって言うか、リードされてるところなんて想像できないし。琴葉的には意外だった?」

「ですです。取られ取りつつくらいかと。ほら、どんなに強い相手でも惚れた弱み、、、、、がうんちゃらかんちゃらとか言うじゃないですか」

「っ、え?」

 なんの前触れもない言葉に息が止まる蒼太。

 その言い分では、好きな相手が自分だと暴露したようなもの。


「あ、ユキちゃんが蒼太さんのことを異性として好きなのかわかりませんけどね?」

「なっ、なんだそれ。ビックリしたって」

「ふふっ」

 小雪の気持ちを知っているからこそ、琴葉は口に小さな手を当てて意味深に微笑む。

 そして、からかわれたと自己完結した蒼太は逆に苦笑いを浮かべるのだ。


「それで……蒼太さん。お腹の具合はどうですか? ユキちゃんとご飯を食べたと思うんですけど、まだまだいけそうです?」

「もちろん、まだまだ入るから心配しなくていいよ」

 後ろに控えている入居者のことを考え、屋台のご飯に手をつけていなかったのは内緒。

 蒼太は琴葉が先に望んでいるだろうことを促す。


「さてと、これから一緒にお酒飲む? 俺、焼き鳥と唐揚げが食べたい気分なんだよね」

「ふふ、やっぱりバレてましたか……。ありがとうございます。お祭りでお酒って女の子らしくないとは思いますけど……」

「そんなこと気にしなくていいのに。俺もお酒は好きなんだし、好きなことを二人で楽しめるならそれが一番じゃない?」

 りんご色をしたまんまるの目に視線を合わせて伝える。


「……なんだか私、蒼太さんに管理人の雰囲気が出てないと調子が狂ってしまいそうです」

「そ、そう?」

「いつもより素敵に見えてまして。蒼太さんあなたのこと」

「っ……」

 目を細めて、『あなた』と呼び名を変えて、優しい顔を作った彼女。いきなりの褒め言葉にパチパチとまばたきを繰り返すことが精一杯だった。


「……だからこそ気になっているんですよね? そんな蒼太さんが周りから冷ややかな視線を向けられている理由」

「俺の勘違いだと思ってたんだけど、琴葉も感じるの?」

 全身にチクチクとした視線を浴びせられているような気はしていた。気のせいだと感じていたが、琴葉がこう言い当てたのなら信憑性は増す。


「受付をしている職業柄、視線には敏感で。私に対しては『可哀想に』みたいな視線が伝わってきますね……」

「もしかしてあれかな……。『堂々と二股かよ』みたいに勘違いされてるのかな……。さっきまで小雪さんと二人でいたから」

 言葉通り、少し前までモデルのような小雪を隣に連れていた蒼太。さらには狐のお面を頭につけている分、印象の薄さは少ないだろう。


「あ、それはありそうですね。『騙されてて可哀想』みたいな視線なら納得です」

 こんな状況でもケロッと平気そうにしている童顔な琴葉。周りからは中高生くらいの年齢だと勘違いされているのだろう。

 そうなれば風当たりが強くなるのは当然である。


「……となると、お面のペアルック以外に恋人らしいことしたんですね、ユキちゃんと」

「え゛」

「そうじゃなければこうはならないと思いますし、一体なにをされたんですかねー?」

 裾を握ってきた彼女は、間延びした声を出して追及してくる。状況証拠だけでここまで言い当てられるのは珍しいだろう。


「えっと、やましいことはしてないよ。手を繋いだことくらい」

「ふーん」

「な、なにそのあからさまに不満げな顔」

 小ぶりの唇を尖らせて眉を器用に動かしている。


「なんだかズルいなって思っただけです」

「えっと、琴葉も手を繋ぎたいってこと?」

「っ……。そ、そう言うわけではなくて……わ、わたしの場合ははぐれるかもしれないじゃないですか。その、人波に押されてはぐれて……みたいな」

 聞き返されるとは思わなかったのか、思わず出てしまった言葉だったのか、珍しく歯切れが悪くなった。さらには小さな体型を自分の口から出すことも珍しい。


「この先はもっと人通りが多くなると思いますし、せっかくの時間ですから時間のロスは避けたいじゃないです……か?」

 上目遣いで、『そうですね』と言って欲しそうに首を傾ける琴葉。

 小雪とはまた違った誘い方だが、蒼太が断る理由はない。小雪にはして、琴葉は断る。そんな差別をするわけもない。


「あはは、それは間違いないね。ちょっと周りからの視線が酷くなるとは思うけど……はい」

 そう言い終えると、繋ぎやすいように彼女に手を差し出す。

「……」

「ど、どうかした?」

 そこでぽけっとした顔で差し出された手とこちらを交互に見ている琴葉は、なにかいいことを思いついたように目を光らせた。


「もっと視線を酷くさせてみるのも面白いかも、と思いつきまして。ユキちゃんと同じにするのもなんなので」

「ッ!?」

 そして、琴葉はニヤリとしながら動いた。蒼太の右腕を両腕で抱き込み、胸の前まで持ってきて。

 かなり密着した腕組みだった。

「これでもいいです……よね」

「え、あ、あの……」

「ふふっ、ダメとは言わせませんけどね」

「……」

 どこか楽しそうに、嬉しそうに笑う彼女を見て、今すぐにでも出そうな言葉を飲み込んだ。

 小さくはあるも、彼女の柔らかい胸が腕に当たっていること。その注意を。



(ふう、緊張したけどなんとか前進……。よしよし。そ、それにしても蒼太さんの腕、男性らしくて大きいな……)

 蒼太が我慢する中、琴葉は腕にギュッと力を出し入れして感触を確かめるのだった。

 このまま向かう先はお酒に揚げ物の屋台である。





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