第114話 知る美麗その②

「え、なんでそんなに驚いてるの……? ちょもしかして聞いてた内容と違ってた!?」

 蒼太がこうも焦るのは当然。

 告白を受け『誰々から告白されたぜー!』なんておおっぴらにする人間は当然軽蔑される。

 それ以上に琴葉に取り返しのつかないミスを犯したことになる。琴葉に影響が出るのは間違いないのだから。


「な、なわけないじゃん! 琴葉さんから聞いてたのそれだし!」

 そして美麗からすれば言えるはずがない。『琴葉から聞いていた』なんて発言は鎌かけであり嘘だったなど。

 この事実を知ってしまった以上、本人はもう隠し通すしかないのだ。


「そ、それじゃあさっきはなんであんなに驚いたの……? さすがに気になるんだけど……」

「あ、あー……そ、それはさ、普通は告白じゃなくてコクるって言わないって思って……」

『琴葉が蒼太に告白をした』なんてことを予想していれば鎌かけなんて行わなかっただろう。それに対する言い分も時間のあるうちに考えていただろう。

 上手な誘導を見せられてはいたものの、頭の中を真っ白にさせる発言をされたのなら無理やりな言い訳しか言葉に出せないだろう。


「た、確かに俺もそう言うことが多いけどこんな話をする時にはなかなか略せなくない? 雰囲気的にも」

「まあ……そうだけど」

「何か隠してる?」

「か、隠してないって! ただ本当だったんだって思ってさ……」

 

 視線を彷徨さまよわせ、明らかにおかしな挙動が続く美麗。それでも、告白が事実だったと確認が取れた際の衝撃は少なからずあることだろう。それも知人が知人、入居者が管理人に対して行なったことなのだから。

 違和感を覚える蒼太だが『ありえない反応ではない』と、納得させていた。

 これには美麗も救われた思いだろう。


「まぁ美麗がビックリしたのと一緒で俺もビックリしたよ……。俺のことをそんな風に思ってくれたなんて知らなかったから」

「……」

「でも、気持ちを伝えるって本当に勇気のいることだしそれを俺に向けてくれたのは正直嬉しかったよ」

 迷惑なんて考えてもいなければ思ってもいない。それは蒼太のこの呟きを聞けば誰だって理解できるだろう。


 ——世の中にはいるのだ。告白に返事をするのが嫌。気まずい。だから迷惑……なんて捉える人間も。

 少数派ではあるだろうがこれは人間としてあるべき感情でもあり、そう思われるかもしれないと、告白をする際に怖がられる理由の1つ。


「って、こんなこと言っても困惑しっぱなしだったからみんなに突っ込まれたけど……って、ん?」

「な、なにその疑問顔」

「そう言えば美麗っていつこの件を琴葉から聞いたの?」

「ッ!?」

「確か今朝から俺の様子がおかしいって言ってたからその時はまだ知らなかったんだよね? 聞く時間ってあった?」

「そ……それは学校の昼休みに電話で」

「電話?」

「そーたの様子がおかしいってことを琴葉さんに伝えたわけ。そしたらそんな風に答えてくれてさ。電話越しだったから顔も合わせてないし、声だけでしか判断できないから冗談かって思ったわけ」

