第4話 女子会のようなお話で
夜の21時20分。
ガチャ、と玄関ドアの開閉音が響いた女子寮。
「あー! 小雪さんおかえりなさーい!」
「おかえりなさいユキちゃん。お仕事お疲れさま」
ここの責任者である静子が入院した関係で現在、夜帯の管理人はいない。
出迎えはこの寮に住む者によって行われている。
「ただいま琴葉、ひより。……美麗の姿は見えないけどもう寝ているの?」
ホワイトシャツにカーキースカートを着ている小雪は微笑を浮かべて挨拶を返すもすぐに小首を傾げる。
ここに住む者同士、第二の家族と言ってもおかしくない存在なのだ。欠けていたら当然に気になってしまう。
「みーちゃんなら友達と遊びに出かけたよー。22時には戻ってくるって連絡があったからもう直ぐだと思う!」
「そう……」
この時間でも相変わらず明るいひより。その一方で小雪は細い眉を下げて気落ちしたようだった。
「ユキちゃんどうかしたの……?」
そこで間を入れずに心配の声を入れる琴葉。
「そ、そんな大した話じゃないのだけど今日はとてもいい話があったからみんなに聞いてほしかったの」
「あっ! だから小雪さん嬉しそうにしてるんだねっ」
「え、えっ……? そ、そんなにワタシ顔に出ているの? 自分で言うのもなんだけど感情表現は苦手なのよ」
だからあり得ないとでも言いたげな小雪に、この中で一番身長の低い童顔な琴葉が言う。
見た目は子どもっぽい琴葉だからこそ、他の皆よりもグサリと発言が刺さるのだ。
「でも……ユキちゃんかなり出ていたよ? 『そう……』って言った時は物凄く残念がってもいたから」
「うんうん! ひよりもそう思った。
「そ、そんなこと言われると恥ずかしいわよ……」
「照れた」
ひよりが追い打ちをかけたせいでさらに羞恥が襲ってきたのだろう。片手で持っていたカバンを抱き寄せて顔の下半分を隠す小雪。白い頬はすぐに朱色に染まる。
『表情に出ていた』との指摘は効果抜群だったのだ。
「ふふ、玄関で赤くならなくても。そのお話はリビングで聞いても大丈夫かな? ゆっくりお話聞きたいな」
「ひよりも聞きたいですっ!」
「う、うん……。でもからかわないでね」
フリかと言わんばかりのタイミングである。
「なんかそう言われるとからかいたくなる……よね? 琴葉さん」
「正直に言えば……って、もぅ言わせないの」
「あははっ、ごめんなさい」
「……もう言いたくなくなってきたわ」
「ホントごめんなさいっー!」
高校生から社会人が住んでいるこの寮だがギスギスした雰囲気はない。いつもこんな様子である。そして男嫌いな美麗がこの場に混じっていても同じことが言えるだろう。
玄関で黒のショートブーツを脱いだ小雪は丁寧に揃え、共同テレビのあるリビングに皆と移動するのであった。
****
円になるようにしてリビングの椅子に座る三人、ひよりと琴葉と小雪。
テーブルにはチョコレートとクッキーが置かれ女子会のようなものが始まっていた。
ワイワイした雰囲気に包まれているこの場だったが、それはすぐに崩れ去ることになる。
「実は今日……お仕事中に大変なミスをしてしまったの」
聞いてほしいと言っていた話の第一声がコレだったのだから。
「えっ!?」
「え……。そ、そのミスって?」
栗色のボブを揺らし蜂蜜色の瞳を大きくするひよりに、琴葉も
「お料理を配膳している時に机に置いてあったお客さまのコップを倒してしまって……」
「お、おおおおう……。それはかなり暗いお話になるんじゃ……」
「あら……」
感情表現が苦手と言っていた小雪に間違いはない。声色も一定で真顔で話しているからこそ、やらかし具合はより大きく見える。
「もうここまで言えば分かると思うけど……結果、お客さまのズボンにバーってお茶が……」
「うぅ……す、少し辛いなぁ……。濡れたままご飯を食べるってことになるもん……」
「う、うん。否定は出来ない……かな」
『少し辛い』とかなり抑えた感想をしているひよりだが、引きつった顔からは『とても辛い』と言いたげである。
琴葉も琴葉でフォローを入れてあげたい表情をしているが、流石にどうしようもない状況である。
「でも、でも……そのお客さまが凄く優しい方だったの。ここからがワタシの伝えたいことになるけれど——」
そうした前置きを入れ、言葉を続ける小雪。
「普通なら怒られても仕方のないことだけれど、その方は『ミスは誰だってありますから』って嫌な顔をせずに言っていただいて」
「お!? ほえぇー! 凄い寛容な人だねそのお客さん。嫌な顔もせずってところが凄いなぁ……」
「ワタシ、あんなに優しい方に出会ったのは初めてだと思うの。この他にも『コップが置く場所が悪かった。お互い様だから』って責任を半分にしていただいて店長に怒らないよう言ってくださったり、配膳中のことだったから逆にワタシがやけどをしていないか心配もしていただいて」
珍しく
その様子は小雪を知る者からして少し異様なことだったが、ミスを責められることなく気遣われると言うのは嬉しいことに違いない。
「小雪さんっ、その方って男の人!?」
「ええ、バイク乗りの若い男性だったわ」
「バ、バイク……? いいなぁ、わたしも乗りたいな……」
と、琴葉の羨ましい声には誰も触れない。
低身長である分、バイクによっては地面に足がつかない、足つきが悪いと言う確かな事実があるのだ。
「う、うん! これはひよりの予想だけど、多分それ小雪さんを狙ってるはず……っ!」
「一理あるかも。ユキちゃんは美人さんだから。連絡先交換しようとか言われたりは……?」
「う、ううん。言われてないわよ」
「えっ!? 言われてないのッ!? なんで!」
「なんでって言われても……でも、だからこそ嬉しかったの。善意でそうしてくれたから……」
クスリと笑う小雪はほんのり乙女らしい顔。
連絡先を聞く、聞かないで印象はまた大きく変わってくる。
もちろん、蒼太はここまで見越しているわけなどない。
あの時、蒼太が考えていたことは『ズボンをどうにかしなくちゃ』『シミにしたくはない』と言うこと。
「あ、だからユキちゃんは美麗ちゃんにこのことを早く教えたかったんだね?」
「ええ、男性にもこんな人がいるんだよって美麗に伝えたくて。二人も知っているとは思うけど、昨日ワタシに相談してきたのよ。新しく入ってくる男性の管理人さんについて」
「ど、どうだった……? みーちゃんは」
「不満爆発って感じね」
「「や、やっぱり……」」
お互いに予想の範疇だったのだろう。声をハモらせるひよりと琴葉。
「これはあり得ないことだけれど、今日みたいな方がここの管理人さんになってくれないかしらね」
その意味深な発言は琴葉をニンマリさせる。
「あら、もしかしてユキちゃん恋しちゃった?」
「そ、そうじゃなくってちゃんと美麗にも寄り添ってくれると思うもの。ワタシはそんなにチョロくないわ」
と、言う小雪だが、最後に『好ましかったけれど……』と付け加えるのであった。
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