第115話 牽制のひより
前書き失礼します。
お久しぶりです。ようやく帰ってまいりました。
数十日更新できていなかった関係で内容を忘れていらっしゃる読者さんが多いかもですので、前の114話を一度流し読みしていただけますと内容がわかりやすいのかなと思います……。
申し訳ございません。
****
「た、ただいま帰りました……」
「おかえりひよ、り……?」
——あの光景を見た後のことである。
ひよりは逃げるように寮に戻っていた。あのイチャついているような二人の間に入れる心的余裕などなかったのだ。
リビングで英語の勉強を続けていた咲は手を止め、振り返りながら挨拶を返すもその表情を見て気づいたことがある。
「ひよりどうしたの? 顔が青ざめてる。体調悪い?」
「あ、あの……そうじゃないので大丈夫です。えっとそれで……蒼太さんと美麗ちゃんは……」
「あの二人ならコンビニにいった。美麗が誘ってた」
「そう……ですよね」
あの現場は見間違えかもしれない。蒼太と美麗と似た人物だったのかもしれない。そんな薄い希望は咲の回答によって打ち砕かれた。
あの現場を見た時、ひよりの心には言葉にできないほどの不安が襲っていたのだ。
見続けることも、近づくことも拒んでしまうくらいに。
それが一体なんなのか、どんな感情なのか、ひより自身で整理することはできなかった。
「ん? 『ですよね』ってことは、美麗とそうたさんがいるところを見た? 見たのに咲に質問したの?」
「…………」
ですよね。は肯定の言葉。自ら確認をしたのにも関わらず咲からの回答を煽れば当然この疑問が出るだろう。
そして、ひよりは長い沈黙である。
これまた同じように肯定をしたようなもの。
今の今までの会話。ひよりの暗い表情、元気のなさ、顔色。寮内の状況を全て知る咲が考えられることは一つだった。
「ひより一旦座って。咲から話がある」
「あ、あのひよりはお部屋に……」
「座って。お部屋に入ったら多分ひよりは出てこないから」
「……っ」
「飲み物は麦茶でいい?」
「は、はい……って、それは年下のひよりが準備しなきゃです!」
「大丈夫。ひよりはそこに座るのが仕事」
「……わかりました。ありがとうございます」
「気にしないで」
先に提案をすることで逃げ道を塞ぐ咲は、英語の参考書とノートを閉じて冷蔵庫に向かっていく。
ひよりはその後ろ姿を見ながら学生カバンを机の柱にかけて椅子に座る。
落ち着きがないようにまばたきを繰り返しながら咲が帰ってくるのを待つこと1分。
「はい。氷も入れた」
「あ、ありがとうございますっ! いただきます」
学校から寮まで距離があり、あの現場を見ての帰宅なのだ。心身的にも精神的にも疲れていたひよりはすぐに麦茶に飛びつく。ごくごくとコップいっぱいに入った麦茶を半分ほど喉に通していた。
「美味しそうに飲むね」
「あ、あはは……がめつくてすみません」
「ううん、平気。がめつくもない」
「それならよかったです……。あ、あのそれで咲さんからお話とはなんですか?」
本題に入る前の準備も終わったようなものだろう。コップを机に戻したひよりは蜂蜜色の瞳を大きくして会話を戻す。
『話がある。座って』
先ほどこんなことを言われたのだ。重要な内容であるのは間違いないこと。
緊張の面持ちをするひよりであるが、そこを察する咲である。
「リラックスしていい。重たい話じゃないから」
「あっ、それは少し安心しました。ちょっと雰囲気的に怒られちゃうのかなと思ったので……そ、それでなんでしょう!」
上手なクッションが挟まれたことで勘違いが解消される。
怒られないんだ……! なんて少し活気さを戻したひよりが前屈みで話しを聞く体制になった時、唐突にこう言われるのだ。
「あのね、——ひよりはそうたさんをどうしたいの?」
「ん!?」
「だからひよりはそうたさんをどうしたいの?」
「んなぁっっ、なんですか急に……! そんなこと教えられるわけがないですよっ!」
