第83話 見せつけの小雪①

「はぁ……。まさか腕を組んでくるとは思いませんでしたよ、小雪さん」

 買い物袋を後部座席に置き、助手席に戻った蒼太は『してやられた』というような視線をハンドルを握る小雪に向けていた。


「ふふっ、買い物カゴに嫉妬しちゃったのよ。ソウタさんの持ち方が腕を組んでいるようだったから」

「なんですかその言い分! 無理やりじゃないですか」

「あら、この世の中にはぬいぐるみ相手にも嫉妬する子もいるのよ。わたしがその一人ではあるんだけれどね」

「えっと……ぬいぐるみに嫉妬する理由ってあるんですか?」

 人間相手への嫉妬なら十分に共感する蒼太だが、生きていない物への嫉妬はわからない蒼太だ。


「例えば、ソウタさんがぬいぐるみを抱っこしているとするでしょう? その時に『わたしは一度も抱っこされていないのになんでぬいぐるみだけ……』みたいにね」

「そ、そんなのがあるんですか!? 知りませんでした……」

「大の大人が……って思うかもしれないけれど、どうしてもぬいぐるみに自分を投影してしまうのよね」

「でも、そんな女性は可愛いと思いますよ。嫉妬をしてる姿を見たいとかよく言いますから」

「フォローをありがとう。そう言ってくれると助かるわ」


 話も一区切り。アクセルを踏んだ小雪はスーパーの駐車場から抜けると手慣れたように方向指示器ウィンカーを出し車体を道路に出した。


「それにしてもさっきは面白かったわ。まさか腕を組んだだけであんなに顔を赤くするなんてね、ソウタさん?」

「あ、当ててくる、、、、、んですからそうなりますよ……。あんなこと全然慣れてないんですから俺は……」


 小雪だって恥ずかしいアタックをした。それでも蒼太はそれ以上の照れを見せていたのだ。

 密着をしてきたかと思えば、端正に整った小顔と反比例するようにたわわな胸が当たり、組んでくるしなやかな腕はもちもちとその感触まで伝ってくる。最後には甘い匂いが鼻腔につくのだ。女性慣れをしている人間でも、小雪が相手なら顔を赤くしてしまうことだろう……。


