第42話 バナナ

 蒼太のマッサージが終わったその後である。

 琴葉はいつも通りに自室に戻っていた。本来ならば着替えを準備してお風呂に入っている流れなのだが、今日だけは違う。


 琴葉はベッドの上で正座をしていた。この部屋には誰の侵入も許さないように鍵を閉めている。


「……」

 座禅をするようにピタッと動きを止めており、将棋をするように前のめりの体勢。そして同じくベッド上にある三つのものを琴葉は無言で見つめていた。


 形で説明すれば、丸いもの。四角いもの。細長いもの。

 順にメジャー、スマホ、バナナ。

 カタカナが揃っている以外にはなんの関連性もないと思わしきこの3つ。

 これで何ができるか、今の段階で答えられた者は人口上位2%の知能指数の持ち主しか入会を許されない高IQ集団、Mensaメンサの入会テストを受けてみてもよいかもしれない。

 小川から教えられたことをマッサージの完遂で無事に調べられた琴葉だが、好奇心と言う名の火は燃え続けていた。

 なんということだろうか、デカイと調べるだけでは物足りなかったのだ。


「……よし」

 ベッド上で真剣味に帯びた顔。覚悟が決まったような声色が出された。これが行動のスタートになる。

 琴葉は第一にスマホに手を伸ばした。

 電源をオンにしてすぐにWebページに飛ぶ。慣れた手つきで超高速フリックで文字を打ち込む。


 本当に今は便利な世の中だ。

 手のひらサイズの軽い機械で分からないことを調べたり、四字熟語を調べてみたり、他国の言語の翻訳をしたり、勉強の解説動画なども見られるようになっているのだから。


 そんな人類の素晴らしい機械を使って琴葉は調べた。

『アソコ 大きさ 平均』——と。

 むっつりの琴葉ではあるが、こんな生々しいことを調べたことはなかった。動悸で胸がいっぱいである。息苦しさを覚えながらも興奮の一端がある。


 Wi-Fiの通信環境がよいこの寮。検索結果がすぐに浮かび上がる。タップしてページに飛び、目を通していく。ブログのように題名からあらすじからもくじ。

 そのもくじの一つにあった。『この国に住む男性のアソコの大きさは?』の文字が。

 琴葉はそこをタップして目的の答えを手に入れた。


『他国にと比べると小さくはありますが、12センチ後半から13センチ中間が目安めやすと言っていいでしょう!』

 ぶどう色の蛍光ペンで塗られている強調の文章を。


「こ、これが標準の大きさ……? う、嘘だよね……。小さいってそんなわけないよ。12センチってどう考えても大きいのに……」

 三大欲求の一つを満たす動画を見ている琴葉だが、実際の数値を知るのは初めてのこと。

 琴葉の予想は10cmほどだった。


「ふ、ふう……」

 大きな深呼吸をすることで沸騰しそうな頭を落ち着かせる。この部屋に誰も入ってこない、そんな安心感があるからこそ立て直しも早い。

 琴葉は火照った頭を回転させる。


「つ、つまり蒼太さんが持ってるモノは13センチからプラス1センチから2センチ大きいってこと……なのかな」

 先輩、小川の言ったことを完全に信じきっている。目安より上を考えた場合、このくらいの大きさを増すのが妥当だろう。


「……で、でも4つも当てはまってたから3センチくらい大きくてもおかしくないのかな」

 ピンクの妄想はどんどん膨らんでいく。1cm、2cmと伸びていく。


 これでスマホの役割は終了。ベッドに置き直した琴葉は


 次に琴葉は右手でメジャーを持った。そして左手で蒼太からもらったバナナを正座した太ももの上に移動させる。


 これで準備が完了する。

 ビィッ——そんなメジャーを伸ばす音。

 琴葉はやったのだ。そのバナナのサイズを測り出したのだ。


 一般人がメジャーを扱う機会は部屋の採寸をしたりするくらいだろう。扱い慣れていない分、ズレがあるのは承知。慣れない手つきでサイズを計測した。


「っ!?」

 時間にして数十秒、視界で捉えた。

 ——16.80cmの数値を。


「……り、立派だけど、や、やだぁ……」

 バナナには誠に誠に申し訳ないが、こやつはアソコに似ているわけでもある。無意識なもじもじと、顔が真っ赤になってしまうのも仕方がない。


 普段から落ち着きがあり、勘もよく、休日は料理を振る舞い、この寮の第二のお姉さんの琴葉がバナナをアソコに見立ててサイズを測り、語彙力を落としているだなんて、こんなことをしているだなんて入居者の皆、知らないこと。


