第84話 見せつけの小雪②
「と、とりあえず小雪さんも見てください! 今あちらにいます——」
と、顔見知りの女性店員に促された小雪。返す言葉はもちろん本心である。
「あら……確かに素敵な男性ね。店長さんを手招きして呼ぶだけはあるわね」
「で、ですよね!! 丁寧に注文をしてくれたので優しい方ですよ絶対!」
小雪が同調したことでますますテンションを上げる店員だが、ここで店長の冷静な視点が入る。
「でも、一口ドーナツの24個入りを買われたから2人くらいお子さんを持っているのかも」
「そ、その可能性も十分ありますけど……とても若くないですか!? 多分25歳前後だと思うんですけど」
「正確には23歳ね」
「えっ、23歳なんですか!? あたしの1つ下じゃないですか!」
「……って、どうして小雪ちゃんはあのお客さまのことを知っているの?」
当然の疑問を入れる店長だ。見知らぬ相手の年齢など言い当てることができる人間はいない。当てずっぽうをするような小雪でもないのだ。
「あの方、ソウタさんって言うのだけれど、お仕事の関係でわたしと繋がりがあるのよ。……ほら」
レジから振り返り、客席に座っている蒼太に手を振れば、『ほ?』とした顔で手を振り返される。状況を理解できずに反射的に動いている蒼太だが、小雪が知人でなければ知らんぷりをされるだろう。
「わっ! つまり今日は偶然の再会ってことなんですね! 凄いじゃないですか!」
「ふふふっ」
蒼太と小雪が入れ違いで入店したことから『偶然の再会』と予想する店員。そんな店員に対し、返事ではなく笑顔を作った小雪だった。
これこそ小雪が得意とする技。
嘘をつくことなく相手を錯覚させる——『返事はしていない』との屁理屈が通る術。
以前、これをしたことで美麗に蒼太の料理を食べさせた小雪でもある。
「え、えっと! つまり小雪さんはあのお客さんのこと詳しいってことですよね!? あたしちょっと気になっていることがあるんです……!」
「あら、それなら直接聞きにいった方が確実じゃないかしら」
「それをするのは恥ずかしいんですよぅ……!」
「そう? であればわたしが答えるけれど……大丈夫かしら店長さん。少し時間をいただくことになるでしょう?」
「お客さまが来店された時にきちんと対応ができるように。あとはうるさくしなければ構わないよ。
「ありがとう店長さん」
店員から店長に雑談する許可は取りづらいだろうと、小雪が先に手を打ったのはさすがである……。が、この流れこそ小雪が望んでいた展開なのだ。
「では! まずあの方にご家族はいるんですか……ね?」
「子どももいなければ妻もいないわよ。24個入りの一口ドーナツを購入した理由は知人へのおみやげだと思うわ」
「なるほど……。ではあのお客さんに彼女さんはいらっしゃるんですかね……?」
「う〜ん、そうね。いても不思議じゃないわよね」
途端、可愛らしく目許をほろこばせる小雪である。
「私はいると思うよ? 小雪ちゃんが『素敵な男性』なんて言うのは珍しいからね」
「た、確かに……っ」
「あっ、そのことなんだけれどソウタさんはお掃除もお料理もできるのよ」
「んんっ!? 家事できるんですか!」
「まぁ……若いのに立派ね」
容姿や性格以前に、誰もが羨むスキルを持っている蒼太なのだ。女性にとってこのスキル持ちは惹かれる要素である。
女性には月に必ず『女の子の日』がやってくる。それは赤ちゃんのベッドを作るための日。
症状を挙げれば、下腹部の痛み、下痢、頭痛、吐き気。
また、
こちらの症状は、頭痛やイライラ。集中力が低下にやる気の低下。うつ症状に眠気に食欲不振や肌荒れ。
辛い日が多く、手を貸してほしい時期が多いからこそ、家事を手伝ってくれる男性は頼りになるのだ。
「ええ、若いのに凄いのよ。人並みには家事をするわたしだけれど、それでも敵わなくてね」
「ほわぁ。小雪さんでも……なんですか!」
「何度か煮物を作ってもらったのだけれどこれがまた美味しいのよ」
「ゴクリ。料理上手なんだぁ……。煮物って難しいですもんね!」
「ええ、お掃除にも手を抜かないからお部屋はずっと綺麗よ。まるで主夫みたいな働きぶりね」
「わぁ〜。優良物件だぁ……そ、そんな方と知り合えてるなんてずるいですよ小雪さん!」
「ふふっ、ご縁には感謝しているわ」
24歳といえば結婚をする同級生も出てくる。憧れが出てくる年齢だ。
小雪の話にがっつき、どんどんと目を輝かせていく店員。
その一方で、この話を噛み砕いていた店長は『やりやがったね?』なんて察しの表情を向けていた。
料理の件、掃除の件、仕事の関係で繋がっているだけでは知り得ない情報である。
『素敵な男性』と珍しく小雪が褒めていただけに
『カッコいいお客さんが入ってきた』と店員が小雪を刺激しなければこうはならなかっただろう。
「いいなぁ……。いいなぁ……。合コンとか設定できないかなぁ……。あっ、小雪さんは合コンどうですか!? 幹事はあたしがしますので!」
「そうしてソウタさんをわたしに誘わせるつもりね?」
「えへへ、その情報を知っていましたら人気が出る前に先取りできますからね! もちろん小雪さんが退屈しない男性陣を用意しますのでどうでしょう!?」
「——っと、その前に小雪ちゃん、注文はいつもので大丈夫?」
「ええ、支払いはカードで」
「かしこまりました」
こればかりは常連の特権だろう。レジで素早く商品を打ち込む店長は合計金額を表示させる。次にカードで支払いを済ます小雪。
当たり前のやり取りをする——この間、二人はコンタクトがされていた。
『自慢の彼なのね。私に譲ったりしない?』
『ふふっ、さすが店長さん。気づくのが早いわね。もちろん譲らないけれど』
『それは残念』
と、レシートを渡す店長はチュロス、ポーンデリングの用意を始める。
阿吽の呼吸で店員はブレンドコーヒーを注いでいく。
「それで合コンだったかしら?」
「はいっ、3対3か4対4でどうでしょう。ちょうどアテがあるので!」
「そうねぇ……。楽しそうではあるけれど、ソウタさん以上の男性はいるのかしら」
「ぅ、そ、それは……あはは! あっ、学歴の凄い方を準備しますよ!」
蒼太以上の人物に心当たりがあるのなら合コンをセッティングしたりはしないだろう。狙いにきている店員に鋭い指摘をする小雪だ。
「正直、あなた
「ぜ、全部バレて……へ? ん? え? あなた……
ここでようやく違和感に気づいた店員。そしてこのタイミングで店長から注文品が用意される。
「はい、お待たせしました小雪ちゃん。……早く行ってあげないとね」
「ありがとう店長さん。
「……か、彼……。彼ッッ!?」
「ふふっ、意地悪をしてごめんなさい。彼を取られるのは本当に困るのよ」
謝罪後、商品の乗ったお盆を持った小雪はレジ側に背中を向け、蒼太が座る席に一歩、二歩と近く。
そんな距離で、再びレジに振り返った。
「ええ。だから……彼だけは狙っちゃダメよ。ソウタさんはわたしのなんだから」
魅惑的に微笑んだ小雪は柔らかく釘を打った。細めた瞳に確かな敵意を浮かべて——。
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