第41話 アソコの確認をしたい琴葉

 その後、無事に仕事を終えた琴葉は車を走らせ寮にたどり着いていた。

 駐車場にバックで車を入れてエンジンを切る。キーを抜き車のドアを開け、地面に足をつけた。


「……」

 外の空気に触れる琴葉の顔には仕事を終えた達成感は浮かんでいない。

 ——真顔だった。

 脳裏では先輩である小川の言葉が反復していたのだ。


『じゃあ話戻すけど、って言うか琴葉も知ってると思うけど教えとくね。アソコがでかい人の特徴』

 この導入の小川ジャブから、

『左手の人差し指が長い人。足が大きい人。首が太い人。背が高くてマッチョ。以上。この中の3つ以上当てはまってたらほぼ確実に大きい』

 渾身の小川右ストレート。


「……っ」

 頭がよく、印象が強かったからこそ琴葉は一度で完全に覚えてしまっていた。

 そして反芻はんすうしてしまったことでコンビネーションのパンチを思い出し食らいする。

 小川に直接聞かされた時のように全身が熱くなっている。手をうちわのようにして顔の熱を取る琴葉。その時間は10分。


 時間を費やしたことで一応は平常を振る舞えるようになった琴葉。寮の玄関まで歩み寄り、解錠してドアを開ける。

 帰ってきたことがバレないよう音を立てずにゆっくりと……だ。


 玄関に足を踏み入れた後、同じように優しくドアを閉める。琴葉が普段とは違う行動を取る理由はもちろん存在する。


「……」

 中に入り待機すること数十秒、蒼太は出迎えに来なかった。侵入成功だった。


 これで、とある目的の一つは達成間近。琴葉は顔を下にして達成に必要なブツを見る。その瞬間、心臓は大きく跳ね上がる。

 琴葉の視界に入れているブツ、それは整えられて置いてある黒のライディングシューズだった。


 誰のシューズなのか、それは入居者なら誰もが分かること。

 この寮には入居者は指定の靴箱に入れるルールがある。しかし、管理人は別。

 不審者対策等で何かあった際、すぐ外に出られるように玄関に直置きするとのルールがある。


 ここまでくれば分かるだろう。琴葉はなぜこっそりと玄関ドアを開けたのかを。

 小川から教えてもらったアソコがでかい人の特徴の一つ。

 足が大きいの確認。——興味、追求心、知りたい。この三つが合致したゆえの行動だったのだ。


 琴葉は魅入みいられるように蒼太のライディングシューズに近づいていく。

 先に自身の靴を脱いで、玄関に上がる。背を廊下側に向けて蒼太の右シューズをズラし、琴葉が履いていた左靴と合わせる。

「っ!?」

 そのサイズは一目瞭然だった。

 どんぐりの背比べなどとは絶対に言えない。子どもミツバチと成虫アシナガバチの差。


(お、おおおお大きいっ……!?)

 目だけで測ったわけではない。実物で比べたからこそ如実にょじつに分かる。

 琴葉のドキドキはさらに高まる。そしてもっと詳しく調べたい、そんな欲求も


 次に琴葉は正座をして蒼太のシューズを手に取る。正確なサイズを知るためにシューズの中を確認する。サイズは目立つ位置に記されてあった。『27.5』と。

 

 身長が150cmない琴葉の足のサイズは22cm。そして蒼太は27.5cm。

 つまり、

「わ、私と5.5センチ差も……!?」 

 琴葉の足のサイズが平均よりも小さく、蒼太の足のサイズが平均より大きいためこの差が生まれる。


 小川の言っていたアソコがでかい人の特徴その一、靴が大きいに脳内で大ハンコを押した琴葉。

 ぷるぷると小刻みに体が震える。それは興奮からか、勝手に調べるその罪悪感か、はたまた両方か。琴葉でもハッキリしない。


(こ、こんなことしても信ぴょう性なんかないのに……)

