第120話
【IF】 蒼太&ひより
時期は新年から数ヶ月経った5月になる。
そしてここは建てられてまだ十年と経ってないさざなみ保育福祉専門学校。
ひよりはその専門学校1年生。施設にも環境にも友達関係も作れてきたそんな時期。
この学校の男女比率は1対9。ほぼ女子校のような環境だったこともあり、ひよりは高校と同じようなポジションを入学してすぐに獲得していた。
優しく、明るく、純粋な人間性を気に入られ先輩や同じ1年生、先生からも可愛がられているほど。
時刻は16時40分。
学校の教室でひよりは友達と輪を作っていた。
「はぁ、今日は彼氏とデートかぁー。なんかアレだなぁ……」
「ウチは今日デートじゃないけどその気持ちわかるよ。なんか気分乗らない時ってあるよね。用事とかある時とかさ」
「……」
「そうなんだよ……。今日はバイト後に会うってなっててさ、断りの連絡入れても『どうしてもー』ってワガママ言われて。もちろんあんなことはしないけど」
「付き合って1年だっけ? 倦怠期っぽ?」
「まぁ……付き合い始めからしたら結構不満溜まるよね。彼氏の子どもっぽいところとか見えたりで」
「もうあるあるだねそれ」
「…………」
ひよりは新しくできた仲の良い友達2人の会話を無言で聞いていた。ぽけーっとしながら聞いていた。時に首を傾げながら聞いていた。
話にはいつでも入ることはできたのだが、ひよりには共感すらできない話題が続いていたのだ。
「えっと、付き合うと……そんなに不満が出るの?」
そしてこのタイミングで質問するひよりである。
「当たり前だよひよりん。飽きるってことはないんだけど、用事とかがあったら会ったりするのがもう面倒臭くなったりするんだよね」
「友達と遊んでいた方が気が楽とか思い始めるよねぇー」
「そうそう。ぶっちゃけそっちの方が楽しい時もある!」
「…………」
またしてもひよりは共感できない話。『ム?』としたように首を傾けるのだ。
「ひよりんも彼氏作ればわかるようになる! もうここは女子校じゃないからすぐに彼氏できるだろうしね!」
「え、彼——」
「——怖い話、ひよりって純粋で一途だから悪い彼氏に捕まったらいろいろ利用されそうじゃない?」
「あー、うんうん! 見極めは絶対しないとダメだね! こんな子は白く真っ直ぐに育てないと!」
さざなみ保育福祉専門学校に通い、ひよりを知る学生は知っている。
ひよりが中、高と女子校に通っていたことを。異性との関わりがないだろう環境だったと知られているからこそ『彼氏がいない』なんて的は射てる情報が広がっている。
友達からすれば『彼氏がいない相手に彼氏の話をするのは悪い』と、こんな心理が働き話題を少し変えられるようにと気遣われているのだ。
が、しかし……ひよりからすればそれは大きなお世話である。
ひよりにはちゃんと男がいるのだから。
今年で24歳、デザイナー業界で働いている蒼太という男が。
「でもひよりんが彼氏作るとしたらどんな風な彼氏作るんだろ。自分の予想はちょっとぽっちゃり系の優しい人って感じなんだけど」
「それもわかるけど、ウチの予想は結構ガリ勉タイプって感じ。チャラい系は苦手っぽいから硬派が好きそう」
「なるほど! あとは年上好きって感じがするけど……ひよりんこれ絶対合ってるでしょ!?」
「う、うん! 年上は大好きっ!」
彼氏である蒼太が年上なのだ。ひよりが満面な笑顔を見せて答えるのは当然。
「確実に言えるのはひよりは彼氏にベッタリタイプってことだね。なんか引っ付き虫になりそう」
「カルガモの赤ちゃんのように後ろをちょこちょこ付いてきそう……」
「ふ、2人とも酷いよっ! そんな迷惑のかかるようなことしないもん!」
「いやぁ、ひよりんの場合はそれ絶対ある。なんか甘えん坊そうだしー」
「まあ、半年も経てば不満出てくるだろうけどね」
「えっ、そんなことはな——」
そうしてひよりの発言権に移った矢先のこと、
テテテテテテテテテテテン。
スマホユーザー使用率No,1、緑と白の二色が特徴的な通話チャットアプリから着信音が鳴ったのだ。
「っ!」
バッグからすぐにスマホを取り出したひよりに友達は言う。