ひよりの良き純粋さはこんなところで悪手になってしまう。このあからさまな動揺が全ての答え。ひよりの本心を映し出しているも同然だ。
「急もなにもない。帰ってきてからのひよりを見ればこう思う。美麗がそうたさんに何かをしてて、ひよりはそれを見て元気がなくなったんだなって。不安になって嫉妬したんだろうなって」
「……っ」
「違うなら、今違うって言って。これからの話が無駄になる」
「…………」
ひよりは声を出さない。『違う』と口に出すことはない。声に出して認めるのは恥ずかしいからか、『違くはない』との行動を取り顔を赤くしながら咲の反応を窺っている。
これがひよりの精一杯なのだろう。そして咲からしても確認は十分だ。
「ひより」
「な、なななんですか」
「
「は、はい……」
確認はできたが、できていないフリをする。
そんな逆接的な言い分を使う咲がここから言うのはひよりを諭す言葉である。
「……好きな人を取られたくないなら、どうして取られないための行動をしないのか咲にはわからない」
ひよりと目を合わせ——1つ。
「他のみんなに遠慮することは何もない。遠慮をしてもメリットよりデメリットの方が絶対に多い」
——2つ。
「ひよりが知らないだけで他の人はみんなしてる。取られないための行動を」
「……っ!!」
その3つ目を聞き入れた途端、ひよりの瞳はまんまるくなる。
「うえっ!? み、みんなってどう言うことですか!? もうしてるんですか!?」
「それは詳しく言えない。でもひよりが知らないだけでみんなはそうたさんを取られないような行動をしてる」
「ぅ……そ、そんなぁ」
「ひよりにこんなことを言うのはダメだけど、このままだとひよりは負けるかもしれない」
「ちょ、なんでですか!」
「ひよりは見た感じみんなより遠慮してる。だからみんなと同じ土俵には立ててないから」
日頃の言動を見ればひよりが誰に好意を寄せているのかは一目瞭然。それに気づいていないのは蒼太だけ。
そして取られないように行動している。この動きに気づいていないのは大きなミスである。そこから生まれる焦燥の心が殻を破り人を動かす力になるのだから。
「咲は帰国して後悔した。勉強も大事だけど留学先の友達ともっとお話すればよかったって。もっと遊べばよかったって。状況は違うけどひよりにはそんな後悔してほしくない」
「……」
「でもね、咲の場合は留学した国に戻って友達と遊べばこの後悔はなくなる。だけどひよりは違う。ひよりの後悔はずっと残るよ。解消する方法がないんだから」
「っ」
「咲が言いたいのはこれだけ。あとはひよりの判断して」
ひよりがたどろうとしているこの道は、第三者が指示できることではない。責任が取れることではない。本人に任せるしかないのだ。
咲は話を終わらせると椅子から立ち上がり、教材を手に持ってリビングをあとにする。
後ろを振り返ることなく、また邪魔をしないように。
****
その20分後のことである。
「なんですかそれは」
美麗と蒼太の帰宅。
出迎えたひよりはムムムとした睨みをとある場所に向けていた。
「え、えっと……美麗が離してくれなくてね?」
「そーたが離さないんだし」
「いやいや、ほら!」
握っていないと証明するように蒼太が手をピンと伸ばす。その伸び切った手を掴んでいるのは、『離さないんだし』と言った美麗であった。
「とりあえず寮内での手繋ぎは許されません!」
「だ、だからそれはっ!」
ひよりの言葉に反論をする蒼太だが、ひよりの視線の先はまた別……蒼太の背後に隠れている美麗もふっと目の形を鋭く変える。
『早く蒼太さんの手を離して!』
『意味わかんないし』
『いいから早く離してよっ!』
『ひよりにそんな権限ないし』
蒼太が知らぬところでのアイコンタクト。
お互いに譲れないところがある二人。
「もういいですっ。蒼太さんあとでお話ししたいことがあります」
これがひよりの打った手。
美麗に聞こえるように牽制を出したのである……。
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