第124話 書籍化記念 思い出作り①

 いきなりですが前書きです。


 こちらのお話は番外編になります。

 時系列に沿ってご説明させていただきますと、蒼太が管理人を辞める日が決まり、そこからどのようなイベントを入居者と過ごしてきたのか。のお話になります。

 

 それぞれのルートがありますので、何卒よろしくお願いいたします。

 下記、本文になります。


 = = = = = = = = =



 8月の上旬。管理人の勤め期間が50日程と目処が経ったある日のこと。

「あの、蒼太さんっ」

「ん? どうしたの?」

 オープンキッチンで皿洗いをしている時、リビングにいたひよりがトコトコ歩み寄って話しかけてきた。


「えっと、いきなりなんですけど、明後日あさって明明後日しあさって……近所で大きなお祭りがあるのは知ってますか!」

「ああー、うん。海辺のところでしょ? 確か花火も上がるらしいね」

「そ、そうですっ」

 そして、この会話を遠目から聞いている美麗、琴葉、小雪の三人。


「友達とお祭りいく約束でもしたの? まだ先の話だけど、怪我だけはしないように気をつけてね。あと物を取られないように」

「あ、あの、そうじゃないです……」

「ん?」

 簡単な注意喚起をするが、ひよりはどこか困惑したように首を振る。


「そ、蒼太さんもう少しで管理人さんを卒業するじゃないですか……」

「うん」

「だ、だから……。だからですね、思い出作りにみんなとお祭りにいきませんかっ!?」

「えっ……?」

「ひより、本気です!」

「あ、あはは」

 予想外のことを伝えられた蒼太は目を大きく見開くが、すぐに笑声を出して状況を理解した。


「お誘いありがと。本当に嬉しいよ」

「っ! じ、じゃあ……」

 そこでぱあっと明るい表情を見せるが、早とちりである。


「ううん、ごめん。一緒にいきたい気持ちは山々だけど、仕事があるからそう簡単に寮を抜けることはできないかな」

「ぅ……」

「残り期間が少ないからこそ、しっかりしなきゃって思うし」

 管理人を引退するから。が、休む理由になるような仕事ではないと蒼太は本気で考えていた。

 これは真面目な性格が故のことで、管理人の発言にひよりは表情を曇らせながら口を閉ざすのは当然。

 入居者である多分、異議を唱えられるべき立場じゃないのだ。——が、これは人数の差によってどうにでも変わってくることだ。


「あら、いいわね。みんなで夏祭り。楽しそうじゃない」

「そうですよね〜。私も賛成ですよ」

「ア、アタシもいきたくないわけじゃないし……」

 リビングから届く小雪、琴葉、美麗の声。

 ふとそちらに視線を動かせば、期待のある眼差しを向けられていることを知る。

 特に小雪なんかは獲物を狩るような表情でニンマリしている。


「えっ、ちょっと。みんなも変におだてないでよ。仕事をサボるわけにはいかないんだから……」

「祭りがあるのは夜でしょう? つまり、夜までに仕事を終わらせればいいだけじゃない」

「休日なのでみんなの手を借りればすぐに終わりますね」

「一人で全部しようとしてる時点でバカ」

「そ、そうですよね! みんなでお仕事手伝えばすぐです!」

「いや、その……」

 一対四の構図がすぐに生まれる。さらには一番の年上である小雪が敵側につき、魅力的な話を持ちかけられているわけでもある。

 押されるのは蒼太である。


「まあ、ソウタさんの気持ちも十分わかるわ。立場的にみんなに甘えることは申し訳ないのでしょう?」

「……はい。固い考えだとは思いますけど」


「だから、わたしからソウタさんに提案をするわ。あなたに全権がある以上、話は平行線でしょうから」

「それで、その提案とは?」

「ご迷惑おかけするのを承知で、今からソウタさんを推薦したお母様に確認をして指示を仰ぐの。これならソウタさんもわたし達も、お互いに踏ん切りをつけることができるわ」

「そう言うことですか。わかりました」

 本当はこの寮を管理している人物、祖母に確認をするのがベストだろうが、体調の面を気にして母親を選んだのだろう。


「でも、自分のお母さんはかなり厳しい人なので許可は降りないと思いますよ? これが管理人を辞める数日前のことなら話は変わりますけど」

「ふふっ、それはどうかしら」

 渋々の顔を浮かべる蒼太と、なにかを確信している小雪。


「それでは今から母さんに電話をかけてきますね」

「待って。無理を言っているのはわたし達なのだから、入居者がお話するのが筋でしょう? ひより、お電話はわたしに任せてもらってもいい?」

「は、はい!」

「この件でソウタさんが、、、、、、怒られることになったらごめんなさいね」

「え?」

 不敵に微笑んだ小雪は、ポケットからスマホを取り出す。その瞬間、入居者は全員、彼女の近くに集まった。

 小雪の左には裾を掴んで背伸びする琴葉。右には寄りかかる美麗。背中には思いを伝えるように抱きついているひより。

 そんな密集した状態で、小雪は声色を変えることなく母親と通話を始めた。


「あっ、もしもし。夜分遅く申し訳ありません」

『おー、小雪ちゃんじゃない。これくらい全然大丈夫だって。それでどうしたの? 電話なんて珍しいこともあるもんだ』

「あの、一つ確認をさせていただきたいことがあるのですが——」

『うんうん』

 と、電話すること2分。


「ソウタさん。お母様からお電話を変わってほしいと」

「母さんから? すみません、ありがとうございます」

 皿洗いで濡れた手をタオルで拭いた後、小雪からスピーカーがオンになったスマホを手渡される。


「母さん? どうしたの」

『どうしたの? じゃないよ。ねえ、さっきの話は全部本当? 仕事を優先しようとしてるって』

「うん」

『あんたねえ、本当バッカなの!?』

「えっ、ちょ……!?」

 寮のリビングに響く母さんの怒声。蒼太がビックリした顔を見せると、事の顛末を見守る入居者が笑っていた。


『あのねえ、呆れ返って全然言葉が出ないけど聞いて。もう事情が事情なんだから、少しくらい仕事を休んだくらいで文句言うわけないでしょーが。仕事よりも思い出作りを優先しなさいよ。入居者さんからもありがたいことを言ってくれてるんだから』

「……」

『あんたが祭りにいきたくないなら話は別よ。でもそうじゃないでしょ?』

「うん」

『だから言わせてもらうけど……最後なんだよ。みんなと夏祭りいけるのは』

「ッ!」

 諭されるように気づかされる。


『最後くらい羽を伸ばして楽しみなさい。少しくらい不真面目になりなさい。それができないなら実家にあんたのスペースは残さないから』

「……」

『わかったら返事』

「はい」

『よーし。それじゃ、小雪ちゃん、琴葉ちゃん、美麗ちゃん、ひよりちゃん。こんなバカ息子だけど最後までよろしくね。なにかあったら今日みたいにすぐに連絡してもらっていいからね』

「「「「ありがとうございます」」」」

 スピーカー機能を利用して母親と入居者が結託し、電話は切れた。

 蒼太はスマホを返すと、なにか言いたそうにしているみんなと向かい合う。


「……えっと、みんな、お祭り付き合ってくれる?」

「ふふっ、もちろん」

「たくさん楽しみましょうね」

「はあ。無駄な時間だったじゃん」

「やったー! 蒼太さんとお祭りだ〜!」

「あ、あはは。よろしくね。……本当に怒られるとは思わなかったなぁ」

 そうして苦笑いを浮かべながら呟く蒼太に、微笑む小雪、琴葉、ひより。

 呆れ混じりに優しい目つきになる美麗だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る