「このまま出ていいよー。席を離れるのもアレだしウチたち静かにしてるから」
「うんうん。そこら辺はちゃんとするから気にしないでー」
「ありがとう。じゃあこのまま電話するねっ」
友達はこう思っている。別の女友達から電話がかかってきたのだろうと。
そして、聞くのだ。
『もしもし、ひより』
「え?」
「は?」
スマホの設定により、最初がスピーカになっていた。
ひよりは当たり前にスピーカー機能を戻すが、友達には第一声の男の声がバッチリと届いている。
2人で顔を見合わせる最中、ひよりは電話を続けていた。
「もしもし! 蒼太さんお疲れさまですっ。もうお仕事は終わったんですか?」
『うん。今朝言ってた通り早めに終わらせられたからね。それで今朝言ってた通り今からご飯行けたらって思うんだけどどう? ちょうどひよりも学校が終わった頃だろうしさ』
「もちろん行きたいですっ! でも……ご飯だけじゃダメですっ!」
『あははっ、そう言うと思ったよ。それじゃあ外食した後は買い物デートとかしよっか』
ひよりのスマホは下側面に音声が出る穴が設置されている。その穴を友達側に向けているために微量ながらその会話が聞かれている状況。
『デート』のワードをしっかりと耳に入れる友達。
もちろんひよりは知る由もない。この電話の内容を聞き取られていることに……。
「そ、蒼太さん」
『どうした?』
「あの……お外よりはひより、ひよりのお家で遊びたいです。一人暮らしなので寂しいんです」
『えっと……家以外ならいいよ。うん』
「えっ、なんでですかっ! 今の話聞いてましたか!?」
『いや、だってさ……。ひよりアッチ系の漫画こっそり近づけてくるじゃん……。俺の理性削ろうとしてさ』
「そ、そそそそんなことしてないですっ!」
「はいはい。だからひよりの家は嫌なの。そんなことは20歳を超えてからって付き合う時にも約束したでしょ?』
「うぅぅ……。で、でも法律的には18歳になったらOKってなってたんですっ。これはちゃんと調べました!」
ひよりの性の目覚めは遅かった。遅かったからこそ、目覚めたからこそ、人一倍に興味が出てしまうもの。
そして、純粋さのかけらもない行動をひよりが取っている情報を電話越しから聞く友達……。口をあんぐりさせながら頭を抱えていた。
『俺たちのルールが優先でしょ? 約束する前に調べなかったひよりが悪い』
「うー、もぉぉ……っ!」
『うー、じゃないの。って、いきなりでごめん。実はもうひよりの学校に着いてるから校舎から降りてきてくれる? なんかちょっと……あれなんだよね……』
「あれ……です? あ、と、とりあえずわかりました! すぐ行きますっ!」
最初は疑問に溢れた表情をしていたひよりだが、『行く』の言葉を発した瞬間には花が咲いたような可愛い笑顔を浮かべていた。
表情の変化は面白いもので、そのまま電話を切って立ち上がるひよりである。
「うん! よしっと! ひよりん外まで送ってあげる!」
「ウチも送るー!」
「えっ!? だ、大丈夫だよっ。ひより迷わないから!」
「いいから!」
「早く早く!」
友達はひよりを肩に触れ逃げ道をなくすようにすぐに動いた。ひよりの彼氏はどんなやつなのか、それを確かめる目的があったのだ。
そうして……教室から廊下に出た3人は聞くことになる。
「ねえねえ! 今ね、来客用の駐車場に黒いバイク乗ったイケメンライダーがいるの! もう何人か見に行った女子がいるみたい!」
「えっ、それわたしも見に行きたい! 早くいこいこ!」
「自分もいくーッ!!」
何気ないガールズトーク。
それでもこの内容に心当たりのある人物が1人いるのだ……。
「ご、ごめんっ! ちょっと走るねっ!」
ひよりは目をパチパチさせ、どこか焦ったように言うのだ。
口元は不安を感じているように震えていた。
****
「えぇ……な、なにこれ。ちょっと、俺……悪いことしてないよ本当……。ちゃんとバイク停めてるよ……。一般のところに停めてるんだよ……」
ここはさざなみ保育福祉専門学、その敷地内にある来客用の駐車場である。
