第3話 side蒼太。ファミレスで会った女子寮生、小雪
い、胃が痛い。ずっと痛い……!
本当に俺に務まるのかなぁ……管理人って。いや、務まらせなければいけないんだろうけど。
母、理恵からの話から3日後。洗濯ものを干しながら俺はプレッシャーに押しつぶされていた。
「き、気持ちの切り替えなんてそう簡単に出来っこないよ……」
衣服をハンガーに掛け干す。
「寮に住んでる子がフレンドリーなら良いんだけど……なんだろうなぁ。ブラック企業に就く前のあの嫌な感じがする」
次にスポーツタオルを掛ける。
「母さんは偉い子ばかりって言ってたけど、男にも平等に接してくれるかわからないし、一回でも嫌われたら大変だし……」
うん、不安すぎる……。前はこんなんじゃなかったのになぁ。ブラック企業にどれだけ干されたんだか本当。
そうして独り言を発している間に洗濯物干しが終わる。
現在の時刻は11時。仕事に向かった母さん父さんが帰ってくるのは夕方。俺に残っている仕事は掃除に買い物に夕食の準備。
さてと、小腹空いたし先にどっか食べにいこうかな。
母さん父さんがいたら3人分の料理を作ってるんだけど俺だけだから外で済ませた方がなにかと都合がいいからね。
久しぶりにあのファミレスいってみようかな。ドリンクバー飲み放題だから少しくらいはゆっくりできるもんね。
そう決まったら着替えよっと……。
クローゼットに向かう俺は黒のライダースジャケット、スキニーデニムを手に取り、簡単に着替えを済ませて外に出る。
家の駐車場には傷のないスポーツタイプの中型バイクが一台止まっている。
これが俺の移動手段であり、ブラック企業を続けられた大きな支えはまさしくこれ。
欲しかったバイクを購入し趣味に時間を割くことが出来たから。
本当買って良かったよ。もしこれがなかったら生きがいを見つけられなかっただろうし……。
なんて思いながらいつも通りにヘルメットを被り、スタンドを外してバイクに跨る。
そうしてメインキーをオンにしてバイクを発進させて目的地に向かった。
****
「——ご、ごめんなさい……。本当に申し訳ありません……」
……そのファミレスにて俺は謝られていた。謝罪を受けながらズボンの際どい箇所を拭かれていた。
「い、いえ……お気になさらず。自分で拭きますのでタオル貸していただけますか?」
「す、すみません……。お、お願いします……」
顔を赤くしながら遠慮がちの女性ウェイトレスさん。自身も悟っていただろう状況に俺はやんわりと意見する。周りの客から殺気を向けられてもいるから。
事の経緯はこれ。注文料理を持ってきたウェイトレスさんがドリンクバーで注いだお茶をこぼしてしまったから。
その注いできたお茶は高速で机に流れ……俺のズボンに浸透してきたのだ。
このズボン高いのになぁ。なんて思うも、起こってしまったことはもうどうしようもない。
「……あ、あの……ど、どうしよう……その……」
このミスはしたことで『綾瀬小雪』とのネームを掛けた女性ウェイトレスさんはかなり焦っている。しかも研修中のシールも貼っていた。
よく見たらめっちゃ可愛い女性。だから周りがピリついてたんだろうなぁ。
あわあわしている小雪を見ながら、俺はズボンのお茶を拭き取っていく。
小雪の表情はどこか乏しいがモデルだと勘違いしてもおかしくない端正な顔立ち。髪が長いのか、水色髪で綺麗なお団子頭を作り
「あー、あのそんなに気に病むことはないですよ。ミスは誰にだってありますからね」
そんな小雪を安心させる方法。それはこちらが優しく対応すること。
別にこの店員さんに好かれようとしたわけじゃない。ミスした時の気持ちが俺が一番に知っているから。
仕事は楽しくするのが一番だし、圧をかけるようなことはしたくない。客に怯えて萎縮したらもっとミス増えるのは間違いないし。これはブラック企業から学んだ事の一つ。