 状況を理解し、少しの猶予があったことで頭の冷えた美麗はそれらしい言い分を考えられていた。

 語尾に『わけ』が二度も入ってたのはなんとか説得させようとの強い意思である。


「あぁ……なるほど。じゃあこの件はひよりは知らないし、これ以上広めさせないためにもひよりを一緒に連れてきたくはなかったんだ?」

「うん……。こんな話って内側に留められるだけ留めておいた方がいいのは間違いないしさ」

「そっか。俺と琴葉のことを考えてくれてありがとうね、美麗」

「べ、別にお礼とかいらないし」

 蒼太を連れ出した理由は何があったのかを探るため。2人のことを考えたからではないからこその発言である。


「あ、あのさ……。もう一つ聞きたいことができたんだけど。今朝のことについて」

「それって言うのは?」

「なんでそーたって小雪さんの時も様子が変だったわけ?」

「っ、え……」

「今の理由なら琴葉さんにだけ態度が変わるはず。でもそーたはそうじゃなかった。小雪さんにも似たような反応してた」

「よ、よく見てるんだね……。まさかそこにも気づいてるんだなんて」

「それくらいそーたの様子がおかしかったってことだし」

「美麗が心配してくれるのは素直に嬉しいんだけど……ごめん。小雪さんの件については俺の口からは言えないんだ」

「ハ? 言えない内容ってことは小雪さんからも告白されたわけ?」

「ち、違う違う!! そんなんじゃないって! 告白はされてないから」

「ちょっと待って。『告白』って言い方がまずおかしくない? 今のニュアンスって告白に近いことをされたってことじゃん!」

「……これ以上はもう喋らない。喋ったら墓穴を掘るのは目に見えてるから」

「…………」


 美麗の言っていることに間違いはない。いや、蒼太が『告白は』なんて言葉を使ったことでそう悟られてしまった。

 こうして自衛に走ることで確信に近い思いを抱くかもしれない。

 それでもボロを出すことは絶対にしたくない蒼太なのだ。自分以外の誰かが関わるとなれば、それも告白に近い行動をされたとなれば守りに徹するのは当然のこと。


「もういい。じゃあ最後に答えてよ……」

「ん?」

「琴葉さんのコクりをどうするのか、どうしたのかをさ」

「……告白にはまだ返事はしてないよ。琴葉が気を利かせてくれて俺が管理人を卒業後するまで待っててくれてるから」

「い、意味わかんないんだけど」

「俺って祖母から母親の代わりに管理人をしてるわけだから仕事に集中ができなくなることは絶対にしたくないんだ。寮自体の評判を落とさないためにも」

 

 責任感が強い蒼太は絶対に迷惑をかけないように……を念に入れている。

 対処できることは対処する。大人として当たり前のことをしているだけ。


「でも……琴葉に甘えてこんな対応をするのは間違ってるよね。告白をしてくれた相手に対して真摯に向き合えてないって言うか」

「あ、あたしが聞きたいのはそうじゃない! 付き合うのか付き合わないのかを言ってんの!」

「それは……正直わからないよ」

「ハァ!? なにそれ答えとか普通すぐに出るもんでしょ。隠さないで言って!」

「本当に決まってないんだよ。告白から逃げてるって言われたらそれまでだけど、業務に支障をきたさないように任期を終えるまでは考えないようにしてるから。それに引退をしてもすぐに即決できる内容じゃないよ。こればっかりは」

「……」


 蒼太の次の仕事場は車で3時間半以上。信号を含めたら4時間はかかるだろう。その環境や仕事での折り合いもあり、小雪からの匂わせにも意味があること。

 深く考えられていないだけに何が何だかわからない状況が起こっている。


「でも、答えは絶対に出さないとだから。相手に対して失礼なことをしないように」


 そして——これ以上の混乱を湧き起こすことになる。

 蒼太からすれば当然の回答、『付き合うかわからない。でも、答えは絶対に出す』が美麗の不安を……無意識に存在している美麗の依存、、を煽ってしまったことで。


「あたし嫌だ……。絶対に嫌……」

「え?」

 突として出された震えた声音。

 美麗に裾を握られたことで蒼太の歩みが止まる……。


 横を振り返れば……翡翠の大きな猫目を潤わせた美麗が口を強く結んでいた。

 それはまるで、蒼太の答えを揺るがすように——

「そーたが他の女子と誰かと付き合うとか……嫌だよ……。そーただけはダメ……。渡さない……」


 美麗にとっての蒼太はただの男ではない。過去のトラウマを和らげてくれた唯一の異性なのだ。

 今までの態度に文句を言うことなく、ずっと変わらない優しい対応をしてくれた相手。

 不安な時はずっと側にいてくれた。頼りたい時にはずっと頼ったそんな大切な人。


 それはまるで母を失う前の、優しかった頃の父親のような……。

 そんな蒼太を取られるようなことだけは嫌だったのだ。

『告白に答える』その現実を知ったことで理解してしまったのだ。


「そーたぁ……」

 子どもがイヤイヤするような、おねだりするような、大切なものを離さないような、その表情に蒼太の脳裏はパンクを迎えてしまう……。



 そして……まだ終わらない。

 状況は酷いものになる……。



「んっ!? エェェヤッバ……!! ねえヤバイヤバイみんな! ヤバイってひよりちゃん! あそこ見て!」

「あれって美麗だよね!? 美麗だよね!?」

「ええええっ、デートじゃんあれ!」

 美麗の髪型が目立つばかりに、美麗が美人だと有名であるばかりに、遠目からでも同級生に気づかれてしまう。


 場はうるさいほどの盛り上がりを見せるが……ひよりは違う。

「え……。美麗ちゃんと蒼太さん……。ど、どうして……」

 はちみつ色の瞳は動揺で揺れ動いていた。


 ひよりにとって、美麗と蒼太はただの友達や知人などではない。

 あの特別な距離感でいる2人の現場を見てしまえばこうもなってしまう。ひよりにとっては人ごとではないのだから……。

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