ヘルメットを脱ぎ、バイクの上で時間を潰すようにスマホを操作する蒼太はいたたまれない気持ちになっていた。逃げ出したい気持ちになっていた。
外に繋がる校舎の玄関口。そこに何人もの生徒が集まってきていたのだ。それも……時間が経てば経つごとに増えていっている。
さらにはそこに集まっている生徒の視線は全て蒼太に向けられているわけである。蒼太が不安になるのも仕方がないこと。
『あのでっかいバイクすっごいカッコいい……』
『いやいや、あのライダーさんもかっこいいって……』
『しかもモデル体型だよね……脚長いなぁ……』
『これ連絡先交換チャンスじゃない!?』
その集まっている先でこんな会話がされていることなどつゆ知らず、
(早くきてひより……)
ヘルプを出すのは彼女であるひよりに向かって……。
その願いは必然か、しっかり届いていた。
「蒼太さーんっ!」
「ッ!」
聞き慣れた、愛らしい声が蒼太の鼓膜を刺激する。
その声源に首を動かせばひよりが手を降ってこちらに駆けてきているところだった。
その時、玄関口に集まっていた生徒がぶわっとざわめいたが、それに気にしている余裕のない蒼太である。
「おー、お疲れひより」
「はぁ、はぁ……お疲れじゃないですっ! 蒼太さんはどうしてそんなところにバイクを停めてるんですかっ!」
「え……え!? やっぱりここは停めちゃいけない場所だった!?」
「そ、そうです! もっと隅っこに停めてくださいっ!! その場所はその……その……とにかくダメなんですっ!」
「ご、ごめん……。次からは気をつけるから……」
ひよりの反応から蒼太は学校にある暗黙の了解に踏み入れてしまったと思った。集まっていた生徒はそのことを知らせようとしてくれたのだと思っていた。
だが、それは全く違う。
蒼太がバイクを停めてある場所は何も問題はない。暗黙の了解もない。
ただ、玄関口から必ず視界に入ってしまう……蒼太という彼氏に注目が集まる場所に停めていたからこそ注意したひよりだったのだ。
ひよりは外に出る際に見聞きしてしまった。
玄関口に集まっている学生が、ジャンケンポンをして蒼太に話しかける順番を決めていたことを。
ひよりはあの女子寮での激戦を勝ち抜いたのだ。
それだけでなく一生懸命勉強をして、将来の夢をちゃんと決め、蒼太の職場と近い学校を選んだほど。
蒼太のことが大好きだからこそたくさんの嫉妬をする。
「つ、次からこの学校に来る時は蒼太さんはずっとヘルメットをつけてくださいっ。バイクを停めててもです……!」
ぷりぷりと怒るひよりは嫉妬を隠すこともなく頰を膨らませていた。
言いたいことを言い終えると、ひよりは自ら予備のヘルメットをバイクから取り出し、慣れたように蒼太のバイクに乗り込んだ。
次に——こんなことをする。
「蒼太さんのばかぁ……」
「う゛っ」
人間が出せないような声を上げる蒼太。もちろんこうなってしまうのは理由がある。
「ちょ、ひより苦しい……」
「これは蒼太さんのせいです……。蒼太さんが悪いんです……」
ひよりは蒼太の腰に手を回して、全部の力を出してぎゅゅっと抱きついたのだ。
蒼太の背中と、ひよりの腹部から胸には隙間がない。それくらいに密着をして……。
「こうやってモヤモヤ取るんです……」
「え、えっと……と、とりあえずバイク動かすね? あとで話は聞くから」
「蒼太さん、バイクを降りたらひよりと恋人繋ぎをしてください……。あとはハグもしてください……。これは絶対です……」
「お、おう……。とりあえずわかった……」
何がなんだかわからない蒼太だが、ひよりの声色からしてもそう望んでいることくらいわかる。
そうして、蒼太がバイクを動かして学校の外に出る瞬間である。
ひよりは玄関口で集まっている知人に向かって——
『これはひよりのなんだからっ』
そう伝えるように左手で弱々パンチを繰り出すのであった……。
その翌日、
『ラブひより』『嫉妬のひより』『実はエロスのひより』『実はえろ本持ちのひより』
こんなあだ名で呼ばれることになる災難なひよりなのである……。
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