俺は安心させるように慣れない笑顔を浮かべる。そもそもこんな美人な相手に対面すること自体あまりないから仕方ない。
「本当にすみません……」
「いえいえ、俺こそ倒しやすい位置にコップ置いてしまってすみません。もう少し配慮しておくべきでした」
「そ、そんなことはありません……。ワタシのミスです」
「左側に置かなかった俺のミスでもありますから」
「ですがわたしの確認不足がなければ……」
「……」
こういった場に置いて店員は平謝りするしかない。
本当不憫だよね、あちら側って。
少しくらいは言い返せるぐらいの環境が俺的には良いと思うけどなぁ。客も図に乗ることはなくなるだろうし。
「でしたらお互いさまで行きましょう? 自分的にはコップこぼした拍子にお姉さんがやけどしなくて良かったですので」
俺が注文したのは鉄板に乗ったチーズインハンバーグだ。
ってかあの傷一つない手にやけどさせたもんなら罪悪感あるのは俺だよ。熱いやつ頼んですみませんって。
「本当に申し訳ございません……」
「いえ、仕事を覚えることや環境に慣れることでいっぱいいっぱいだと思いますから頑張ってくださいね。このズボンも安物なので気にしないで良いですよ。クリーニング代も結構ですので」
本当は安物じゃないけどね……。しわ加工色抜きのズボンだから1万円以上するけどここまできたら小さな見栄を張るよ。グチグチ文句言うのは可哀想だしカッコ悪いから。
「そ、そんな……。何もしない訳には……」
「あー、ではその代わりと言ってはなんですが……ドリンクバー券を一枚プラスで貰うこと出来ます? 今度友達と来る予定ありますのでちょっとそれで」
悲しいことに飯を食べにいく友達なんていないし予定もないから要らないんだけど……。
でも、このお姉さんは何か受け取ってもらわないと気が済まないタイプなんだと思うから仕方なし。
「ほ、本当にそれで宜しいのですか……?」
「ドリンクバー券ってお得なんですよ。半額になりますし。あ、クリーニング代の方がお得とか言うのはなしでお願いしますね」
「……」
「……何か?」
何故かこのタイミングで黙った小雪に怖くなる。もしかしてカッコつけすぎてるところがバレた!?
いや、それは恥ずかしすぎる……。
「ありがとうございます……」
「いえいえ、いつも利用させてもらってますのでお気になさらず。ではお仕事頑張ってくださいね。注文も増え始めている頃だと思いますので」
「は、はい。失礼します……。本当にありがとうございました……」
お礼を言われて一連の事件は去った。ちょっと良いことをしたようで気持ちは良かった。やっぱりいいことをしたって言うか、感謝されるのは嬉しいよね。
「よしっと。ある程度拭き終わったし食べよっと」
そうして20分。
ハンバーグを食べ終わった後、会計時に小雪と店長から謝罪されながら、さらにはお食事券を跳ね除けて俺はドリンクバー券を受け取った。
小雪は店長に状況報告をしていたのだろう。なんとも律儀な女性だった。
そんな姿を見せられ……ミスをしたとはいえ真面目に頑張っていたから店長さんには怒らないようにってをこっそり伝えた。
やっぱり半分は俺のせいでもあるし全部の責任を押し付けるのは後味が悪いからね……。
そんな思いで外に出た俺がバイクに跨って駐車場を出ようとした時だった。
ガラス越しに店内にいる小雪と目が合う。
『ぺ、ぺこり!』
そんな勢いよくお辞儀してきた小雪に少し吹き出しながら左手を上げて挨拶を返す。
それが別れ。俺はギアを入れてバイクを道路に出した。
体で風を切りながら俺は次に取る行動を考えていた。
先に買い物に行った方が効率良いのは分かってるけど……シミになるの嫌だし一旦家に帰ってズボン洗おうって。
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