「ふう……。お、落ち着いて……。ばななが17センチとして蒼太さんのはこれより1センチ以上は小さいから——」

 バナナの横周りと反り返り部分を考慮しなかった場合、縦だけで比べたらそうなる可能性もある。琴葉は13cmの+3である16cmで蒼太のモノを予想していた。

 これでメジャーの役割も終わり、琴葉は置いたスマホの横に並べる。


「……」

 これで終わりではない。

 太ももに置かれた立派なバナナには最後、重要な役割が残っている。

 琴葉は震えた右手でバナナを持ち、先っぽを天井に向けるようにして立てた後、正座の形を崩すようにつま先を左右に開いてぺたんと座った。そこから膝を開いてVの字を作る。


 また一つの準備が完了する。

 琴葉は何を思ったのか、この楽な姿勢を作ってすぐバナナを右足と左足の付け根の間に当てる。お腹にバナナが当たっていることを目視する。

 はぁ、はぁ……。

 そんな熱のある息を無意識にこぼしながら裾をめくる。

 マシュマロのような白い腹部が露わになり、琴葉はバナナの先端がどこにあるのかを目に入れ——

「っ!?」

 その途端である。ビクッと体を震わせて裾を高速で戻していた。


「き、きき気のせいだよね……今のは……」

 とんでもないものを見た気がした。

 バナナの位置はそのまま、黙想をして冷静を取り戻した琴葉は幻覚を起こさないように目を細めて再び見る。


「……」

 とんでもない結果は変わらなかった。

 いや、そもそも常識的に考えたら当然である。

 身長が150センチもない琴葉がバナナに対抗しようとすること自体間違っているのだ。


 バナナの先端は琴葉の小さいおへその上を突破していた。


「う、うそ……」

 思わず固まる琴葉である。

 このバナナをさらに1センチ削ったとしてもまだおへそ辺り。

 琴葉の顔は真っ青になる。


「こ、こんな大きなの挿れられたら……意識飛んじゃうよ……」

 漫画のような展開が現実を帯びる。


「じ、じゃあそんな時には私のお腹もぽっこりになって……」

 下腹部をさすりながらお化け屋敷に入ったような怯えた顔を見せる琴葉。だが、その小さな体はおかしくなっていた。


 大きい方が気持ちがいい、そんな一瞬の思考。

「っっ!?」

 次に下着にじわっと何かが漏れたような感覚。欲情のスイッチが勝手に押されてしまったのだ。


「ぅ、もう……」

 この呟きが最後、琴葉はすぐに着替えの準備をした。

 服を脱いで素裸になる琴葉は急いでお風呂場に入り、シャワーの強さを最大にした。


 ——この日、琴葉はいつもより長い時間をかけてお風呂に入っていた。


 あんなことをしていたなど、寮の皆は誰も知らない。



 ****



 長いお風呂を上がり、琴葉がリビングに顔を出した時のこと。


「えへへ……わぁいー」

「小雪さん、これ助けてください。ひよりにこれするの今日2度目なんです。しかも15分くらい。嫌なことがあったらしくて……でももう立ち直ってると思いません?」

「あら、2回目だったの? ってふふっ、そうね。わたしもこの顔を見たらそう思うわね」

「何があったのか知らないけど、コイツに頭撫でてもらうのやめなってひより。腐るよ」


 リビングには入居者全員が揃っていた。

 そして琴葉にとって羨ましい光景が広がっていた。

 大きくてゴツゴツした蒼太の手が、ひよりの頭を優しく撫でていたのだから。





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