 こう理解していても、本能と呼べるものには逆らえなかった。


 蒼太のシューズを元の位置に戻し、自身の靴を靴箱に入れた琴葉はまた手をあおいで顔に風を送る。


「が、頑張ろう……」

 なにを頑張ろうなのだろうか。体の向きを変えて廊下を歩き始める琴葉はリビングのドアを開けて姿を見せる。


「……ただいま帰りました、蒼太さん」

「え、えっ!? 琴葉帰ってきてたの!?」

 蒼太はオープンキッチンの上で醤油さしに醤油を補充していた。蒼太からして琴葉は突然の帰宅。驚きで醤油をこぼす勢いだった。


「ほ、本当ごめん……! 気づかなくて出迎えできなくて……」

「ふふっ、平気ですよ。もしかしてお疲れですか?」

「い、いやぁ……な、なんでだろう。普通気づくのに……」


 蒼太が気づかないのも無理はない。なんたって音を消して寮内に入ってきた琴葉なのだから。


「蒼太さん、今日は私が一番乗りですか?」

「ううん、琴葉が二番目。ひよりが少し前に夕食を食べ終わって今お風呂に入ってると思う」

「では……タイミングがいいですね」

「ん?」

 運は完全に琴葉に向いていた。


「さっきも言いましたけど、私が帰ってきたことに蒼太さんが気づかなかったのはお疲れだからですよ」

 有無を言わさない断定。

「昨日は夜遅くにひよりちゃんとお出かけしていたでしょう? と、これでは責めるような言い方になってしまうので、ひよりちゃんのためにと言い直します」

 そして理由を述べる。


「あ、あはは……。確かに睡眠時間はいつもより少ないけど仕事をしてるわけだからこれは言い訳にすることはできないよ」

「ではこうしましょう。蒼太さん、今から休憩を取って私のマッサージを受けてください。いつもお世話になっていますから少し恩を返させてほしいです」

「いやいや、それはいいって。琴葉は仕事帰りで俺よりも疲れてるはずだから」

「聞き間違いでしょうか。……厚意を無にする蒼太さんではないですよね?」

「あ、あはは……。そう言われたら弱いなぁ。じゃあ少しだけお願いしようかな」

「ふふっ、ありがとうございます。ではこちらの椅子に」


 言葉巧みに人を動かすことにおいて琴葉は上手かった。受付嬢としてスキルを十二分に応用していたのだ。


 リビングの椅子を引き、棚に醤油を戻し終わった蒼太を座らせる。


「ありがとう琴葉」

「お気になさらず。まずは両手と両腕をほぐして血行をよくしますね。蒼太さんはお料理をするので首と肩のコリを重点に取っていきたいと思ってますので」

「へぇ……。さすが琴葉だなぁ、マッサージの知識があるなんて」

「ふふ、それほどでも」


 全部、全部がでまかせである。琴葉にマッサージの知識などない。怖いことにこの自然な説明はアソコがでかい人の特徴を測るための延長線上にあるもの。


 手をほぐすのは左手の人差し指を測るため。

 腕をほぐすのはマッチョなのかを測るため。身長は高く……はすでにクリアしていること。

 最後に首と肩をほぐすのは首が太さを測るため。

 このマッサージ一つで小川の言っていたことを全て確認することができるのだ。


 そう、琴葉は蒼太のコリを取る代わりに、アソコの情報を取ろうとしているわけである。果たしてこれはwin-winの関係と言えるのか、それは人によるだろう。


「で、ではまずは左手から始めますね」

「お願いしまーす」

「はい」

 蒼太に左手を差し出され、それらしく、、、、、揉みほぐしていく。これを3分続ける。

 琴葉は内心、心臓の音がバレないか心配だった。それくらいにドキドキしていた。

 骨の角ばりがあり硬い男らしい蒼太の手。女性の手の感触とは全く違う。


(だ、男性の手ってこんな風になってるんだ……)

 マッサージをすればするだけ男性の手の感触が頭の中に入っていく。


(お、小川さんはこの手に似た旦那さんの手で……あそこをいっぱい刺激されたりしてるんだ……。ゴ、ゴツゴツしてて大きくてすごく気持ちいいんだろうな……)

 琴葉、よこしまな思考が横暴する。


(イったって言っても……こんな手で続けられたりしたら……いじわるされ続けたら……。ぅ、羨ましい……)

 血行をよくしようとするなんて目的がないのは——言わずもがな。


 マッサージをするだけ興奮していくのはこっち側、琴葉だ。

 変なことを考えてしまっているからこそ熱のある吐息を漏らさないよう本題に移っていく。

 思考と声色を別に変えられるのは琴葉の強みだろう。


「それにしても蒼太さんって手が大きいですよね」

「そう? あぁでも女性よりは大きいとは思うかな」

「マッサージとは違うんですが、少し私と比べてみても見てもいいですか……?」

「別にいいよ。じゃあはい」

 

 ハイタッチするように手のひらを琴葉に向ける蒼太。

「で、では重ねますね」

 生唾をゴクリ。琴葉は言葉通りに自身の手を重ね、アソコがでかい人の特徴の一つ、蒼太の左の人差し指を測る。


「……ぁ」

 その結果、琴葉の人差し指は蒼太の人差し指の第一関節と第二関節の間。それも第二関節よりの。指の太さは琴葉の1.5倍はあるだろう。

 蒼太の手によって完全に隠れ切っている。


「うわ、結構な差があるなぁ」

「で、ですね……」

 なんて言葉を返しながら琴葉の中でアソコの特徴のスタンプを押す。


 それからも琴葉はマッサージを続けていく。腕をほぐしながら『効果を高めるために筋を見たいので力を入れてみてください』との要求。

 その時に盛り上がった筋肉を確認。

 次に肩を揉み、続くように首を揉み上げる琴葉は首を締めるような手の形をしてこっそりと蒼太の首の太さを測る。

 琴葉の手では輪っかを作ることはできなかった。


 これで確認が完了……。


『左手の人差し指が長い人。足が大きい人。首が太い人。背が高くてマッチョ。以上。この中の3つ以上当てはまってたらほぼ確実に大きい』

 蒼太はコンプリートした。琴葉はスタンプ4つ押していた。小川の言っていたこと全部が当てはまる結果となったわけである。


「うわ、めっちゃ軽い! マッサージ凄……! 本当ありがとう琴葉」

 時間にして20分。マッサージも終わりその効果を実感した蒼太のテンションは上がっていた。両腕をブンブン振り回している。


「ふふっ、それはよかったです……」

 琴葉は火照っていた。体も、大事なところも。


「いやぁ、明日は特に気合い入れた料理作ろうかなー。あ、そう言えば今日スーパーに行ったらちょうどタイムセールしててバナナが89円でね! しかもこれがまた立派で! ほら! 2袋買ってきたから琴葉も食べていいからね」

「ば、……ばなな……は、はい。食べますね……」


 もう……説明する必要はないだろう。

 お姉さんに憧れる琴葉はそんなコトに興味ありありで、Mっけのある人間だった。

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