「慣れていないのは嘘でしょう? 美麗と一緒に寝る時はあのような状況になっているのだから」

「き、気持ちが違うんですよ。美麗の場合は保護のような形でやれてますけど、小雪さんの場合は俺が彼氏役ってことですし……」

「つまりわたしの方がドキドキしてくれてるのね?」

「そ、それはそうですよ……」

「ふふふっ、でもわたしだってドキドキもしているし恥ずかしいのよ? 彼氏との接し方がソウタさんに透けていることもあって」

『わたしと付き合ったらこんなことをする』と、しれっと布石を撒いている小雪なのだ。


「もし小雪さんと付き合ったなら手玉に取られるイメージしか浮かびませんよ……ははは」

「そうも言えないと思うわよ? 今はソウタさんが1ポイントリードしているから」

「ポイント……ですか?」

「そう。顔を赤くした回数ね」

「ハンデで勝ってるってことですね……」

「さて、それはどうかしら」


 小雪が顔を赤くしているところを確認できていない蒼太なのだ。ハンデと捉えてしまうのも無理はないが、実際には対等の勝負をしている。

 玄関前の手繋ぎと買い物中の腕組み。この2ポイントでリードをしているのだ。


「あっ、それでソウタさんはもう予定ないのよね?」

「そうですね。あとは寮に戻るだけです」

「であれば……少しだけドーナツ屋さんに寄っていいかしら。最近顔を出していなくって」

「全然構いませんよ。もしあれでしたら店内で食べます? そっちの方がゆっくりできるとは思いますし、俺も店内で食べたい気分ではありますので」

「ありがとうソウタさん。それなら店内でお願いするわ」

「そう言えばドーナツ食べるの久しぶりなので楽しみですよ」

「ふふっ、それはよかったわ」


 そうしてよい雰囲気のままファストフード店、ミセスドーナツに向けて車を走らせる。

 このミセスドーナツは小雪が言っていた通り、お世話になっている店の一つ。

 店員と店長とも顔見知りで、4月上旬にはこのような会話がされていた店——。


『あれ、小雪ちゃん今日は店内でお食べになっているの?』

『そうなんです店長……! 珍しいですよね!』

『それにしてもなんだか難しい顔してるわね……?』

『そうなんですよー。事情があるとはおっしゃっていて』

『なるほどなるほど。それはつまり……色恋沙汰ね』

『ですね!』

『とうとう男の影ができちゃったのね〜小雪ちゃんに』

『一体どんな方なんでしょう……。あたし的にIT系に勤めている高身長イケメンだと予想してます。小雪さんの容姿、そして乗っているお車を見て結構自信あります!』

『私はそうね……。経済力と言うよりは家事力が高い男性だと思うわね。それでいて容姿はちょっとコワモテな感じね』

『店長ぉ……! ギャップ考察をいれるのはズルいです!』

『別にイイじゃない!』


 そう。このような彼氏考察がされた店に足を運ぶのだ。初めて、男を連れて……。



 ****



「ごめんなさいソウタさん。わたし先に手洗いにいってくるわ」

「わかりました。それでは先に注文を取って選んで席を取っておきますね」

「ええ、すぐに戻ってくるから」

 この会話をしたのは車の中である。


 駐車場から出た小雪はミセスドーナツの外にあるお手洗いに、蒼太はそのまま店内に入っていく。

 平日でテイクアウトもしている店だけあり、内にお客さんは多くなかった。ゆっくり落ち着いて食事を楽しめるだろう。


「あっ、いらっしゃいませ〜! 店内でお召し上がりでしょうか?」

「はい、店内でお願いします」

「かしこまりました! ご注文がお決まりになりましたらどうぞ!」

「ありがとうございます」


 元気で愛想のよい店員に釣られるように笑みを浮べて一礼する蒼太はガラス棚にあるたくさんのドーナツを見ていく。

 芸術といっても過言ではないくらいに色とりどりのドーナツ。甘い匂いが店内に充満しており食欲をそそる。


 前のめりになり、集中して選んでいるせいで蒼太は気づかなかった。

 今、挨拶を交わした店員が、『店長店長! かっこいいお客さんきました……!』

 なんて手招きで呼んでいたことを。

『ホント!? どれどれ?』

 そして口パクで反応し、覗きにくる店長を。


「……すみません、注文をお願いします」

「あっ、なんでしょう!?」

「ポーンデリングとカスタードのクリームとブレンドコーヒーを一つ。あと一口ドーナツの24個入りをお願いします。こちらはテイクアウト用に包んでいただけると助かります」

「はいっ、かしこまりました!」

 蒼太一人で入店してきたからこそ店員や店長は気づかない。お手洗いにいっている常連の小雪と蒼太が関係を持っていることに……。

 そうして会計を終わらせ、注文をした商品を持って客席に着く蒼太。と、すれ違いタイミングで入口ドアが開きワンピースをまとった小雪が入店してくる。


「あっ、お久しぶりです小雪さん!」

「ふふっ、お久しぶりね。相変わらずお元気そうでなによりよ」

「それはお互い様ですっ。ずっと来られてなかったので心配していたんですから!」

「ふふっ、ごめんなさい。ってあら……店長さんもレジに出ているだなんて珍しいわね? 何かあったのかしら」

「いや〜、この子がカッコいいお客さんが入ってきたって手招きするものだからね? 少しコワモテだけど実際その通りで」

「全く、本当に男性好きなのだから二人は……」

「と、とりあえず小雪さんも見てください! あたしへの対応も凄く良くて……! 今あちらにいます——」


 その店員はバレないようにこっそりと指をさす。誰に向けたのかは言うまでもないだろう。そして、その人物が誰か知った瞬間に顔を綻ばせる小雪なのであった。

 

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